神の影
「随分、迂遠な手段をお使いになられるのですね、創造神アウェクエアさま」
わたしのその言葉を受けて、すぐ傍にいた美貌の大神官さまは微笑む。
そして、その微笑みが、いや、その顔がぐにゃりと歪んだ。
どうして、この世界は、不定期にホラー要素をぶっ込んでくるのか?
わたしはホラー漫画ならいくつか読んでいたが、ホラー映画とかは観たことがなかった。
何故、お金を払って怖い思いをしなければいけないのか?
尤も、ホラーアニメも好んで観ていないため、動く映像で顔が変形していく様は見たことがないと言っても差し支えはないだろう。
気持ちが悪いし、趣味も悪いとは思ったけれど、想像していたよりは恐怖心が湧かなかった。
こうなるだろうな、と覚悟をしていたからかもしれない。
『初めまして、導きの名を持つ者』
わたしの目の前にいたのは、長身で中性的な大神官ではなく、わたしと背丈が変わらない、長くストレートの銀髪で紫の瞳、そして、そこそこ色が白いと思っていたわたしよりも肌の色が白く、いや、これは病的なまでの白さを持つ女性だった。
……あれ?
女性?
てっきり、真っ白な御羽を背負った神さまが現れると思っていたのに、違ったらしい。
流石に本人……いや、本神降臨はなかったか。
そんな風に考え込んでいると、銀髪色白美少女は口を開く。
『私は貴女の世で「リアンズ=ミカゲ=ダーミタージュ」と呼ばれている者』
そして、わたしはその名に心当たりがあった。
救いの神子の一人、闇の神子の名前だ。
どうやら、わたしは創造神さまではなく、救いの神子の一人に呼び出されたらしい。
いや、考えてみればおかしくはないのだ。
わたしが触れたのは、「救いの神子」が書いた文字だった。
そして、その文字に触れたことで、強制的にこの世界に誘い込まれることになったのだ。
『救いの神子時代は、『上野美影』と名乗っていた』
ぬ?
ちょっと待って?
これって、異名?
いや、これはわたしで言う「高田栞」のことだと思うけれど……。
「神の御影?」
もう一つ名前があることに対して疑問を抱くよりも先に、出てきたのはこんな言葉だった。
確かに、彼女が口にした「上野美影」という言葉で、ご丁寧に漢字もその読み方も頭の中に伝わってきた。
まるで、強制的にそう思い込ませるように。
だけど、そんな頭の中を否定するかのように、自分の意思が反応した。
こんな考え方もあるんじゃないかって、提案するかのように。
『そう。神の影』
そして、目の前の闇の神子? はそれを肯定する。
つまり、この人は、闇の神子であり、神さまの影でもあるってことなのか。
その神さまが、創造神さまってことになる?
『だから、私は神子としては何もしていない』
ぬ?
神子として何もしていない?
「あの紙に『導く』の言葉を刻んだのは貴女でしょう?」
『アレは、神子ではなく、神の影としての仕事。面倒だったけど、やるしかなかった』
ぬう。
この闇の神子さまは、面倒くさがりのようだ。
そうなると、創造神さまの影ってことかな?
恭哉兄ちゃんの話では、創造神さまも結構、面倒くさがりらしいからね。
でも、そんなに面倒ならば、世界なんか作らなければ良かったのに。
こんなものを作ったから、いろいろ大変なんだと思うのですよ?
『それも仕方ない。星を作らなければ、消えるしかなかった。消えるのも力を使うから疲れる』
「……そうですか」
心を読まれていることについて、驚きはなかった。
基本的に神さまとかはそんな存在だから。
だから、神の影であるこの闇の神子さまだって、心を読めるのだろう。
そうなると、精霊族かな?
精霊族なら、神の遣いでもあるからね。
『違う。私は神の影』
精霊族ではないらしい。
人間で言う意識……、いや、魂みたいなものかな?
『本題に入る』
「あ、はい」
否定も肯定もなかった。
どうも、この神の影さまは、せっかちらしい。
『時間が無い』
ああ、時間が無いから焦っているのか。
『早く寝たい』
「それならば、早く本題に入ってください」
いろいろ突っ込みたいところはあるが、早く寝たいと言うのならば、それを叶えたいとは思ってしまう。
眠いのは辛い。
しかも、その状態で話し込まなければいけないというのも辛いのだ。
その気持ちが分かってしまうだけに、思わずそう言っていた。
『導き。そこに座れ』
いろいろ省略された。
別に良いけど。
わたしは言われるとおりに座った。
この世界は周囲だけでなく、地面、床も白い。
手で触れてみても、その触った感触がよく分からなかった。
固いのか、柔らかいのか。
それすらも分からないから、この世界は夢のようなものなのだろう。
『始まる』
「え?」
わたしの横に神の影さまも座って、何故か、こてりと肩に寄りかかってきた。
その行為に慌てることもできず、周囲が色づいていく。
色と言っても、残念ながら天然色ではなく、単色映像っぽい。
そして、静止画、紙芝居のように様々な情景が映し出されていく。
この白さは、スクリーンみたいなものだったのか。
なんとなく、そんな現実逃避をしたくなる。
その映像は、白い衣服に身を包まれた七人の少女たちが、半透明な箱の中で、目を閉じている光景から始まった。
まるで、葬送の儀を見せられているような気分になる。
その少女たちは、それぞれ棺のような物に入れられていたのだから。
その棺のような箱は、中央に丸を描き、少女たちの頭を中心として放射状に広がるような形に置かれている。
見える光景は白黒だったから、実際の棺の色は分からないけれど、その濃淡は違った。
だから、なんとなくいつものように「赤」、「橙」、「黄」、「緑」、「青」、「藍」、「紫」なのではないかと思う。
『導きは、アレらがナニか分かる?』
肩に寄りかかられたまま、問いかけられる。
「救いの神子たちの身体ではないでしょうか?」
以前、恭哉兄ちゃんから聞いたことがある。
以前、創造神さまは、魔力だけで作られた「肉体」に「他者の魂」を閉じ込めて、この惑星の運命を大きく捻じ曲げたことがある、と。
少しだけ、惑星の運命を書き換えるだけなら、母のように別の世界から、魂ごと肉体を呼び寄せれば良い。
強い魂を持つ人間は、ただそこにいるだけでも、周囲の運命を書き換えてしまうという。
それが、「創造神に魅入られた魂」と呼ばれる人間たちだ。
実際、本当に運命が書き換わっているかは分からない。
ただ、占術師と呼ばれる「未来予知」の能力を持つ人間たちが、揃いも揃ってそう口にするのだから、惑星の運命が書き換わったと判断されているそうだ。
だが、その時は、「創造神に魅入られた魂」の能力だけでは足りなかった。
別の世界、違う時代から、新たな魂と運命を取り込んで、その時代を生きる人間たちの意識をその根本から改め、同時に、神々の干渉によって、惑星の運命を大きく書き換えるほどでは無ければ、その全てが崩壊してしまうほどだったらしい。
そのために、神々の力を受け止められるほどの頑丈な肉体を創り、それを動かすための強い魂が呼び寄せられたとも聞いている。
それが、「救いの神子」と呼ばれる、この惑星の運命を滅びから救い出すために、礎として選ばれた少女たち。
『正解』
わたしの横から、短い返答があった。
今、見せられている場面の中に、わたしに似た女性の姿があった。
白黒の映像でも、黒く長い髪はよく分かる。
恐らくはアレが「ラシアレス」さまなのだろう。
さらに、もう一人。
ここにいる女性によく似た人の姿もあった。
目を閉じている少女たちが「救いの神子」だというのなら、恐らく、あの一番濃い色をした棺の中で目を閉じているのは闇の神子「リアンズ」さまなのだと思う。
わたしにとっては遠い先祖の身体。
だから、似ていてもそこまでの感傷はない。
だけど、自身である「神の影」はどんな気持ちで、今の映像を見ているのだろうか?
心を読むことができないわたしには、分からないのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




