命知らずなこと
「しかし、笹さんも随分、情緒のない運び方をしてくれたものね?」
一頻り悔しがって落ち着いたワカは、顔を上げて、そう九十九に訴える。
「あ?」
「眠ってしまった可憐なお姫様を、まさか、指一本、触れることなく寝台送りにするなんて……」
一瞬、何の話かと思えば、先ほど、浮遊魔法で浮かばせて、寝かせたことに対する不満らしい。
「担ぐか、袋詰めで運ぶ方が良かったか?」
だが、九十九は平然と言い放つ。
いや、よく見ると、ちょっと顔が嫌そうにしているから、「可憐なお姫様」発言が、彼の中で引っかかりを覚えいているのかもしれない。
「何故、その二択!?」
「それって、わたしもされたやつだね」
「しかも、実践済み!?」
最近でこそ、そんな扱いをされなくなったが、少し前の九十九は、主人であるわたしですら、そんな運び方をしていた。
人間界にいた頃は、彼の肩に担がれて腹筋が鍛えられたこともあったし、袋詰めに至っては、ワカと再会する時に使われた手段だ。
「袋詰めの方は、ワカのせいだからね?」
ストレリチア城下にいた頃、わたしはワカの命令によって見習神官たちに狙われたことがあった。
だから、人知れず、城に乗り込むために、周囲からわたしを隠して運び込む必要があったのだ。
しかし、今なら、それ以外の方法もあるんじゃないかとは思っている。
わたしの姿を魔法で消すだけでも、多分、見習神官たちのほとんどは気付かないだろう。
それだけ、神官を志す人間って、魔法の気配に鈍いことが多いのだ。
まあ、あの頃はそれも知らなかったから、しょうがないよね?
「いやいや!! うら若き女性を抱き上げるなら、お姫様抱っこ一択でしょう!?」
「一択なのか」
そして、ワカは九十九からお姫さま抱っこをして欲しかったらしい。
だが、それはそれで一国の王女の発言としてはどうなのか?
しかも、ワカは好きな人がいるのに。
「なんで、そんな命知らずなことをしなければならねえんだよ?」
九十九は肩を竦める。
わたしをよくお姫さま抱っこしてくれるようになった護衛は、それでも、他国の王女殿下を抱き上げることは恐ろしいらしい。
「まあ、こう見えても、ワカは王女殿下だもんね……」
未婚の王女殿下に、同じく未婚の男性が触れることは、あまり良くない行いではあるのだろう。
それを、この国の王子殿下や大神官さまに知られたら、身震いしてしまう。
「お前、この王女殿下を自分に接近させた上に、両腕がふさがっているところを考えてみろ。すぐに喉元に刃を突き付けて取引を持ち掛けてくるぞ」
「そっち!?」
まさか、そういった意味での身の危険だったとは……。
だけど、ワカに隙を見せたら、確かに、それを利用されるような気はする。
「あら、笹さんの発想、こっわ~い」
「いや、そこは否定しようよ」
ワカは九十九の発想が怖いとは言っているけど、それをしないとは全く言っていない。
つまり、必要とあれば、それぐらいはする可能性だってあるのだ。
あるいは、その時に喉元に刃を突きつけるという行為に及ばなくても、後日、「笹さんってば、私を抱き上げて寝台に寝かせたわよね?」と、笑顔で言って、その場で九十九を固まらせるような状況は作り出しそうだ。
「それぐらいの警戒はやって然るべきよね」
笹さんは護衛なんだから、とワカは続ける。
「ほら見ろ。怖い女だ」
九十九は眉を顰める。
「そうだね」
それについては、わたしも同意するしかない。
「大神官さまも気が休まらないだろうね」
「あん?」
だが、さらに続けたわたしの言葉に対して、ワカは低い声を出し、眉間に皴を寄せた。
それも、そのまま跡が残りそうなほどに。
「なんで微妙にチンピラ風?」
「高田が妙なことを言うからよ。なんで、ここでヤツが出てくるの?」
「いや、おちおち、ワカのことをお姫さま抱っこもできないんじゃ、大神官さまも大変だろうなと思っただけだよ」
わたしが改めてそう言うと……。
「ヤツが? 私を? お姫様抱っこ? ぜって~、しね~」
「口が悪すぎるよ、王女殿下」
そして、恭哉兄ちゃんは必要とあれば、お姫さま抱っこを躊躇なくできる人だということをわたしは知っている。
カルセオラリア城が崩壊した後のことだ。
それに巻き込まれたわたしが動けなかった時に、九十九が来るまでの間、あの人はわたしを抱え上げたこともある。
あんなに細腕なのに、意外と力があるもんだとびっくりしたのだった。
「それに万一、まかり間違って、神の奇跡が起きたとして、私をお姫様抱っこして奇襲をしかけても、ヤツなら腹立たしいほど余裕で捌くわ」
これは遠回しに惚気られた?
自分の好きな人はこれだけ凄い男だと。
だが、これだけは主張したい。
「九十九だって、至近距離から攻撃されても余裕で回避するよ」
咄嗟のことでも、相手を無力化できる手段をとれる男だ。
特に魔法ではなく物理攻撃には滅法、強い。
勿論、手加減はできないかもしれないが、自分の身も確実に護る行動はとれる有能な護衛なのだ。
「お前も阿呆なレベルで張り合うな」
「およ?」
だけど、九十九自身はそう言った。
「可憐な王女殿下の貴き御身に触れることなく、休ませることができたのだから、褒められこそしても、叱責される謂れはねえ」
おおう、九十九がまたも慇懃無礼。
さらに、先ほどワカ自身が口にした「可憐」という言葉まで使用している。
「笹さんの反応、可愛くな~い。ベオグラみたい」
「その言葉はオレにとって、過分な褒め言葉だな」
不満そうなワカの言葉にも、九十九は嬉しそうに笑って答えた。
実際、嬉しいのだろう。
反応だけの話ではあるが、神官の中でも最高位である「大神官のようだ」と言われたのだから。
九十九にとって、「大神官猊下」の評価はかなり高い。
もしかしたら、兄である雄也さんのことよりも高く評価していると思う。
そして、わたしも嬉しかった。
ワカが言う「ベオグラみたい」は最高の褒め言葉だ。
無意識かどうか分からないけれど、ワカは誰かと恭哉兄ちゃんを比べる癖がある。
そして、絶対に恭哉兄ちゃんを誰かの下と見ることはない。
彼女にとっては、恭哉兄ちゃんが「最高」らしいから。
だから、誰かを比較する時は、大神官と同じか、それ以下の評価。
つまり、「~みたい」は同評価ととるべきだろう。
だけど、それ以上に嬉しいのは、九十九の成長だ。
三年前までは彼女の言動に振り回されて、わたしにまで助けを頼むほどだった少年が、今、立派にこの国の王女殿下と渡り合うほどの青年になっている。
その成長をずっと間近で見てきた身としては素直に喜んでも良いだろう。
「ふにっ!?」
だが何故か、突然、わたしはワカに頬を摘ままれた。
「随分、楽しそうね? 高田」
「なんでわかったの?」
頬を摘ままれたままではあるが、片方だけなので、微妙な発音ではあったものの、意味は分かる言葉にはなった。
「この頬が!! この柔らかくて摘まみたくなるようなこのほっぺたが!! 分かりやすく緩んでいたからよ!!」
「ああ、それで、頬をつままれたんだね」
それだけ、わたしがニヤついていたのだと思う。
九十九に気を取られて、自分が隙を見せてしまったようだ。
だが、こんな状況でも、九十九は助けてくれない。
あなたはわたしの護衛だよね!?
そんな抗議の目線を送ったが、九十九は、にっこりと笑っただけで応えた。
―――― 機嫌をとってやれ
何故だろう?
わたしたちはお互いに心を読む魔法も、心を伝える魔法も使えないはずだ。
だけど、九十九の目と表情だけで、そう言われた気がした。
でも、この状況でその言葉って、ワカの機嫌をとるために、わたしに犠牲になれってことだよね!?
それが、護衛のすることか~~~~~~っ!?
そんなわたしの心も伝わったのか、九十九は溜息を吐いた。
「あのな? 若宮」
「何?」
わたしの頬を摘まんだまま、ワカが九十九の呼びかけに応じる。
「二年前、ストレリチア城下で、王女殿下を横抱きに抱えた大神官猊下の行動は、随分、神官たちの間で噂になっていたみたいだぞ」
「んなっ!?」
「ほえっ!?」
何!?
その、トキメキイベント!?
しかも、二年も前!?
「大神官猊下が、怪我をした王女殿下をその場で治癒させず、『迷える子羊』の部屋に連れ込んだことも含めてな」
「ちょっ!?」
「ふわっ!?」
その九十九のトンデモ発言によって、ワカの手が、わたしの頬から離れた。
そして、ワカが城下で怪我をしたのは、わたしが知っている限り一度だけだ。
だから、時期はしっかり特定できた。
あの大神官の襲撃事件の日だ。
同時にわたしが「神降ろし」をした日でもある。
「世間では、圧倒的に高田の『神降ろし』の方が話題になったはずでしょう!? なんで、それを笹さんが知ってんのよ!?」
しかも、ワカは否定しなかった。
人目があるストレリチア城下で、お姫さま抱っこだなんて、恭哉兄ちゃんは意外と周囲を気にしない人だったらしい。
それなら、確かに公式的な婚約発表をしていなくても、十分な抑止力となる。
適齢期である未婚の王族であるワカに、縁談の申し込みがなくなった理由は、そんな部分にあったのか。
「大神官猊下の人気、なめんな。『聖女の卵』には微塵も興味が無くても、大神官の行動を具に見ている神官は、多い」
そして、さらに九十九は呆れたように返答した。
寧ろ、どうしてお前は気付かない? とでも言うように。
しかし、今、「神官」と書いて、「ヘンタイ」と読みませんでしたか? 九十九くん?
「ちょっと待って? そうなると、情報流出元は、アイツか? それとも……、あの男か?」
しかも、ワカには複数の心当たりがあるようです。
大丈夫か?
法力国家ストレリチア!?
「やっぱり、この国。ヘンタイしかいねえのか」
もはや、お約束になりつつある九十九の言葉に、思わず、わたしも同意したくなったのだった。
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