どんなところが?
「私などの話でご満足、頂けたでしょうか?」
恭哉兄ちゃんは優雅にカップ……、いや湯呑みを傾けながらそう言った。
「うん。知りたかったことは大体、聞けたかな」
恭哉兄ちゃんは基本的に大神官として「迷える子羊」と応対する時は、お茶を飲んだり食べたりすることはない。
神官たちの集まりでも飲食はしないと聞いている。
だけど、今回はわたしに付き合って、お茶やお菓子を口にしてくれていた。
うむ。
九十九のお手製である練り切りに似たお菓子と、緑茶の選択は間違っていなかったようだ。
飲んでくれない可能性もあったけれど、安心した。
基本的に恭哉兄ちゃんは優しい人だ。
時々、黒いけど。
だから、わたしが準備したものを無碍にするようなことはないだろうと九十九も言っていた。
「でも、さっきまでの話とは別方向というか、別方面で、個人的に聞きたいことがまだあるんだけど、良い?」
「はい」
断られなかった。
いや、それは話の内容が分からないからか。
でも、内容を知ったら、流石に断られるかもしれない。
ここから先は、本当に私情100パーセントの話だ。
興味本位、好奇心といった種類の話。
そして、大神官である恭哉兄ちゃんにそんな話題をしようとする人なんて、大樹国家の第二王子殿下か、この国の王女殿下ぐらいだと思う。
どこかの「聖女」さまも話題提供しそうな気がするけど、彼女は、恭哉兄ちゃんに会おうとしないようだから、話すことはないだろう。
「恭哉兄ちゃんはワカのどんなところが好き?」
「曲がらない強さですね」
「おおう」
突然の不躾な問いかけだったというのに、準備されていたかのように即答された。
しかも、照れることもなく真顔で。
「他には?」
「懐が深い所でしょうか」
「懐が……、深い?」
えっと、確か、心が広くて、度量や包容力がある人のこと……だよね?
なんとなく、忍耐強いイメージがあるというか。
「ワカって懐が深いっけ?」
心が広い……、という部分に首を捻りたくなる。
いや、狭くはないのだけど、特定の場所以外にはかなり狭いと思う。
「自身の内側に受け入れた方を全力で支援します。あの方は、自分の大事な人間を護るためなら親兄弟どころか、神に逆らうことすら厭わないでしょうね」
ああ、想像できる。
あの天上天下唯我独尊に見えるワカは、その実、自分が好きになった人間、身内と認識した相手をかなり大事にしてくれる。
それが、例の九十九が受け取ったコスプレ衣装に付いている効果に繋がっているとも言えるだろう。
「あのストレリチア城下での騒ぎに栞さんを巻き込んだことを姫は、大変、憤慨しておりました」
「そうだったね」
あの日、このストレリチア城門に「裁きの雷」が落ちたとされる日に、わたしは多くの神官たちの前で「神降ろし」とやらを大公開してしまったらしい。
その結果、「聖女認定」の話が持ち上がり、大聖堂でも大きな騒ぎとなったために、苦肉の策として、「聖女の卵」となったのだ。
その時、「聖女認定」の話も、妥協案である「聖女の卵」の話すら、蹴飛ばそうとしてわたしを護ってくれたのはワカだった。
ワカが「恩を仇で返すのがこの国のやり方か!?」と恭哉兄ちゃんとグラナディーン王子殿下に向かって叫んだのはわたしも覚えている。
まあ、そんな姿を見たら、わたしは条件付きで「聖女の卵」になるしかないかとも思ってしまったのだけど。
実際、「聖女の卵」の肩書きは、九十九や雄也さんを含めて助かることが多いので、受け入れて良かったとも思っている。
「それは自国の利や、自分の心よりも、栞さんを優先した結果です」
法力国家と認められているストレリチアにとって、「聖女認定」は長年の悲願でもあるらしい。
その「聖女認定」は近い時代でも百数十年前のこと。
それも、ストレリチアではない国の聖堂で行われたと聞いている。
「それはそうだと思うのだけど、ワカって時々、手段を選ばないところもあるから恭哉兄ちゃんの言葉に対して、素直に肯定できない」
城下の散策中にストレリチア城まで連れて来られたきっかけになった時を思い出す。
あの時は、城下でワカが提示した褒美に目が眩んだ数名の見習神官たちにわたしが追いかけられることになって、九十九から袋詰めにされて、ワカの前に行くことになったのだ。
……あれ?
この場合、手段を選んでいないのって、わたしの護衛か?
いや、ワカも選んでいない。
どっちも酷い!!
「それ以外にもいろいろあります。姫についての複雑なお人柄は、短時間では語り尽くせませんね」
ワカは素直じゃないところがある。
それも恭哉兄ちゃん限定ならば、かなり捻くれていると言えるだろう。
そして、短時間では語り尽くせないとか、真顔で惚気られている気がするのは気のせいではないと思う。
話を振った側なのに、わたしが地味に精神的なものを削られている気がする。
いや、その方が安心はできるのだけど。
下手に照れて誤魔化されるよりは良い。
「確かに、ワカは苦労しそうな性格だよね」
決して、悪い人間ではない。
でも、良い人間かと問われたら即答できない。
彼女は独自のルールで生きているため、理解しがたく、その言動の意味が分からないままならば、迷惑な人間だと錯覚させられる。
そして、言語処理能力は高いのに、相手に自分の考えを理解してもらうための努力は放棄する。
分からない方が悪いと無駄を省くのだ。
確かに複雑な人柄である。
「だから、近くにいれば、退屈しない人間だとは思うかな」
ワカ自身が退屈で変化が少ない生活が苦手な人だ。
だから、似たような種類の人間であるわたしを傍に置こうとしたんだろうなと思う。
わたしは静かな時間、落ち着いた空間、穏やかな世界が嫌いではないけれど、変化が少ない日が何日も続くと落ち着かなくなるのだ。
大冒険がしたいわけでも、波乱万丈な人生を歩みたいわけではない。
だから、穏やかな日常を送りたいと思う気持ちに嘘があるわけでもない。
それでも、自分の中の何か叫ぶ。
―――― 動いて変化を齎せ
そんな言葉が、どこからか聞こえる気がするのだ。
「それじゃあ、好きになったきっかけみたいなものはある?」
「特に思い当たることはないですね。姫と接するたびに、この胸にある想いが積み重なっていったことは確かですが、その境界は今でも分かりません」
惚気だ。
わたしは今、大神官という立場にある方から、盛大に惚気を聞かされている気がする。
「強いて言うならば、姫が家出をしたと王子殿下より知らされたあの日でしょうか」
「え?」
「それによって、大きく心を動かされたことを覚えています。またその日は私にとって、少しだけ特別な日だったこともあって、余計に心が揺れたのだと思いもしました」
それは、ワカも知らないことだと思う。
ワカは家出をして、人間界へ向かったと聞いている。
だから、そのことを恭哉兄ちゃんはワカには絶対言わない。
そんな気がした。
「特別な日?」
「自分では意識していなかったのですが、その日、初めて、私が『楓夜』の名前を呼んだらしいですよ」
「ほげ?」
楓夜兄ちゃんからも、「恭哉」はなかなか自分の名前を呼ぼうとしなかったいう話は聞いたことがある。
呼ばせるまでに、出会って三年近くかかったと。
十歳から人間界に行って、同じ学校に通っていたとして、十二、三歳?
ワカが人間界に行ったのは、八歳になる前だったと聞いているから、丁度、その頃なのは分かる。
だが、まさかの同日。
なんという偶然。
「名前を呼んだだけで大喜びした少年のことを考え、少しだけ不思議な感覚を持って、国に戻れば、そんな報告を受けました。私が激しく動揺したのもお分かりいただけるでしょうか?」
「うわあ……」
それはどんなに強靭な精神力を持っていても、揺れるだろう。
楓夜兄ちゃんの言葉でちょっと動揺していた恭哉兄ちゃんは、その報告によって大きく叩きつけられたかもしれない。
ましてや、その時の恭哉兄ちゃんは、わたしと会う前だから……、未成年ではあったはずだ。
でも、十五歳で緑羽の神官にはなっていたはずだから、ああ、既に高神官と呼ばれる七羽の神官やっていた可能性はあるのか。
それでも、今ほど揺らがなかったとは思えない。
わたしと出会った十五歳の恭哉兄ちゃんは、人間界にいたためか、もっと普通の少年に見えた。
今のような雰囲気ではなかったのだ。
「私の人生において、そこまで激しく心を揺さぶってくださったのは、姫と栞さんぐらいです」
「そ、それは申し訳ない……、です」
ワカの方はともかく、わたしの方は謝るべきだろう。
人間界でも迷惑をかけたっぽいし、この世界で再会してからは、不定期にお手数をおかけしている自覚がある。
「栞さんが謝る必要はないですよ」
恭哉兄ちゃんは、微かに笑った。
「ただ、先ほどの問いかけである、姫のことを特別に思う動機としては十分すぎるものだったと納得はできるでしょう?」
「特別の意味がちょっと違う気がするのだけど……」
寧ろ、揺れている吊り橋の上で異性から声を掛けられたような状態ではないだろうか?
不安定な足場のドキドキ中に声を掛けられて、錯覚を起こす、あの現象!!
「これらはきっかけですからね。それ以来、寝ても覚めても、姫のことしか考えられなくなりました」
それだけ聞けば、心ときめくお言葉。
だが、聞けば聞くほど、何か違う感が増す。
恭哉兄ちゃんは、本当にワカのことが好きなのか?
「大丈夫ですよ」
そんなわたしの思考を止めるかのような恭哉兄ちゃんの言葉。
「それらは私の中の『特別』を意識する始まりではありますが、今、この胸にある姫を大切にしたいと思う感情とは全く違うものですから」
さらに、特大な惚気を投下してくださったのでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




