国に届いた報告書
「ここにある報告によると……、その集団たちは、セントポーリア城下から派遣された兵たちだけを追い返していたわけではないようです」
そう言いながら、雄也先輩はどこからか数枚の紙を取り出した。
「困ったことに、商売のために街道を通ろうとする商人や、街道から外れて旅をする巡礼者たちすら強制的に追い返してしまったようで、そのため、物流も滞ってしまい、巡礼者たちは目的地へ行けず、僅かな情報も流れないとか」
ちょっと待て?
その状況って、この世界のことを勉強中のわたしでもよく分かるぐらい良くない状況なのではないでしょうか?
物流が滞るって……、本来、必要とされる品物が行き渡らないってことだよね?
「……そんな……」
隊長さんはどこか呆然とした顔で、ゆっくりと顔を上げて雄也先輩を見る。
その視線に気付いているだろうけど、彼はそちらに目を向けずに言葉を続けた。
「数日前にジギタリス方面への派兵を終了させた後もその状況は改善されず、付近の住民たちは困り果てているようです。厄介なことにその集団は恐ろしい魔力を持ち、我が物顔で振舞う。誰も頼んでいないのに居座った上、金品まで要求された例もあるようです」
勝手にそこに留まった上、力を振る舞い金品の要求って、もしかしなくても、立派な強盗ってヤツなのでは?
「お前たち、そんなことをしていたのか?」
水尾先輩の声は厳しい。
「……そこで、未だに起き上がろうともしない者たち。私はそんな命を出した覚えは無いが、心当たりがあるものはいるか?」
水尾先輩の言葉を受け、栗色の髪の毛をした隊長さんは先ほどまでと空気を一変させる。
先ほどまでのどこかのんびりした印象も、水尾先輩の前で傅き肩を震わせていた雰囲気とも全く違う空気をまとっている。
その空気に操られたかのように先ほどまで倒れていた人たちもゆっくりと起き上がり、その場に肩膝をついた。
「この中で、見返りを要求したものは?」
隊長の射抜くような視線に顔も上げず、3人ほど手を上げる。
「お言葉ですが、隊長……。我々も食わねば……」
「黙れ」
弁解の言葉を一言で断ち切る。
「道理でこんな状況だというのに、妙に羽振りの良い振る舞いを見せたヤツらがいたわけか」
「そこを追及しなかったお前も悪い」
「そうですね。私は共犯側になると思います。先ほどこの青年の言ったことが全て本当なら、村人の好意だと言う謝礼も出所は同じでしょうから」
「幸い、報告にはアリッサムの人間と言うことはまだ知られていませんが……、これが知られたらどうなるでしょうね?」
そう言いながら雄也先輩は不敵な笑みを零す。
「脅す気か? 先輩」
「事実を言っているだけですよ。崩壊する国から落ち延びた兵たちが他国に来て、野盗まがいの集団に身を窶していたと知られたら……、中心国としての名誉も失墜するかもしれませんが」
「そうですね。恐らくはアリッサムへの同情はされなくなることでしょう。被害者ではなく加害者となっているのですから」
雄也先輩の言葉に隊長さんも続く。
きっかけはともかく、他国に来て、恩を売りつけるような形で金品の請求。
しかも、何の関係も無い人間たちがただそこを通るのも邪魔をする……。
確かに同情はできないと思う。
寧ろ、このまま突き落としても咎める人もいないだろう。
「さて、いかが致しましょう?」
雄也先輩は水尾先輩にではなく、隊長さんに向かってそう言った。
「貴方がたのおっしゃった『無能の極み』は、国境の村で起きたことにも心を砕いておられました。私が出向いて解決しないようなら、自ら赴くと。『無能の極み』ですが、今、城から出られると国が荒れてしまうので、大変、困るのですよ」
それは、雄也先輩がこの場を収めることができなければ、王が出向くということだ。
いやいや、ちょっと待って?
魔界の王さまってそんなに簡単に城から出ちゃうの?
そんな軽いフットワークで良いの?
「セントポーリアの国王陛下が、末端のことまで出張るという話は本当だったのか」
水尾先輩が考え込む。
他国では一般的ではないとホッとすべきか。
それとも、他国にまでそんな話が伝わっているということにギョッとすべきか。
この国の王は機動力があるのは間違いないのだろうけど……。
「『無能の極み』ですから。人伝の話だけではなく、自ら確認したいようですよ」
「あのなあ、私は無能だなんて一度も言ってねえし、少しも思ってねえよ」
何度も繰り返される分かりやすい皮肉に水尾先輩は、先ほど「無能の極み」と発言した人をひと睨みした後で、雄也先輩に向き直る。
「そんなことを口にするのは表面上しか見てないバカだ。この国の国王陛下が身内に対してどれだけ歯噛みしながらも、これだけ国を安定させているかは、ある程度魔力を持っていたら嫌でも理解しているはずだろう」
おおう?
水尾先輩は意外にもこの国の王を買ってくれているようだ。
そして、同時に先ほどこの国の王様を「無能の極み」と評した人を容赦なく叩き落としていた。
なんとなくちょっと嬉しい。
でも、大人でもあんなに落ち込むものなんだね。
王として、妻である王妃の暴走を止められないのだから、「無能」と言いたくなる気持ちは分からなくもない。
それを実際、口にするのはどうかと思うけど。
でも、水尾先輩が言っているのは、多分、それ以外の部分。
わたしに理解できない魔力って部分にも王の役目があるってことなのだろう。
わたしの封印ってやつが解放されたら分かることなのかな?
だけど、魔法国家の聖騎士団の隊員さんたちでも知らないようなことを、何故、水尾先輩が知っているのだろう?
「それで、先輩がセントポーリア国王陛下の使者として場を治めるために来たってことで良いか?」
「いえ、私はただの様子伺いですよ。本来なら、陛下の使者となるのは兵や貴族であるべきです。まあ、私がいる間に収束したなら、本格的に国を動かす必要はなくなるかもしれませんが」
「よく言う。それって、国を貶めるような不祥事を極秘裏に片付けたければ、素直に従えってことだろ?」
「さあ?」
雄也先輩は皮肉気な水尾先輩の笑みに対して、穏やかな笑みを返した。
……えっと?
ちょっとこの二人のやり取りが怖いのですが?
笑顔は笑顔なのだけど、その背後に何故か、鳳凰と雷神が見える気がする。
せめて、自分でも神話の統一をすべきだとは思うが、なんとなくそんなイメージが浮かんでしまったから仕方がない。
そして、この二人に口を挟めないのはわたしだけではないようで、九十九も隊長さんもそれ以外の人たちも行き着く先を見守っていた。
ただ、その表情はそれぞれ違う。
九十九は二人を見ながらも何か別のことを考えているようだし、隊長さんは何故か笑顔だった。
それ以外の人たちは……、雄也先輩に向かって鋭い目つきを向けている。
それぞれの思惑があるのだろうけど、このままでは着地点が見つからない。
この国の立場としては……、彼らが無差別に襲わなければおっけ~なんだろう。
この場所に他国の人間が住み着いたことに関して文句は言っていない。
国籍、戸籍とかの法律が無いってことなのかな?
それに対して、相手の立場としては表沙汰にしたくないけれど、頭を簡単に下げたくもないって感じが見え隠れしている。
隊長さんの考えは分からないけれど、周囲が明らかに敵対心を隠そうとしていない。
わたしは少し考えて……。
「雄也先輩、この場をなんとかできませんか?」
思い切って、丸投げすることにした。
こういったことに経験値が足りてない人間がいくら考えた所で意味がない!
だけど、彼なら状況を簡単に動かすことができるだろう。
彼自身は「違う」と否定しても、王の意思を伝えている辺り、立派に使者であり、代理人と考えても問題ない気がした。
「「高田? 」」
九十九と水尾先輩の驚いたような声が重なる。
「平和的に? それとも彼らと似たような手段を持って?」
雄也先輩は、余裕のある微笑みを崩さず、優しい声で尋ねる。
選択肢があるのはありがたいけど……。
「……平和的にお願いします」
わたしは頭を下げた。
彼らと似たような手段って……、強制的な排除ってことだよね?
そんなこと、わたしは望まない。
「栞ちゃんからの頼みなら仕方ないね」
雄也先輩は笑った。
「高田、こいつらのは自業自得だ。関わっても良いことはないぞ?」
九十九はそう言うけど……。
「でも、放っておいても解決策がなければ繰り返されるでしょ?」
それはちょっと困るよね。
「高田は甘い。こいつらを排除すれば良いだろ? どちらにしろ、アリッサムの名を汚す行為に変わりは無い。バルディアの命令外とはいえ、知らないのも同罪だ」
水尾先輩も厳しい言葉を放つ。
「その隊長さんは悪い人には見えませんでしたから」
他の、顔を伏せている人たちについては分からない。
特に金品要求するような人たちのことは。
でも、少なくとも隊長さんは悪い人ではないとそう思ったのだ。
だが、わたしの言葉に納得出来ないのか、水尾先輩と九十九は同時に溜息を吐く。
「とりあえず、村に行こうか。話はそれからだ」
雄也先輩は周囲の雰囲気も構わずにそう言って進みだしたので、一行も動き出した。
証拠を固められている以上、彼に従うしか無いことはアリッサムの人たちだって分かっているのだ。
そんなわけで思わぬ集団となったわたしたちは、後ろに10人ほど引き連れて国境の村へと赴くことになってしまった。
全ての人間ではないのは、しっかりと方向が決まるまでは、他の人たちは残っていた方が良いという判断である。
確かにいきなり50人が乗り込んだって村も困るよね?
ここまでお読みいただきありがとうございました。




