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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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【第1章― 少女は少年と出会う ー】目覚めの時

『―――――――』


 遠くから、誰かに呼びかけられた気がした。


『―――――――』


 それはどこかで聞き覚えのある懐かしい声。


『―――――――』


 でも、誰の声かは思い出せない。


『―――――――』


 わたしに向かって何かを言っているのだとは分かるのに、それが、なんと言ってるのかは分からない。


『―――――――』


 この場所は深く白い霧の中。

 周りは不自然なほど何も見えない。


 正直、ここがどこなのか、夢か現実かどうかもよく分からない。


 でも、何故だろう。

 その声が、わたしに向けられているってことだけは分かる。


『―――――――』


 その声は少しずつわたしに近づいて来ているのか、だんだん大きくなっていく。

 それでも、その内容まではやっぱり聞き取れない。


 大分、近付いたようで、決して小さな声ではなくなっているのに。


『―――――――』


 とうとう、その声の主はわたしのすぐ後ろまで来た。

 自分の背後に誰かが立っている気配がする。


 その人が、敵か味方かは分からない。


 だけど……、後ろから涼しい風が通り抜け、わたしの長い髪を揺らした。


 そして、先ほどまで周囲を包んでいた霧が晴れていく。まるで、何かの準備が整ったとでも言うように。


 わたしは意を決して、振り向く。



 ―――― そこで目が覚めた。


「……目?」


 急速にわたしの視界が色付き、一気に広がっていく。


 開いたばかりのわたしの目に入ったのは、周りから集まる視線と、我らが担任のどこか呆れたような顔。


 この状況から察するに……?


「『高田(たかだ) (しおり)』さん。大変、よくお眠りでしたね。先生の課外授業(ほ し ゅ う)はそんなに退屈でしたかぁ?」


 明らかに皮肉が込められた口調。


 流石にこれはマズい!

 それは、鈍いわたしでも、よく分かる。


「いえ、そんなわけでは……」


 わたしは慌てて、否定の言葉を口にしようとした。


 本音を言うと、退屈ではあったのだ。

 今の時間は、ちょっぴり苦手な数学だったし。


 しかし、それをこの場で口にするほどわたしは現在の状況が分からないわけでもなく、そこまで図太い神経も持ち合わせてはいない。


「確かに、通常の授業を終え、他のクラスの生徒たちは帰っているところもあります。しかし、自分の意思で、受験のために課外授業を受けると決めた以上は……」


 ―――― キーンコーンカーンコーン


 担任のありがたいお説教は、機械的に課外授業終了を告げるチャイムによって、無情にも中断されてしまった。


 タイミングが悪いと言えばそれまでだが、これはちょっと申し訳ない気がする。


「よっしゃあ! 課外授業(ほ し ゅ う)、終わりぃっと!」

「先生、さいなら~!」


 そして、チャイムの音とともに次々と立ち上がっていく男子生徒たち。


 彼らは、わたしたちと課外授業を受ける理由が異なっているためか、動きがかなり素早い。

 誰も止める間もなく、あっという間に教室から飛び出して行く。


「ちょっ……、せめて課外授業終了の言葉ぐらい言わせてくださいよぉ……」


 そんな担任のどこか情けない声が聞こえた。


 ますます、わたしは申し訳なく思うしかない。


 通常の授業と異なり、「補習」と呼ばれる課外授業終了のチャイムが鳴った後は、終了の号令はなくても教室を退出できることになっている。


 そもそも通常の授業ではない以上、時間の拘束をしていることがおかしいのだ。


 だから、そんな状況で担任の言葉をバカ正直に聞くような生徒なら、そもそも補習の必要はないだろう。


 彼らは、公立高校受験が危ういため、熱血絶賛空回り中な我らの担任が、保護者を通し、他の教科担任も巻き込んだ上で半強制的に課外授業を受けさせているのだから。


 それでも、嫌々ながらもしっかり受けている辺り、彼らも自身が崖っぷちに立っていることは自覚しているんだとわたしは思っている。


 因みに!

 誤解のないように言っておくが、わたしは自主的に受けている希望者である。


 特に難関高校を選んだわけではなく、身の丈に合った学校を選んでいるため、日頃の勉強だけでも自信がないわけではないのだけど、わたしには絶対に公立高校入試で落ちるわけにはいかない事情があった。


 大変、恥ずかしい話ではあるが、正直なところ、我が家にはあまりお金がない!

 金銭的に余裕がある家庭ではないのだ。


 だから、「うっかり落ちてしまったから、お金のかかる私立高校に通わせてください! 」と、親に頭を下げることもできないのである。


 でも、そんな事情にも関わらず、その貴重な勉強時間を寝て過ごしてしまうようでは意味がない。


 これなら、家に帰って自主的に学習している方が、誰にも迷惑もかけなかっただろう。


「先生、本当に申し訳ありません」


 自分のせいで、課外授業を中断させてしまったことを、素直に謝る。


「いや、あれだけスタートダッシュが良かった生徒たちがちゃんと勉強をしていたかは迷うところなのですが、高田さんは寝不足なのですか?」

「夜更かしをした覚えはないのですが……。健康のために、いつもたっぷり睡眠を心がけてますから」


 担任の問いかけに対し、わたしは素直にそう答えた。


 正しくは、健康のためというよりも、主に身長なのだが。


 もう中学三年生だけど、わたしはまだ可能性があると自分を信じている!


 せめてあと5センチ!!

 欲を言えば10センチ伸びて欲しいところだけど、そこまで多くは望まない。


 今のように、150センチに届かないのは絶対に嫌だ!!


「それはそれで受験生としては大丈夫ですかと問いたいところではありますが……。まあ、今、教室に残っている生徒たちについては、正直、そこまで心配してません」


 正直すぎる担任のお言葉。


 それはそれでどうなのだろうかと思わずにはいられない。

 それって、先ほど駆け出していった男子生徒たちは危ないってことだよね?


「せ・ん・せ・い。高田は、ここ2,3日、ずっと課外授業の時間帯になると、終了間際に寝ちゃってますよ」


 そう言ったのは、帰り支度をしていた女子生徒の一人だった。


 黒い短めの天然パーマと、狐のようにちょっぴりつり眼が印象的な「若宮(わかみや) 恵奈(けいな)」と言う名前の少女。


 通称、ワカ。

 一応、わたしの親友らしい。


「え?先ほどの状態は初めてじゃないのですか?」

「はい、そうです。今日で3回目じゃなかったですかね。3月に入ってから毎日ですから」


 あれ?

 昨日や一昨日は、誰にも気付かれてなかったはずなんだけど、何故、ワカは知っているの?


 しかも、時間まで?


「高田さん。実はやっぱり遅くまで受験勉強してるんじゃないのですか?」


 心配してくれる言葉に、わたしは思考を切り替えて、担任を見る。


「確かにあと数日のことではありますが、夜更かしはかえって効率が悪いですよ」


 心配してくれる担任の心はありがたく思う。


 でも、夜更かしは身長のためにしないようにしているし、受験勉強をそこまで必死にやっている記憶もない。


 受験する日まで残り数日。

 既に、10日をきっているのだから、もう、後はなるようになれという状態だ。


「以後、気をつけます」


 それでも、それ以上、心配かけないように、無難に返答した。


「今日はゆっくり休んでください。もしかしたら、貴女が気付いていないだけで、受験疲れもあるかもしれません。最後の課外授業がこのような形になったのは少々……、いえ、かなり残念ですが、仕方ありませんね」


 そう言って担任と呼ばれる三十代も中盤になる独身()()教師は、教室を後にした。


 その後ろ姿の淋しさにかなり申し訳ない気持ちになる。

 自分が関わっていなければそんなことも気にもならなかったのに。


 そして、気が付くと教室に残っているのは、ワカとわたしの二人だけとなっていた。

 彼女は担任とわたしが話し終わるまで待っていてくれたのだ。


「帰りますか」

「うん」


 そんなワカの言葉に答えたわたしは、急いで帰り支度をし、教室からともに出たのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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