建物の管理は?
「あの空中に浮いた建物は、結局、どうなりそう?」
ある程度、「神子装束」や「神装」についての話は聞けたから、今度は別の話題を振ってみる。
リプテラに戻れば、「音を聞く島」のことについては、あの惨状をウォルダンテ大陸の面々に伝えたトルクスタン王子からも報告は聞けるだろうけど、空に浮いていたというアリッサム城だった建物はまた別の話となる。
アリッサム城だったっぽい建物については九十九が発見し、恭哉兄ちゃんに報告した後、大聖堂が公表したのだ。
既に無人となっていたが、心無い存在が悪用していた形跡があったと。
だから、トルクスタン王子よりも、恭哉兄ちゃんの方がその後について、詳しい情報を持っている可能性が高い。
九十九は雄也さんから途中経過も含めて、報告は受けていたっぽいけれど、わたしにはほとんどそれらの情報が入ってこなかった。
だから、状況や状態が分からない。
もともと、「音を聞く島」の方はともかく、アリッサム城だった場所に、わたしは立ち入っていないのだ。
どんな場所だったか?
どんなことが行われていたのか?
そして、発見されたのがアリッサム城だったことを知った水尾先輩や真央先輩の気持ちは如何ばかりだったか?
わたしが無理矢理巻き込んだ形となってしまったその場所を、九十九はどう思っているのか?
それらは、全て、端的にしか知らされていないのだ。
だから、アリッサム城だった建物については、わたしは完全に蚊帳の外だったと言えるだろう。
「仕置きの話でしょうか? それとも、今後の管理の話でしょうか?」
「教えてくれるなら、どちらも知りたい」
雄也さんやトルクスタン王子とは別の立場からの話だから、参考になると思う。
「管理については、どの国も遠慮されたので、大聖堂が預かる方向で話を進めております」
「どこも引き受けようとはしなかったってこと?」
確かに「穢れの祓い」の場として使われていたような建物だ。
しかも、その大本だと思われる集団は、その全てが捕らえられたわけではない。
アリッサム城だった場所に関わって、罰を受けることになったのは、神官として聖堂に在籍しているような捕まえやすい場所にいた人たちだけだったらしい。
いや、「穢れの祓い」というのも実は建前のようなもので、本当は「音を聞く島」と同じように別の目的があって利用されていたっぽいことは耳にしている。
つまり、あの場所を利用していた神官たちはトカゲの尻尾切りということだ。
それでも、やっていたことを思えば、そこに同情すべき点は一切ないのだけど。
「あの建物がアリッサム城であることは、フレイミアム大陸の方々が確認されました」
「アリッサムの人たちが確認したわけじゃないんだね」
その発見された建物が、本当にアリッサム城だったのかどうかは、アリッサムの国民の方が分かる気がするのに。
「アリッサムの国民は、今も、行方が分かっていないらしいので」
恭哉兄ちゃんは澄ました顔でそう答えてくれた。
だが、わたしも恭哉兄ちゃんも知っている。
アリッサムの国民は一部、生き延びてカルセオラリアに保護された後、新天地に向かったことを。
さらにアリッサムの王族が二人ほど、現在、リプテラという町に滞在中ってことも。
だが、それはどこにも公表されていない以上、同じ大陸の人たちが確認するしかないってことだろう。
「情報国家の見解は?」
恐らくは何らかの言葉を出していると思う。
公表、公開はしなくても、少なくとも、恭哉兄ちゃんは聞いているのではないだろうか?
そして、これらはトルクスタン王子や雄也さんでは手に入りにくい話なのかもしれない。
「『断定はできないが、恐らくはアリッサム城と呼ばれた建造物だろう』との御言葉です」
情報国家の人が、明言を避けたってことは、確信できなかったってことか。
どこかで何かが違う部分があるのか。
それとも、確信できるほどの判断材料がないのかは分からない。
どんなに情報国家が優秀であっても、その建物の複製や再現かどうかの判断なんて難しいだろう。
そして、多分、公式見解ではない気がする。
恭哉兄ちゃんはわざわざ「御言葉」という単語を使った。
それは、偉い人の言葉をどこかで聞いたってことだと思う。
公式的な話なら、「発表された」とか、「見解を述べた」とか言いそうだ。
さらに大神官である恭哉兄ちゃんは、基本、丁寧な言葉を使うが、誰かの言葉を伝えてくれる時は、その時の言葉を変えずにそのまま引用してくれることが多い。
どこかで聞いた話なら、「断定はできないようですが、恐らくはアリッサム城と呼ばれていた建造物ではないかと考えられているようですね」みたいな台詞を使う気がする。
勿論、絶対そうだとわたしも断言はできない。
人間、気分で言葉なんて簡単に変わるし、相手の心理誘導のために、言葉を変えることだってできるのだ。
だから、わたしにこんな思考をさせるのも、恭哉兄ちゃんの手の上なのだとも思う。
「それは、金の髪の美形な殿方から?」
念のために確認しておく。
「そうですね。『是非、関係者たちにその推論の審議と真偽について、意見を聞きたい』と、仰せでしたよ」
やはり、あの国王陛下が関わっている可能性が高いっぽい。
そして、伝言をありがとう。
それは、水尾先輩、真央先輩に対して伝えて欲しいということですね?
さらに言うなれば、もしかして、あの国王陛下には、わたしが関わっていることもバレているかもしれないってことですね?
「それに対して、恭哉兄ちゃんはなんて、答えたの?」
「『運命の女神の導きによって、そのような幸運に恵まれると良いですね』とお答えさせていただきました」
うん。
さらに、どうとでも取れる言葉をありがとう。
導きが関わっているとも言えるし、神官として定型の返答だと言えなくもない。
「でも、アリッサム城の可能性があるというのに、フレイミアム大陸の人たちが管理するわけじゃないんだね」
なんとなく、フレイミアム大陸はクリサンセマムを中心に野心家なイメージが強い。
あの会合やセントポーリア城で見た文書、そして、セントポーリア城まで来た外交官の話を聞いたせいかもしれない。
「無理でしょう」
だが、恭哉兄ちゃんからは何故か即答された。
「まず、あの建物は容易に行き来できるような場所にありません」
「移動魔法は?」
確かに距離はあるらしいけれど、この世界の人間ならば、それをゼロ距離にすることだって可能だと思っている。
「あの距離の移動魔法を使えるのは、空属性であるスカルウォーク大陸の王族や魔法国家の王族ぐらいだと思われます」
「おおう」
確かに長距離になると、移動魔法を使うのは難しいと聞いたことがある。
九十九も、あの場所へは飛翔魔法を使って移動していた。
移動魔法で直接、あの場所へ行ったわけではないのだ。
「そして、現時点であの建物の転移門が使用できない状況にあるようです。従って、聖運門を使用することもできないということになります」
「転移門は壊れていたの?」
城と呼ばれる建物には、必ずその地下に転移門と呼ばれる長距離移動を可能とする構造物が備わっているらしい。
実際、九十九や水尾先輩たちは、アリッサム城だった建物にあった転移門の確認もしていたらしい。
だから、建物が宙に浮いた状態でも、地下にあった施設も一緒に存在していたということだと思っている。
「いいえ。カルセオラリアの技術者もあの場所へと案内されたようですが、あまりにも高い場所にあるために、転移門を使用する要件を満たすことが難しいそうです」
「確か、航空機が飛ぶぐらい高い場所にあったんだっけ?」
「それぐらいはあると聞き及んでおります」
確か高度一万メートルぐらいだと聞いていた。
それにしても、高い場所にあると、転移門って使えないのか。
あれ?
でも、それ以上に離れているはずの地球と、転移門が繋げることができていたのは何故だろうか?
神のご加護ってやつ?
「転移門の使用条件に関しては、カルセオラリアの技術者によって詳細は伏せられました。よって、転移門が使用できない理由については分からないようです」
転移門は、城が崩壊し、城下が半壊したカルセオラリアにとって、ある種の生命線となっている。
復興はかなり進んだようだが、まだ完了はしていないらしいし、何より、中心国でいられるかどうかも分からないのだ。
それを思えば、確かに転移門の使用条件を詳しく言えないのは仕方がないのかもしれない。
そんな風に考えていると、恭哉兄ちゃんは……。
「そして、どの国もあの建物の管理をご遠慮された最大の理由は、アリッサムの王族たちにあるという話も伺っております」
そんな爆弾発言を投下してくれたのだった。
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