精神的に死ぬ
今回は、殿方にとって痛い話となります。
そして、品のない話もあります。
ご承知ください。
「大神官さまが言うには、わたしが貰った『神足絆』の『応報』の効果って、わたしが穿いている時に、損壊の意思を持った者が触れた瞬間に、その相手が想像した程度と場所に応じて、皮膚が損壊するようになっているんだって」
「あ……?」
一瞬、栞から何を言われているかが分からなかった。
「えっと、わたしの説明だと、ちょっと分かりにくいかな?」
栞が困ったように確認する。
「分かりにくいというか……」
その説明を受けて、少しだけ、頭を整理する時間が欲しくなったのは事実だ。
えっと、つまりなんだ?
栞が神足絆を穿いている時に、それを破ったり切り裂く意思を持って触れたりすると、その想像した損壊度合いと場所に合わせて、皮膚が破れるってことか?
それは、なかなか惨…………………………って?
ちょっと待て!?
いやいやいや、待て?
それって……。
「実質、死ぬじゃねえかっ!?」
そのことに思い当って、思わず叫んでしまった。
「ほげ?」
だが、そんなオレの叫びに栞はきょとんとした。
「死ぬことはねえのか? だが、結果としては、それに近い? いや、待てよ?」
自分でも何を言っているのか、よく分からない。
それほどまでに混乱していたことだけは確かだ。
確かに、それだけで死ぬことはないだろう。
だが、オレの考えに間違いがなければ、それは、男として、その瞬間、一時的な死を迎えることになるってことだけは理解できる。
いや、最悪、それだけでショック死を迎えてもおかしくはないかもしれない。
それは、健康的で自信がある男ほど、強く激しい衝撃を受けるだろう。
「え? 皮膚がずるんと剥けて出血しちゃうだけだよ?」
だが、そんなオレの混乱を他所に、栞が戸惑っていることがよく分かる。
そして、彼女自身は、オレの混乱の理由も分かっていないようだ。
これは男女の違いだとしか思えなかった。
だからこそ、純粋な顔のまま、かなり惨いことを口にしていることにも気付けない。
さらに、出血するほど皮膚が損壊するという情報まで新たに加わったことによって、オレはかなり複雑な心境になる。
「あ~、でも、相手の想像した損壊の面積が大きければ、それだけ皮膚が裂けたり、破れてしまう面が広がったりするとも言っていたから、どうだろう? 失血性ショック死するほど血が出るのかな?」
……………………。
ああ、そうか。
彼女はオレほど、そのことについて深く考えていないのだ。
「お前は、どれぐらいの損壊を予想した?」
「へ?」
オレの問いかけに、栞はさらに不思議そうな顔をする。
「その話を大神官猊下から聞いた時だ。恐らく、自分でもその場所とか、破れる程度を想像しただろう?」
「ああ、あの質問ってそういう意味だったのか」
そして、彼女が胸の前で手を打った。
「別々に、考えさせられたんだよね。まず、自分が穿いている時に、神足絆が破れた時のことを想像してみろって言われたから……」
少し考えて、言葉を続ける。
「自分が破くなら、脹脛とか、脛だろうなって考えたかな。その後に、さっき言った『応報』の効果……、えっと、相手が損壊の意思があって触れた瞬間、その想像に合わせた程度と場所の皮膚が裂けたり破れたりするって説明されたよ」
その言葉を聞いた瞬間、オレは理解する。
―――― やられた!!
確かに、そんな言い方なら、栞はそこまで状況を深く考えないで済む。
単純に、自分が神足絆を破いてしまったことを想定して答えるだろう。
だから、脹脛とか、脛などという、オレたち男側が絶対に考えないような場所を考えたのだ。
だが、その状況に置かれた男の方は絶対に違う。
損壊の意思を持って触れている時点で、彼女を襲う気満々なのだ。
嗜虐趣味があって、栞をじわじわと脅し、怖がらせて楽しむような下衆な考えを持たない限り、少なくとも、そんな意味のない部分だけを破くことはない。
そういった状況なら、邪魔が入らないように即行勝負に臨むだろうから、破ったり切り裂いたりするなら、間違いなく、太ももよりも上を狙う。
具体的には尻や股座……、股間部分だ。
その部分の皮膚が自分の意思や状況とは無関係に出血するほどの損壊?
死ぬ。
どうあっても死ぬ。
その「応報」の効果が痛みを伴うかどうかは分からないが、その部分が自身の血に染まることを想像するだけで、自分の中のナニかが縮む気配がした。
このまま、股間を押さえて蹲りたい気分になるが、栞の手前、そんなみっともないことはできない。
どんな地獄だ!?
「どうしたの? 顔色が……」
「大丈夫だ。問題ない。大丈夫だ」
「いや、『大丈夫』と、繰り返している時点であまり大丈夫じゃない気がするんだけど」
確かに効果は絶大だろう。
少し想像しただけでも、男のいろいろなモノを容赦なく痛めつける。
確かに、栞の身を護るに相応しいし、栞に対してそんなことを考えた時点で、慈悲を与える気はないが、かなり悪辣でえげつない思考であり、手段でもある。
これは確かに、相手がやろうとしたことをそのままやり返しただけの話だ。
薄い神足絆の損壊を想像したことに対して、その相手の皮膚がそのまま、同じ目に遭うだけのこと。
まさに、因果応報、自業自得。
栞の精神的なことを考えて、肉や骨までは抉らないだろうが、相手の精神的なことを考えれば、自身の皮がいきなりずる剥けるだけでも、十分、お釣りがくると思う。
話を聞いた限り、この場合の皮が剥けるのは自然現象とは異なるものだ。
しかも、出血するぐらいの状態だという。
状況的にも、かなりその部分に血が集まっているために、普通の場所よりは出血量が増えることも考えられる。
だが、改めて思う。
―――― 惨い、と。
そして、オレはその域まで辿り着ける気がしない。
まだまだ、オレって甘かったんだな。
「いや、流石は大神官猊下のお考えだと思っただけだ」
「そうなの?」
「オレは自分の甘さを思い知った」
「そうなの!? え? どの辺が?」
栞は慌てているが、事実だ。
彼女に対して、そんなことを考えるような相手に対して、「惨い」と思ってしまうのは、オレの甘さに他ならない。
いっそ、殺してやれと思ってしまう。
まだ、素直に手足が吹っ飛ぶとか、局部が腐れ落ちると考える方が、優しい考え方だろう。
いや、腐れ落ちるも結構、惨い話ではあるか。
だが、それでも、オレには血みどろに染まる方が考え付かなかった。
その先にあるのは、ショック死を起こさない限りは、心が死ぬ気がする。
「ああ、うん。お前は深く考えない方が良い」
「うぐぐぐ……」
大神官から「応報」の効果をしっかりと説明されても、尚、そこに思い至らないほど、綺麗な主人。
そんなオレができることは、彼女の心を護ること。
「兄貴にも説明する気か?」
「ん~。どうしよう?」
オレの問いかけに対して、栞は迷いを見せる。
「あなたの反応を見たら、わたしが考えているよりも、酷い効果があるっぽから止めた方が良いかな?」
「いや、お前が、絶対、細かく、丁寧に説明してやれ」
そして、あの兄貴を巻き込むことを考えた。
「え? あなたが説明した方が良いんじゃないの?」
「いや、お前の方が絶対に良い!!」
その効果がかなり倍増されるだろうから。
「でも、あなたの顔色も悪いし、わたしじゃ、考えつかないほどの効果があるってことなんでしょう?」
いや、考え付かないほどではないだろう。
それでも、想像できないものではあると思っている。
股間からの出血なんて、いや、女はオレたち以上に知っているのか。
それもすげえよな。
月に一度の間隔でその場所から出血しているんだ。
だが、それだけに、精神的なダメージを負うことは男よりも少ないはずだとも思う。
「だからこそ、兄貴にもしっかり伝えるべきだ」
「そ、そうだね」
オレの迫力に飲まれたのか、栞は頷いてくれた。
別に栞ではなく、オレから伝えても問題はない話だ。
だが、栞から邪気無く、悪意無く伝えられた方が、精神的なショックは大きいだろう、オレのように。
され、兄貴。
今回は何もしていないのに悪いとは思うが、オレと同じ目に遭ってもらおうか?
「応報」効果、答え合わせ編。
殿方には申し訳ない話です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




