お求めは断罪でしょうか?
「ところで、栞さんはその無体を強いたお相手に対して、断罪をお求めでしょうか?」
妙なに長い間が空いた後、恭哉兄ちゃんはそんなことを提案してきた。
だが、何故だろう?
テレビショッピングのような軽い口調でお勧めされているのに、その内容は決して軽くない。
寧ろ、重い。
「特に求めておりませんが、大神官さまが考える断罪の内容を伺ってもよろしいでしょうか?」
そこは聞いておきたい部分だった。
勿論、自分はそこまで求めるつもりはない。
あの後の九十九は、被害者であるわたしすら退くほどかなり反省していたし、彼自身も傷付いているような気がしていた。
だが、一般的にはどうするのが正解だったのだろうか?
「一番、良いのは断種かと」
だんしゅ?
お酒を断つこと?
「栞さんに分かりやすい言葉を選ぶなら、去勢を行い、宦官とすること……でしょうか」
「ふげっ!?」
いや、確かに、相手の合意なくそんな行為を行おうとする殿方に対して、そう思うことは多々あるけど……。
「それはやりすぎです!!」
九十九に対してそんなことは全く思わなかった。
「元を断つことが一番安心ですよ?」
「確かに、根本は断てるけど、子々孫々まで断っちゃうことになっちゃいます!!」
「この方が、栞さんの安全も確保できます。実際、女性の傍に仕えようとする男性の処置として行う国もありますよ? この国ですけど」
え?
この国って、宦官制度がある国だったの?
でも、ワカに仕える男性、いや、恭哉兄ちゃんはワカの家庭教師みたいな役どころではあるけれど、それは家庭教師がいなくなってしまったために、グラナディーン王子殿下が頼み込んで……という流れだったはずだ。
つまり、本格的な家庭教師として仕えているわけではない。
しかし、それはそれとして……。
「もう大丈夫ですから!! ちゃんと、『発情期』が発症しなくなった人ですから!!」
だから、そこまでする必要はないと主張しておく必要がある。
そうしなければ、九十九があらゆる方向で大変なことになる気がした。
わたしはそう言うと……。
「再確認しますが、栞さんはご無事なのですよね?」
「え? はい」
何をもって無事かという話ではある。
だが、わたしは九十九から迫られたし、あちこち触られて紅い刻印もいっぱい付けられたけど、純潔云々の視点で見れば、無事だったと言い切れるだろう。
「それならば、……で留めておきますか」
「ぬ?」
今、恭哉兄ちゃんが何か呟いたような?
でも、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「大丈夫です。栞さんはお気になさらぬようにお願いします」
「気になります!!」
その笑みは見たことがある。
九十九にお仕置きをしようとする雄也さんの笑みにそっくりだ!!
「その様子ですと、特に罰も与えていないのでしょう?」
「え? まあ……」
本人は罰を与えて欲しいと願っていた。
だが、わたしはそれを断ったのだ。
「それでは、その方も収まりがつかないままでしょう」
「そうなのですか?」
「はい。真面目な方ほど、時間が経てば経つほど、その罪悪感に押しつぶされると思いますよ?」
そうなのだろうか?
でも、あれから既に数カ月経っているのだ。
今更、それを引っ張り出して罰するのも躊躇われる。
「ですので、私に任せてみませんか?」
「え?」
恭哉兄ちゃんに?
でも、凄く嫌な予感しかしないのだけど?
「勿論、栞さんが望まないことはしませんし、悪いようにはしないつもりです」
「その人の身体と心を傷付けることや、忘れた頃に後遺症が出るようなことだけは止めてくれますか?」
わたしにとってここが妥協点だとは思う。
あの時、罰を受けたがった九十九の望みを拒絶したのはわたしだった。
そこまでのことではないと思ったから。
だが、それが、彼にとって良くなかったと言うのなら、大神官である恭哉兄ちゃんに任せてみても良いかもしれない。
「それは承知です。壊しては意味がありませんので」
「その言葉に不穏な影を感じるのですが……」
「では、こうしましょう。栞さんが出した条件に加え、本人が望まなければ、私は罰を与えないことにします」
「それは罰の意味があるのですか?」
誰だって、罰を受けたくはないと思う。
特に、恭哉兄ちゃんからの罰だ。
なんとなく、精神的にキツそうなことが待っている気がしてならない。
でも、拒否権があるなら大丈夫……かな?
「何より、わたしは大丈夫だったのです」
「はい。それは伺いました」
「それなのに、罰を与える意味はあるのでしょうか?」
「ありますよ」
恭哉兄ちゃんは断言する。
「罰しないこと自体が罰になることもありますが、それは互いに凝りを残すこともあります。それを避けるために、罰を一つの区切り、けじめとすることも必要でしょう」
区切り、けじめの意味……、か。
「それなら、先ほど言ったわたしの条件と、当人が恭哉兄ちゃんから与えられる罰を受け入れるなら、お願いしても良いでしょうか?」
わたしが考えるよりも適切なものを考えてくれるだろう。
「はい。重大なお役目、承りました」
この様子だと、その相手が九十九だとしっかりバレているから改めて言う必要もないだろう。
九十九が壊れることがないというのなら、大丈夫だと信じるしかないか。
時間差で申し訳ない気もするけど、その辺りも恭哉兄ちゃんにお任せしちゃおう。
「それで、その話の続きに近いのですが……」
わたしはこの際、気になっていたことを、この機会に聞いておこうと思った。
「わたしって、そんなに女性としての魅力がないでしょうか?」
「…………はい?」
あれ?
なんか、今、かなり間があったような?
「いえ、先ほど少し説明しましたが、その相手は『発情期』を発症しながらも、踏みとどまってくれたのです。ですが、大神官さまが仰ったような……、正気に返るような出来事もありませんでした」
わたしは抵抗した。
でも、九十九の力の前では無意味だった。
あの時は今ほど魔法も使えなかったし、「魔気の護り」は自分の意思で抑え込んでしまった。
だから、九十九に通じるほど激しい抵抗はできていない。
衝撃的な出来事の一つとして例に挙げられたような、涙は零さなかった。
泣きたくはあったけれど、泣くほどのことでもないと思ったから。
九十九が「発情期」になる可能性があることは知っていたし、自分が置かれた状況がそれだということにも気付いていた。
ある意味では、わたしは諦めかけたのだ。
本能的な性衝動を抑えることなんて、容易ではないだろうし、自分の声が届かない相手に対して、いくら止めてくれと訴えたところで無駄だと。
本懐を遂げたら、正気に返ってくれるとも思った。
そんなことをした後に、彼がどう思うなんて考えず、わたしは自分で自分を護ることを放棄しかけた。
それが間違いだったと気付かさたのは……、少し後。
別の殿方の所だったというのは何とも複雑である。
「『嫌い』だなんて、言えないですしね」
言ったところで、彼はその言葉の嘘を見抜くだろう。
だから、そんな状況でも、正気に返るとは思えない。
それに、わたしから「嫌い」と言われたぐらいで、あの九十九がショックを受けるはずもないしね。
「自分に危害を加えるような相手でも、嫌いになれなかったのでしょうか?」
「それ以上に、わたしは何度も彼に救われていますから」
それなのに、救いの手は伸ばせなかった。
それが、今も、どこかに残っている。
彼があんなにも苦しんでいたのを目の前で見たのに、わたしは伸ばしかけた手を引いてしまった。
自分の身を護るために。
「ですが、それと女性の魅力というのに、何のご関係があるのでしょうか?」
恭哉兄ちゃんがそんな疑問を呈する。
「彼が思い留まったというのはそういうことでしょう?」
発情期は誰もが抗えない本能的なものだと聞く。
熱くてかなり喉が渇いている時に、美味しそうな水を差し出されるようなものらしい。
誰に聞いても、そんな状態だったのに寸前で止まることができた九十九は凄いと賞賛されることからもそれがよく分かる。
九十九は確かに精神力が強い。
だけど、あの時、止まることができたのは、わたしの女性として魅力が足りなかったからかもしれない。
勿論、わたしが主人と言うこともあったのだろうけれど、もっと彼が好むような女性だったら、彼は止まろうと思えなかったのではないだろうか?
だから、一瞬でも、正気に返ったのは、わたしを抱きたくないと言い切ったのは、わたしにそれだけの魅力がなかったことが理由なんだと思う。
「栞さん」
「はい?」
「貴女は十分、魅力的な女性ですよ」
「ふぐっ!?」
いきなりのお言葉。
だが、これは社交辞令だ。
恭哉兄ちゃんのように誰の目で見ても魅力的な大人の殿方から言われても、素直に「自分は魅力的だ」なんて素直に思えない。
「ありがとうございます、大神官さま」
それでも、御礼は言っておかなければいけない。
わたしは一礼する。
だが、そんなわたしの姿を見て……。
「なるほど……」
恭哉兄ちゃんは、小さな声でそう呟いたのだった。
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