「救いの神子」たちからの言葉
残念ながら、「救いの神子」たちの記録を全て見せてもらえるわけではないらしい。
何でも、彼女たちの記録は、人類の根幹に関わるものであり、それは神子、聖女と呼ばれる者では扱いきれないそうだ。
「なんか、よく分からないけれど、凄そうだね」
恭哉兄ちゃんから、手を引かれながらその説明を聞いて、わたしとしてはそんな面白みのないコメントしかできなかった。
救いの神子たちは、かつて、人類を衰退から救った神子たちだと言われている。
わたしが考え付かないようなことを記録に残している可能性はある。
そんな壮大な話を読んだところで、軍記とかそんな感じの印象しか受けないかもしれない。
わたしは歴史小説とかを読むのは嫌いではないが、軍略とか内政系の話はちょっと苦手なのだ。
「今回、栞さんに見ていただきたいのは、各大陸の祖となった神子たちが、未来の子孫へと残した言葉です」
「ほえ~」
先祖が子孫に残した言葉ってことか。
それは確かに、わたしは見てもよさそうな気がする。
他の六人はともかく、風の神子「ラシアレス=ハリナ=シルヴァーレン」さまは、わたしの遠すぎる先祖となるのだ。
それならば、公式的には認められていないわたしでも、血筋的には見る資格があるといっても良いだろう。
そう思ったからこそ、恭哉兄ちゃんだって、この部屋に連れてきてくれたのだろうし。
そして、案内されたところにあったのは、これまでと同じように真っ白な書棚ではあるのだが、それぞれ、「白」、「赤」、「橙」、「黄」、「緑」、「青」、「藍」、「紫」の大きな布で覆われていた。
これまでと異なるのは、「白」があるという点だろう。
そして、「黒」はないらしい。
「ここは、色ガラスで隠しているわけじゃないんだね」
「この書棚を覆っているのは、人類の都合ですから」
それだけの機密事項があるらしい。
ここで好奇心を出してはいけない。
物語の主人公とかは、うっかり、興味本位で覗き込んで酷い目に遭うのがお約束だが、わたしはそんな無謀なことはしない。
禁止されていることに手を出した責任を、自分自身で背負うことができない以上、行動は慎むべきだろう。
「少しだけお待ちいただけますか?」
「分かった」
恭哉兄ちゃんはそう言いながら、白い布を捲り上げて、書棚へと向かった。
待っている間、わたしは書棚から背を向け、白い布の向こう側を見ない努力をした。
禁忌に触れて、泣く主人公の話は多い。
それらは、物語の都合と言えばそうなのだろうが、わたしはそんな主人公にはなりたくないわけではなかった。
それに、わたしに必要な情報があれば、恭哉兄ちゃんは必ず、教えてくれる。
わたしはそれを信じている。
「お待たせいたしました」
そんな声が聞こえたので、振り向くと、恭哉兄ちゃんは大きな紙を手にしていた。
それを見た時に、最初に思ったのは、「普通のポスターよりも大きな紙」だった。
まるで、小学校の時、校外学習の地図を作るために教室で広げられた模造紙がそれぐらいの大きさだった気がする。
実際、広げてみないと、どれぐらいの大きさかは分からないけれど。
「床に広げることになりますが、よろしいでしょうか?」
「わたしは良いけれど、汚れない?」
この部屋の床は白い敷物で覆われていて綺麗に見えるけど、土足のまま歩いている。
そうなると、見えない汚れが隠れているかもしれないけど大丈夫なのだろうか?
「ここにある作品は、神の御手によって護られているため、意識的に汚損することはできません」
「それなら、安心だね」
そう言いつつも、わたしが今後、処分したい作品を生み出したとしても、それらを焼却処分はできないということは理解した。
まあ、神さまのすることだ。
わたしがいろいろ言っても仕方がないし、何よりここに来ることができる人間は限られている。
つまり、思わず処分したくなるような作品が出来上がってしまっても、この部屋に現れるモノ以外は、しっかりと責任をもって、この世界から焼却しておけば何も問題ないということだけが分かっていれば良い。
「では、こちらの方へ」
書棚と書棚の間にある通路は、それなりに広いが、ここでは広げにくいものらしい。
恭哉兄ちゃんの先導によって、移動した先は、この部屋のさらに奥へ向かったところだった。
そこには机や椅子があって、一応、この部屋にある記録はここで読むことができるようになっているみたいだ。
ただ、恭哉兄ちゃんが持っている紙を広げられるほど広い机ではないため、やはり、床に置くことになるのは変わらないみたいだ。
そして、広げられた紙。
そこには驚くべきことが書かれていた。
事前に話は聞いていたのだ。
救いの神子たちは神子文字と呼ばれる日本語そっくりな文字を使っていた、と。
だが、こうして自分の目で見てしまうと、やはり驚く以外の言葉が見つからない。
その大きな紙には寄せ書きのようなメッセージがたくさん書かれていた。
それも……。
「日本語……」
思わずそう呟いてしまった。
そこに書かれていたのは、どう見ても、懐かしの日本語だったのだ。
それが何人かの人間たちによって、思いつくままいろいろな言葉を書いたような感じがする。
いや、よく見ると、日本語とはちょっと違う文字があった。
だが、そのことでさらに驚愕が積み重なる。
明らかに女性たちが書いたと思われる丸みを帯びた文字や、独特な記号の中に、一つだけ、方向性が違うものがあったのだ。
―――― Fortune favors the brave.
ライファス大陸言語で「運命の女神は勇者に味方する」と書かれていたのだ。
何故、ここでそんな文字を見るのか?
しかも、よりによって、数ある言葉の中から、何故、それが選ばれたのかが分からない。
他のメッセージは明らかに日本語だった。
それらは、励ましのような、応援のような言葉ばかりだけど、誰かに向けた言葉なのは分かる。
中でも、「これを見る未来の貴方へ、道は険しくても必ず光は見えるから、これまでの自分と周囲を信じて突き進んでください」と書かれたものは明らかに、後から見る人間に対する言葉だ。
そして、分かりやすい応援でもある。
だが、このライファス大陸言語で書かれた言葉は違う。
明らかに異質だ。
まるで、この言葉を特別な言葉として意識している「高田栞」に対する何らかの意図が隠れているかのように。
これは、考え過ぎなのだろうか?
「栞さん」
「はい」
思考の渦に飲まれている時に、名前を呼ばれて顔を上げると、そこには真剣な顔をした恭哉兄ちゃんの姿があった。
「貴女には、これらの意味が解りますか?」
「へ?」
まず、その問いかけの意味すら分かりません。
そう答えたかった。
「数々の神子や大神官、王族たちはこれらの……、救いの神子たちが残したとされる言葉を解読しようとしました。ですが、理解できたのは、ライファス大陸言語で書かれた『Fortune favors the brave.』という言葉だったと言われております」
「それは……」
日本語で書かれた言葉が読めなかったということだろう。
当然か。
この世界に「日本語」はほとんど存在しない。
あったとしても、人間界と呼ばれる世界から持ち込まれたものだけだ。
「そして、こちらの風の神子『ラシアレス=ハリナ=シルヴァーレン』様が書かれた言葉なら、私にも理解はできました」
そう言って、指し示されたのは、わたしが唯一、普通の応援メッセージと捉えることができた言葉だった。
これはラシアレスさまが書かれたらしい。
妙に納得できる。
でも、漢字は綺麗なんだけれど、平仮名が丸っこくて、ちょっとわたしが書く文字にも似ている気がする。
流石はご先祖様だ。
文字は遺伝するらしい。
改めて、ラシアレスさまが書いたと思われる言葉と、ライファス大陸言語以外のメッセージを見る。
―――― 己の心が導くままに
―――― 「すくみこ!!」の世界、楽しかったよ~♡
―――― 「すくみこ!!」完走記念! 次はこれを読んだ貴女の応援するぞい☆
―――― 「すくみこ!!」から、無事に未来へと繋がりますように
―――― 「すくみこ!!」の一員として努力しました。この先はお願いします。
多分、これらも誰かに向けた応援なのだろう。
でも、これらの文字が読めても、肝心の意味は全く理解できなかった。
あちこちに書かれている「すくみこ!!」という単語の正しい意味が分からないことが原因だと思う。
わざわざ「」書きをして強調している辺り、名詞なのだとは思うけれど、それぞれの文章から同じものを差している気がしなかった。
でも、その単語を無視して、文章から分かるのは……。
「救いの神子たちの大半は、普通の女性だったってことなんだろうね」
そんな大雑把な結論だった。
これで、何かに気付かれ方々。
本当にありがとうございます。
そして、現時点では詳細をまだ伏せておきます。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




