「救いの神子」たちの謎
目の前に広げられた紙を見ながら、わたしは考える。
そこに書かれているのは、「救いの神子」と呼ばれた聖女たちの様々な言葉、寄せ書きのようなものだった。
それも、あたかも未来の人間へ向けられたかのような言葉だったのだ。
だが、気になるのは、救いの神子たちは出身大陸がそれぞれ違うと聞いていたことだ。
火の神子、風の神子と今も呼ばれるように、彼女たちの出身大陸は、全て別々の大陸だったはずなのである。
それが現在ならおかしな話ではない。
中心国の会合のように必要とあれば、各大陸の代表者たちに招集をかけ、集まることは可能だ。
だが、救いの神子たちが生きていた時代は今よりも遥か昔。
大陸間の長距離移動を可能とする「転移門」と呼ばれるものが、まだ存在していない時代なのだ。
それなのに、救いの神子たちが集まって、一つの紙に思い思いの言葉を書くなんてことができたのだろうか?
勿論、救いの神子たちが集まる必要があって、そのついでに、この紙に書いたということも考えられる。
それでも、そこまで重要なことを書いているとは思えなかった。
他にも、「救いの神子」たちが生きた時代に、未来に向けた言葉を遺すなどという習慣があったのだろうか?
未来へ思いを馳せることは、余裕がないとできない。
そして、もっと根本的な話として、長期保存、保管の問題が出てくるだろう。
現実には万単位の時を越えて、わたしの前にそれらの言葉があるわけだが、その当時にそんなことが予測できただろうか?
だが、これらの文章を見た限り、「救いの神子」たちは、この寄せ書きが、確実に未来の誰かに届くと信じた書き方をしている。
同時に、これらの文章から、絶対に誰かに伝えようとする必死さや執念のようなものは感じられない。
さらに、神子や聖女が未来へ届ける言葉としてはあまりにも深い意味もなく、軽いノリで書かれている気もする。
思い付きで、友人たちに手紙を書くような気楽な気分で書き残したと言われても驚かないほどに。
「『救いの神子』たちは、未来予知の能力があった?」
勿論、そんな能力があっても不思議ではないと思う。
それは、「暗闇の聖女」であるモレナさまの代表的な能力である。
歴史に名を残す神子である「救いの神子」たちに、似たような能力が備わっていても、おかしくはない。
尤も、ここで自分なりにいろいろ考えてみたところで、結論が出ることはないだろう。
わたしは「救いの神子」ではないのだ。
今よりもっと昔に生きた彼女たちと、違う世界や時代で生きているわたしが、同じ感覚を持っているはずがないだろう。
「栞さんは、この『すくみこ!!』と書かれた言葉の意味は分かりますか?」
恭哉兄ちゃんもその単語が気になったようだが、彼が口にすると違和感しかない。
自分の考えが正しいかはやはり分からないが、文章から受ける印象から考えると……。
「始めは、『救いの神子』の略語かなと思ったんだけど……」
最初に思ったのは、それだった。
それ以外にも「竦み子」とか、「隅っこ」とかいろいろ考えはしたけれど、それらは彼女たちのノリに合わないような気がしたのだ。
ハートや星マークを紙に書くことに抵抗が無い辺り、印象としては人間界の女子高生が近いだろう。
自分では書いたことがないけれど、少女漫画の卒業式とかで、記念に書く寄せ書きみたいな印象を受ける。
「『救いの神子』を差しているにしては、少し違う気もするんだよね」
自分たちのことを書いているにしては、ちょっとおかしい気もするのだ。
特に、「『すくみこ!!』の世界」とか「『すくみこ!!』完走記念」とか、どうしても、違和感が拭えない。
これではまるで、「救いの神子」が期間限定のものだったようではないか。
そして、これを書いたのが「救いの神子」とされているけれど、実は別人が書いているようにも受け取れるのだ。
いや、もしかしたら、彼女たちの書いている言葉は日本語に似ているけど、ちょっと違う言語だったりするのだろうか?
「これを書いたのが、『救いの神子』たちと言える根拠はあるんだよね?」
「他に残されている、当時の『救いの神子』たちの活動記録と、ここに書かれている文字が一致していると判断しました」
筆跡鑑定の結果らしい。
そして、「救いの神子」たちの活動記録の方は、さっき人類の根幹に関わるものだからわたしには見せられないと言われている。
わたし自身が彼女たちの文字を見比べて判断することはできないらしい。
まあ、筆跡鑑定の能力もないけれど。
これらを識別することも考えたが、恭哉兄ちゃんにはまだ識別魔法の話をしていないし、九十九からも止められている。
それに、記録に残さない限り、わたし自身は覚えていられないのだから、ここで識別する意味もないだろう。
「栞さんでもこれらの単語の意味は分かりませんか」
わたしが頭を抱えていると、恭哉兄ちゃんがそう声をかけてきた。
「うん。彼女たちが何を思って、これらの言葉を遺したのかは分からないかな」
役に立てなくて申し訳ないとは思うけれど、わたしよりも多くのことを知っている恭哉兄ちゃんすら理解ができなかったのだ。
わたしに分かるはずがないと思う。
「彼女たちが未来を視ていたなら、誰かに宛てたメッセージということぐらいは分かるんだけどね」
そして、彼女たちはその「誰か」に確実に届くと信じて、これらの言葉を書き残した。
それぐらいはわたしにも分かる。
分からないのは、その「誰か」だ。
「その『誰か』は、恐らく、栞さんでしょう」
「ほげ?」
だが、恭哉兄ちゃんは断言した。
「この世界でこの言語を読める人間は限られています。そのために、私は栞さんにこれを見せようと思いました」
「それは分かるけど、『救いの神子』たちが、わたしに宛てたと思うのは何故?」
この世界から人間界へ向かう人は、今後もいるだろう。
その中には、わたしのように神力を持った人がいるかもしれない。
人間界に行けるのは、王族や貴族など、特別な地位にいる人たちなのだから、神さまの加護を強く持つ人だっていてもおかしくはないのだ。
だから、わたしではなく、この先に生まれる人間に宛てた可能性もあると思う。
「この下にある一文。これだけは、他の神子たちの言葉と明らかに違います」
そうして恭哉兄ちゃんが差したのは……。
―――― 己の心が導くままに
そんな言葉だった。
確かにこれは他の文章とノリは違う。
応援ですらない。
「まさか、『導く』の文字があるからとか言わないよね?」
わたしは「導きの聖女」と呼ばれることが多い。
そんな大層な存在ではないが、導きの女神を神降ろししてしまったことから、そう呼ばれるようになっている。
だけど、たまたまここに書かれていたからと言って、それはいくら何でも、こじつけが過ぎる気がした。
「その『導く』という言葉に触れてみてください」
「へ?」
このタイミングで、そう言われた。
この時点で嫌な予感しかない。
わたしの困惑が伝わったのか……。
「栞さんを唆そうとする私は、まるで、悪い魔法使いのようですね」
恭哉兄ちゃんはそう言って笑った。
「いや、恭哉兄ちゃんなら、もっと言葉巧みに唆すことはできるでしょう?」
そこまで露骨に怪しい誘導なんてしなくても、この人なら、もっと自然にわたしを騙せるはずだろう。
ここでわたしが拒否反応や忌避感を覚えるようなことを、わざわざ口にする必要はない。
「ここに触れた方が良いと思ったのは、私の勘です」
「ぬ?」
勘?
「栞さんが触れたことで、何かが起きるかもしれませんし、何も起こらないかもしれません」
恭哉兄ちゃんは困ったように眉を下げる。
こんな表情は珍しい。
「それでも、栞さんが私を信じてくださるなら……」
「ほいっと」
恭哉兄ちゃんが言い終わる前に、わたしは紙上の「導く」と書かれた文字の上に手を置いた。
特に理由もなく、信じるか信じないが根拠だというのなら、迷う理由はない。
「し、栞さん!?」
どこか珍しく慌てたような恭哉兄ちゃんの声。
そして――――。
気付けば、わたしは真っ白な世界にいたのだった。
既に何かに気付かれている方々。
本当にありがとうございます。
そして、現時点ではやはり詳細をまだ伏せておきます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




