いろいろ考えるのは
「午後は大神官猊下と過ごすんだよな?」
昼ご飯を食べた後、九十九からそう確認された。
「うん。ちょっと特別な部屋に招待されるらしいよ」
「特別な部屋?」
彼が食器の片づけをしていた手を止める。
「入られる人が限られている部屋だって言っていた」
「それなら、またオレは無理か」
わたしの言葉で彼はそれを察して、肩を落とした。
この国は法力国家だ。
法力に関する人間……、つまりは神官、神女限定のものも結構ある。
わたしは、神女ではないけれど、「聖女の卵」ではあるのだ。
何らかの制限があっても、大神官である恭哉兄ちゃんがなんとかしてくれるのだろう。
「大神官さまが付き添ってくれるから大丈夫だよ」
午後から、わたしは昨日、恭哉兄ちゃんとの話に出てきた部屋に案内されるらしい。
昔の聖女の記録があったとされる部屋だ。
だから、ちょっと緊張している。
昔の聖女……、風の神子とも知識の神子とも言われているわたしの祖、「ラシアレス=ハリナ=シルヴァーレン」さま。
恐らくは、わたしの魔名もその方から付けられたと思われる。
その人の記録とはいえ、初めて、その一部に触れることとなるのだ。
だから、緊張しないはずがないよね。
「特別な部屋ってことは、また『聖女の卵』姿ってことか?」
「あ、そっか。また『聖女の卵』になった方が良いかも」
そこは考えていなかったために、既に、午前中にした化粧は落としていた。
でも、確かに恭哉兄ちゃんは特別な部屋と言っていたのだから、ちゃんとした方が良いのかもしれない。
「服はどうする?」
「ん~、普通で良いかな。今回は肖像画を描いてもらうわけでも、神務でもないから」
これまで「聖女の卵」状態はほとんど「神子装束」に着替えて移動していたけど、今回はお仕事ではないのだ。
それならば、少し楽な服にしたい。
「それなら、あの日に着ていたものと似た感じの服の方が良いか」
有能な護衛は、わたしの化粧や服装まで考えてくれるらしい。
いつも、彼に甘えているとは思うけれど、正直、助かる。
そして、わたしよりもそういったことに気が回るのって素直に凄いとも思う。
九十九が言う「あの日」とは、わたしが「聖女の卵」となったきっかけになった日のことだろう。
ストレリチア城下で、雨の中、わたしは多くの神官たちの前で、「神降ろし」という奇跡を起こしてしまった。
そのため、「聖女の卵」として、この国に関わるようになったのだ。
先ほどの話から、彼はあの日のわたしの服装までちゃんと覚えているらしい。
確かにあの時の服は、九十九が準備してくれたものではある。
でも、わたしはもうすっかり忘れていた。
あの日は、本当にびっくりすることが多い一日だったから。
「あなたもあの日のように女装する?」
その中でも一番のびっくりしたのはそれだと思う。
今よりもう少し背が低かった彼は、二年前、わたしより美人さんな女性に化粧だけで化けたのだ。
あれは、女として自信がなくなるほどだった。
だが、個人的にはもう一度見たい。
そして、絵のモデルとなって欲しい。
尤も、あの時よりもずっと背が高くなってしまったから、ちょっと女装は無理があるかなとも思っている。
「ここで女装する意味がねえ」
そして、九十九自身からは凄く真面目に回答された。
いや、正論だけど、もっと突っ込みっぽい返答がくるかなと思っていたのだ。
「でも、仮にも『聖女の卵』が、あの時のように一般的な信者のような服装ってどうなの?」
「『聖女の卵』の正式な身分は不明だ。それなら、私服で誤認させた方が良い」
「なるほど」
言われてみれば確かにそうだ。
あの日、九十九から手渡された服は、わたしが普段着るようなものではない。
「あと、あの時の服が一般的と思うなよ?」
「ほへ?」
「市井に溢れる一般的な平民の女は、補整装具は身に着けて生活していないからな」
「……確かに」
何故、いつもわたしは彼から指摘されるまで、ほとんどのことに気付かないのだろう。
答えは目の前にあって、そのヒントとなるような知識も生活の中で教養として与えられているのに、そこに辿り着けない。
この世界の知識も、女性として知っているべきことも、下手すれば人間界の常識すら、彼には届かないのだ。
「でも、なんで、補整装具なんて準備していたの?」
わたしの体型って、そんなに酷いのだろうか?
いや、確かにメリハリは少ない。
だが、補整装具が必要かと言われたら、着る服によると思う。
少なくとも、凹凸必須のドレスを着る機会などない。
しかも、あの補整装具は、多少、締め付けはあったものの、わたしの身体のピッタリだったのだ。
まあ、彼ら兄弟はわたしのサイズをしっかり把握していることは知っている。
特に九十九はわたしの体重まで記憶しているほどだ。
だから、その辺りに関しては本当に今更とは思う。
「お前の服に関しては、基本的に管理はオレだが、管轄は兄貴だ。気付いたら、新しい物が増えている」
「たまに行った先で買ってない?」
リプテラでも結構、購入したし、セントポーリア城下でも何着か購入している。
「実用的な服と、趣味の服は違うだろ? 兄貴の話ではもっと買わせろと言われているぐらいだ」
「ありがたいことですな」
好きなだけ服を買っても良いと言われる環境は本当に贅沢な話だと思う。
それだけのお金を父親から渡されてはいるだろうけど、それでも自分の中にある「贅沢は敵だ」の感覚が抜けない。
リプテラやセントポーリア城下の買い物は、自分にしては散財したつもりだった。
尤も、それも九十九からすれば、もっと使った方が良いらしい。
特にセントポーリア城下では、経済を回せと何度か言われていた。
そんな彼も、食材ぐらいしかまともに使っていないように見えたのは気のせいではないと思う。
「今回は、これとこれだな。だが、着替える前にウィッグとカラーレンズを付けておけ」
「らじゃ~」
九十九に促されるまま、「聖女の卵」用の濃藍の鬘と、緑色の瞳に変化させるカラーレンズを装着する。
「変、身、完、了!!」
ズビシッと、片手を上に突き出し、どこかの特撮ヒーローのようなポーズを決める。
「ポーズ取ってないで、とっとと着替えろ」
化粧道具を準備しながら呆れたように笑う九十九。
そして、朝のように後ろを向いてくれた。
着替えろということだろう。
九十九が準備してくれた服は、補整装具もあるために、朝着た「神子装束」より着替えるのが大変だったりする。
確かに「神子装束」の方が着る枚数が多いけれど、やはり、体型を整える補整装具の存在が大きい。
「ふっ!!」
気合と力を込めて、補整装具を締め付ける。
因みに、補整装具は本来、肌着のようなものであるが、彼が準備してくれているものは、その見た目が人間界にある治療用装具……、医療用装具の方に近く、大変、飾り気がなく、色気もないものである。
いや、ここで、色気がだだ漏れているような補整装具を出されても大変、困るけれどね。
だが、補整装具を身に着ければ、後は、順番に着ていくだけだ。
着ていくだけなのだが……。
「えっと、もしかして、神足絆も穿いた方が良い?」
「おお」
準備された服の近くに神子装束が入った袋が置かれていた。
そうなるとその中に入っているものを取り出して着ろってことだと思う。
「案内してくれるのは、大神官さまなんだけど?」
「大神官猊下を疑っているわけじゃねえよ。念のためだ、念のため」
別に恭哉兄ちゃんを警戒していたわけではないらしい。
「大神官猊下はお前が神足絆に『応報』の効果に気付いたってことを知ったんだろ? それなら、ちゃんと周囲を警戒して身に着けていますってアピールしている方が良いんじゃねえか?」
「なるほど!!」
それは確かに。
逆に、身に着けていない方がまた警戒心が足りないって思われちゃいそうだ。
「いろいろ考えてくれてありがとう」
「考えるのはオレたちの仕事だからな。当然だ」
彼にとっては、仕事の一部でしかない。
でも、そんな裏表のない言葉の力強さがわたしにはとても頼もしく思えるのだった。
この話で105章が終わります。
次話から第106章「再び介する前に」です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




