見送るために
「今日の神子装束って黒いですよね?」
「そうですね」
恭哉兄ちゃんに先導されながら、わたしは大聖堂の通路を歩いている。
今回、手は握られていない。
誰が見ているか分からないために、ここで大神官さまと親密な空気を醸し出すわけにはいかないのだ。
「この服に意味はあるのでしょうか?」
九十九と二人の時に「識別魔法」を使っておけば良かったと思うが、今更、もう遅いだろう。
「最近、知人よりいただきまして」
「ほへ?」
知人?
ちょっと意外な言葉が出てきたので、その続きを待つ。
「よろしければ、その神子装束を貴女に差し上げようかと思いますが、受け取っていただけますか?」
「それは構いませんが、よろしいのですか?」
恭哉兄ちゃんが貰ったのに、わたしが受け取って良いのだろうか?
知人からってことは、個人的な贈り物ってことじゃないのかな?
いや、恭哉兄ちゃんが持っていたところで、こんな服なんて着ることができないと分かっていても、思わず確認してしまう。
「大聖堂には、『聖女の卵』への贈り物が多いのですよ」
それは知っている。
だから、わたしは神子装束の着替えに困らないことも。
だけど、基本的に貸与品としていた。
特定の誰かから受け取れば、それは特別な物となってしまう。
それが賄賂とか、何らかの便宜を図るための意味があれば、尚のこと簡単に受け取ることはできないだろう。
大聖堂へ寄付として受け取り、それをわたしが借りる形にするのが一番、問題はないのだ。
「これまで頂いた神子装束とは随分、違いますよね?」
今までに貰った神子装束は、全て、恭哉兄ちゃんが関わっていることは、「識別魔法」によって分かっている。
その意匠の一部にはワカの趣味が反映されていることも。
「面白い意匠でしょう?」
「まあ、そうですね」
だから、こんな方向性が違うものが来て驚いたのだ。
こんなに真っ黒な服なんて、お葬式や法事でもない限り着る機会はないだろう。
この世界での葬祭儀式に当たる「葬送の儀」でも、一般的に見送る人たちは、真っ黒の服を着る。
神の御羽の色を身に纏うことによって、神々に見守られて儀式を行う意味があるらしい。
亡くなった方に着付けるのは白装束。
これは、創造神の御羽を意識している。
亡くなった方の魂が、無事にこの世界を創った神の御許へ向かうようにと祈りを込めるという意味になると聞いている。
この辺りは、日本の文化に似ていると思う。
但し、王族が亡くなった時は、それぞれの大陸の象徴色の衣装を着付け、それを見送る人たちも同じような色を纏って送るそうな。
大陸神の加護を持つ人間が亡くなっても、国を見守ってくれるように願いを込めるいみがあるらしい。
藍とか青、緑ぐらいまでは良いけど、黄、橙、そして、赤とか……、厳かな葬祭のイメージは全くなくなるよね?
まあ、祭りっぽくはあるのかな。
ただちょっと解せないのは、同じような冠婚葬祭である「成人の儀」、「婚儀」などにはそんなドレスコードがない部分だ。
それらについては各国でやり方が異なるらしいので、自分の時にその目で確認してくれと言われている。
はたして、自分にそんな未来は訪れるのだろうか?
なんとなく、これまでのことから、わたしの婚儀って一筋縄ではいかない気がしているのだ。
それ以前に、わたしって結婚できるのかな?
見合いの話が出ているというのに、そんな疑問すら湧いている。
「神女ではない貴女に背負わせる色としては重いものではありますが、一着ぐらいはお持ちでも問題はないでしょう」
「……と、言いますと?」
「貴女はその色を見て、最初に何を思いましたか?」
この驚きの黒さを見て……?
「カラス?」
ここまで黒いと、そう思わざるを得なかった。
いや、光沢もあるから余計にカラスっぽいのだ。
「ああ、貴女が育った地の生き物ですね」
恭哉兄ちゃんは苦笑する。
どうやら、答えを間違ったらしいことはよく分かった。
「それ以外では見習神官でしょうか?」
正神官も黒いが、その数の多さから、やはり見習神官の印象が強い。
知り合いがその地位で今、頑張っているということも大きいだろう。
少し離れたところで雑務に奮闘しているであろう褐色肌の長耳族を思い浮かべる。
「その神子装束は、『葬送の儀』用のものですよ」
「……ほげ?」
わたしから思うような答えを引き出せないと判断したらしい恭哉兄ちゃんは、あっさりと正解を告げた。
「喪服」
いや、チラリと思った。
確かに思った。
最初に思った。
だけど、「まさか」と否定したかのだ。
それなのに……。
「喪服」
思わず、二度呟く。
「喪服ではなく、葬送の儀用の神子装束となります。礼装や正装、祭服と言われるものですね」
ああ、うん。
喪服は亡くなった方の遺族や、関係者が着るものだからね。
そっか。
でも、これはやっぱりそんな服なのか。
「大神官さまに初めてお会いした時に、わたしが着ていた色ということですね」
わたしがそう言うと……。
「そうですね」
その言葉に驚いた様子もなく、答えてくれた。
わたしが、恭哉兄ちゃんや楓夜兄ちゃんに会ったのは、十三年前の人間界。
あの時のわたしは親戚の法事に参加するために、黒のワンピースを着ていたと記憶している。
黒い服を着たわたしは、見知らぬ大人の人たちに囲まれ、奇異な目を向けられていたことは、子供心にも忘れられない。
何年も行方不明だった母が、小さな子連れで帰ってきたのだ。
帰ってきて数年経ったとしても、その話は親戚たちの中で忘れられることではなかっただろう。
母もそれを承知で参加したわけだけど、小学生の娘をあまり巻き込みたくなくて、近くの公園で遊ぶように言ったのだ。
そこで、彼らに出会い、そして、助けられたらしい。
「なるほど。大事な色です」
黒一色の服ってあまり、着慣れないけれど、そんな大事な思い出がある出会いの色でもある。
「ありがたくいただきます」
確かに「聖女の卵」として、今後、そう言ったものに関わらないとは言い切れない。
人間はいつか、死ぬもの。
こればかりは避けられない運命だ。
「でも、『葬送の儀』用に、この刺繍は良いのですか?」
そうなると、黒一色ではないことが引っかかる。
いや、素地が黒だけだから良いのかな?
「私は『葬送の儀』でも、真っ白ですから問題ありません」
「それは当然でしょう」
この世界の神官で唯一、創造神の御羽である「白」を着ることが許された存在。
そんな方が儀式に「黒」を着られたら、その周囲が困るだろう。
「冗談です。神子装束に銀の糸で刺繍を入れるのは、どの儀式においても、問題ありません」
冗談だったのか。
分かりにくい!!
「この刺繍は、どこの言語でしょうか?」
「おや、この紋様が言語だと気付かれたのですか?」
「わたしではなく、護衛が気付いてくれました」
九十九に言われなければ、変わった図案だな~と流すところだった。
だから、今、恭哉兄ちゃんに確認しているのだ。
この服と、この文字に何か意味があると思って。
「送る言葉ですよ」
「へ?」
暮れ泥む町の?
違う!!
多分、字が違う。
そうか。
葬送の儀に着るような神子装束だ。
誰かを送るために、祝詞のような言葉が縫い付けられていても、おかしくはない。
ああ、だが!!
一度、回り始めた人間界の歌が、わたしの頭を支配してしまう。
「そろそろ、着きますよ?」
「ほえっ!?」
さらに、この状況で別情報が追加され、わたしは混乱した。
「大丈夫でしょうか? お顔の色が……」
「大丈夫です!! 問題ないです!!」
慌てて、状況を整理する。
わたしは今、「聖女の卵」として、大神官に連れられて肖像画を描いてもらうために移動している。
おっけ~、大丈夫。
目的は忘れていない。
ただ、今、する会話ではなかったらしい。
この神子装束について、思考が完全にもっていかれていた。
「大丈夫です」
わたしが改めてそう口にすると……。
「ご立派です」
何故か、そんな答えが微笑みとともに返ってきた。
この時に、もう少し、この「神子装束」の詳細ついて聞いておけば良かったと思うのは、リプテラに戻った後、この「神子装束」を識別した後だった。
どうして、わたしの周囲には隠し事が上手い人が多いのだろう?
そして、疑問を持ったわたしに気付かれないよう、真実にそれ以上近付かないように、誘導していくのが上手なんだろう?
だけど、それはいつだって、脆いわたしの心を護るための優しさだって知っているのだけど。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




