嘘が吐けない護衛
「あれは誤解された。絶対に誤解された」
ワカの部屋から退室した後、「迷える子羊」用の客室にて、わたしは頭を抱えるしかなかった。
「誤解?」
だが、その原因となった黒髪の青年は、よく分からないという風に首を傾げる。
「九十九が変なことを言うからでしょう!?」
―――― この主人の隣は誰にも譲る気はねえ
そんなこっぱずかしい言葉だけでなく……。
―――― 主人がオレの横にいることを望むなら、それを叶えてやるのがオレの役目だ
さらにそんなことまで言ってくれやがりました。
この二言だけを抜き出すと、まるで、お互いが傍にいたいと思い合っているみたいじゃないか。
「そんなに変なことを言ったか? お前は護衛の背中に庇われるよりも、横に並びたがるって話だろ?」
「そんな風に聞こえなかった!!」
それなら、そう言うべきじゃないかな!?
「あのな? 主人が護衛の背中に護られるのを嫌がることが既に普通じゃねえんだよ」
だが、九十九はやや興奮状態にあったわたしを諭すように、優しくそう声をかける。
「そんなことを言われたって……」
「あの場でそう言ってしまうと、オレや兄貴は護衛として無能ってことになる」
「え?」
九十九や雄也さんが、護衛として無能?
こんなにも有能なのに?
「主人が横や前に出るってことは、護衛の腕が信用できない、もしくは、自衛した方がマシだと解釈できなくもない」
「そんなつもりはないんだけど」
九十九の背中を見るのが嫌というわけでもない。
寧ろ、背中は好きだし、庇われること自体は、年頃の女としても乙女心が刺激されることはある。
そして、彼らの腕が信用できないと思ったことはない。
「お前の気持ちではなく、相手がどう受け止めるかって話だ。あそこで、『高田はオレたちの後ろで護られるのが嫌だから前に出る』なんて言ってみろ。若宮はオレたちに『信用されてないのね? 笹さん』って笑いながら言いやがるぞ?」
「それは腹が立つな~」
「だろ?」
本当にワカがそんな風に言うかは分からない。
だけど、九十九がそう思っている時点で、何を言ってもダメだろうとも思う。
「でも、言われてみれば、九十九に対して無防備に背中を向けられないのは事実かな」
「あ?」
わたしの言葉に、彼が怪訝な顔をする。
「背後から主人に魔法を使う護衛って……、有りなの?」
「あれは、主人として扱わない日だったからセーフだ」
「アウトだよ」
「ぐっ!!」
口ではセーフと言っていたが、その瞬間、わたしから目を逸らしていた辺り、九十九にもアウトの自覚があるということは分かる。
嘘が吐けない護衛だ。
そういった意味では本当に信じられるのだけど……。
「背後から斬りつけられたこともあったかな」
思わず、そんなことを口にしていた。
でも、あれは本当に酷いと思ったのだ。
眠らせるのはともかく、斬りつけるのは完全に護衛ではない。
しかも、その目的は、わたしから血を流させることだというのだから、「護衛が一番危険人物だ」と言いたくなるだろう。
「……あれは……」
九十九も反論しかかって、黙ってしまう。
本当に真面目な護衛だ。
あの時は「嘗血」という明確な目的があって、わたしの隙を突く必要があった。
それを理由に弁解の余地はあるのに、九十九は言い訳をしない。
「まあ、わたしの方も九十九を何度か眠らせたり、ふっ飛ばしたりするから、お互い様ではあるのだろうけどね」
そうは言ったものの、正直な話、わたしの方はほぼ自衛だと思っている。
九十九が眠らせようとするから反撃しているだけだし、模擬戦闘以外で九十九をふっ飛ばしたのは「ゆめの郷」でのたった一度だけ。
そして、あれもある意味、防衛でしかなかった。
まあ、九十九を止めるために、その彼をふっ飛ばすというのは、力技すぎたと自分でも思う。
だが、あの時は手段を選んでいる暇もなく、しかも、あの時点では一言魔法もぶっつけ本番という場面だったのだ。
だから、あの件についてだけは、「仕方がなかった」、「必要なことだったのだ」と言わせていただきたい。
「いずれにしても、若宮の前では言えねえ話だ。あの女は事実を捻じ曲げて、自分の好きなように解釈することが得意だからな。どんなにオレたちが否定したところで、自分が望んだ結論に向かわせる」
「そんなワカだと知っているのに、わざわざ美味しそうな餌を与えたのは何故?」
あんなことを口にしてしまえば、ますます、喜んでわたしたちを揶揄おうとするだろう。
まるで、水を得た魚のように。
それが分かっていながら、どうして思わせぶりな言葉をわざと言ったのか?
わたしにはそこが理解できなかった。
「分かりやすい餌がぶら下がっていれば、これまで餌をもらえず腹が減っていた魚は罠だと分かっていても、食いつくしかねえだろ?」
九十九は笑いながらそう言った。
「そっちに気を取られてくれたら、他の違和感も気にしなくなるだろうからな」
つまり、目立つ物に紛れて、気付かれたくないものを隠せるってことか。
「でも、ワカに隠したいことって、そんなにある?」
「一番は『識別魔法』だな」
「おおう」
確かに。
何に利用されるか分からない。
あのセントポーリア城下の森は時間もたっぷりあったし、何より、九十九からの頼みだった。
だが、このストレリチア城は、リプテラに戻る前に立ち寄っただけだの場所だ。
そんなに時間は取れない。
「それ以外にも、お前が一言呟くだけで多大な効果を発揮する独自魔法自体、大神官猊下はともかく、若宮は知らないだろ?」
「おおう」
言われてみればそうだった。
あの魔法は「ゆめの郷」で得た魔法だ。
だから、恭哉兄ちゃんがワカに伝えない限り、知るはずがない。
そして、恭哉兄ちゃんは口が堅い。
そうなると、伝わっていない可能性が高かった。
「魔法国家の王女殿下たちほどではなくても、若宮は好奇心が強い生き物だ。面倒ごとの気配しかない」
「好奇心が強いことはともかく、『生き物』って表現は年頃の女性にとってどうなの?」
九十九は本当に口が悪い。
この場合、言葉が汚いわけではないから、何とも変な気分になる。
「当人に直接言ったわけじゃねえし、『種族』というのも何か違う気がした。それにオレの中で、若宮は年頃の異性として意識はしていない」
「いや、ワカは立派に年頃の女性だよ?」
なんだかんだ言っても、あの恭哉兄ちゃんのことを意識している辺り、わたしよりもずっと女性していると思う。
「良いんだよ、変に意識しない方が」
「およ?」
「妙に意識して、あの女を調子に乗らせてはいけない」
「おおう」
九十九の言葉は辛辣だった。
でも、それなら、彼の中で、わたしはどうなのだろう?
やはり、変に異性として意識しない方が良いと思っているのだろうか?
それを聞いてみようとして、躊躇われる。
九十九から、肯定されても、否定されても、自分が複雑な心境になることが分かり切っているから。
「そう言えば、九十九はどこで寝る予定?」
「この隣室」
だから、話題を変えてみることにした。
「今日は、一緒の部屋って無理?」
「……疲れているのか?」
九十九が一瞬、いつものように怒り出しそうな顔をして、止まってくれた。
「それもあるのだけど、ちょっと……」
なんとなく、一緒にいて欲しいと思った。
疲れているから癒されたいと考えたのかもしれないけれど、何か、ちょっと違うのだ。
「流石に、この大聖堂でそれはできん」
それはここが大聖堂でなければ、同室もおっけ~だったのだろうか?
その点が気になったが……。
「無理なら仕方ないか」
そこは諦めよう。
わたしは胸の前で拳をぎゅっと握る。
「何か、あったのか?」
「いや、何かあったわけじゃないんだけど、なんか、妙に引っかかるような?」
なんだろう?
この感覚。
自分でも言葉にできなくて、酷くもどかしい。
でも、自分の中で何かが激しく訴えていることだけが分かる。
「それなら……」
少し考えてた九十九が、出してくれた別の提案に、わたしは一も二もなく飛びついたのだった。
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