改良……?
「わたしの『神装』については、全て恭哉兄ちゃんが関わっていることは分かったけど、『神子装束』の方はどうなの?」
これまで気にもしていなかったけれど、あの識別魔法の結果を知った以上、気になってしまうのは仕方がない話だろう。
「『神子装束』についても、法糸だけは私が紡ぎましたが、織布工程以後については『聖堂衣料品管理協会』にお願いしておりましたね」
「大神官さまはお忙しい身なのでは?」
わたしが持っている神子装束はこの国にいた期間だけでも結構な量になっている。
紡績について詳しくはないけれど、糸を紡ぐだけでもかなり時間がかかるのではないだろうか?
「法糸を作るだけならそこまで難しいことではありません。まず、このように法力で繊維を作ります」
そう言いながら、恭哉兄ちゃんが右手と左手の指先から、細く光る糸を出す。
目に視える法力……、法力繊維?
いや、体内からできているから法力線維?
まるで、その姿が操り人形を操るための糸のようだと思った。
いや、操り人形なんて、漫画ぐらいしか見たことはないけれど。
しかも、その一本一本がかなり長い。
見本で出された糸は、その場で一気に広がり……、長さ何メートルだ? と、思うぐらいだった。
それも十本の指の全てから放出……、放射? されている。
一本の指から一本の糸ではなく、数本、いや、十数本の糸が現れたのだ。
この広がり方は、まるで投網のようでもある。
そして、その結果として、わたしの周りには光る不思議な糸が大量に落ちることとなった。
これはどうするべきか?
「昔から時間があれば、法糸の元となる法力を撚り合わせ、紡いでおりました。そのためか、他者よりは法糸の紡績が速いようです」
恭哉兄ちゃんは下に落ちている糸を気にするでもなく、普通に会話を続ける。
「これで布を織るの?」
それにしては細い。
光っているからその存在が分かりやすいだけで、糸そのものはかなり細くて切れやすく見えた。
具体的には髪の毛よりも細い……、蜘蛛の糸ぐらい?
これは織っても、かなりの薄布になる気がする。
「いえ、これの状態から撚って、紡ぎ合わせなければ法糸にはなりません。このように……」
そう言いながら、指をくるくると回すと、放射された糸が次々に集まり、纏まっていく。
その法則は分からないけれど、同じ指から出た糸は一緒にならないっぽい?
だけど、絡まることなく纏まり、全部で十本の長い糸の塊が、その場に現れた。
特に何か道具を使ったわけではないのに、あれだけ散らばっていた糸が綺麗に巻かれているように見えるのはどういうことだろうか?
「今の私の能力では、十本を同時に作り出すことが精一杯ですね」
その言葉は少しだけ悔しさが滲んでいる気がした。
「普通は、どれぐらいできるものなの?」
そう言いながらも、これは普通じゃないと思っていた。
ワカの話では法糸は、一本作るだけでもかなりの法力とそれに伴う集中力、時間が必要らしい。
だから、十本も同時に作れるってだけでも十分、凄いと思うのだけど、この様子だと、恭哉兄ちゃんはもっと多く作れる人を知っているのだろう。
「法糸は、本来、人前でつくることはありません。私が見たことがあるのも、先代大神官と先々代大神官だけですね」
先代の大神官は直属の上司としてだろう。
そして、先々代大神官は恭哉兄ちゃんにとって、書類上の義父である。
いや、そっちも上司として見せてもらった可能性の方が高いのか。
恭哉兄ちゃんは二歳で神導を受け、神官の道に入ったらしい。
それ以降は、義父である先々代大神官さまは、上司として接していたと聞いている。
「先代大神官は、五本でした。先々代大神官からは、十二本の法糸を同時に作る姿を見せていただいたことがあります」
「え?」
先々代大神官さまって、実は、恭哉兄ちゃんよりも凄いの!?
「法力や神力の才だけではなく、年季がものを言うと笑っていました」
「おおう」
年季というのが本当なら、恭哉兄ちゃんはまだまだ勝てないだろう。
恭哉兄ちゃんは、大神官という神官の最高位に就いているが、まだ二十四歳手前の若者なのだ。
先々代大神官が大神官に就いたのは、本人曰く百十一才だったらしい。
その時は冗談だろうと思っていたが、実は、先々代大神官……、聖爵さまは精霊族の血が入っているっぽいので、その年齢は誇張ではないと今では思っている。
「尤も、数はともかく、質で先々代大神官に負ける気もありませんが」
意外と負けず嫌いなところがあるらしい。
いや、雄也さんや九十九ほど極端ではないのだけど、恭哉兄ちゃんも身内に対してはやや当たりが強い気がする。
「このように、私にとって、法糸を作り出すことはそこまで時間も手間もかかりません。ご理解いただけましたか?」
「理解しました」
確かにこのペースで作るなら、そこまで時間もかからないとは思う。
勿論、法力が魔力と同じように体内で作られている以上、恭哉兄ちゃん自身の負担にはなってしまうのだろうけど、そこはわたしが指摘してはいけない部分だ。
一応、わたしは「聖女の卵」という肩書きを頂いている。
だから、大神官であり、その庇護者となってくれている恭哉兄ちゃんが、「聖女の卵」のために、手を抜くわけにはいかないという事情も分からなくもない。
だから、わたしに言えるのは……。
「気持ちは嬉しいけど、無理だけはしないでね?」
「承知しております」
そんな言葉を口にするくらいだろう。
「特殊機能が付いた『神足絆』についても、ありがたく頂戴しておきます」
ちょっと激しすぎる防衛機能のような気もするけど、これも、恭哉兄ちゃんがわたしを心配してのことだ。
その心ぐらいはありがたく受け取っておくべきだろう。
自分に対する注意喚起としても大事なことである。
周囲にスプラッタな現象を起こさせたくないのなら、自分自身が隙を作らないように気を付けるしかない。
「そちらについて、ご不便がありましたら、お申し付けください。改良しますので」
改良……?
なんとなく、その言葉にマッドなサイエンティストなイメージが付随するのは気のせいか?
そして、改良するってことは、その時点で既に「応報」機能が働いたことが前提の話ではなかろうか?
「因みに、『応報』の効果である皮膚の損壊って、どの程度の規模を想定しているの?」
ストッキングの損壊を想像したとしても、全て剥ぎ取る気でもない限り、相手の下半身が血みどろになることはないと思う。
「場所にもよりますが、表皮が捲れて毛細血管が多少、傷付くぐらいでしょうか。ただ、相手の頭の中で激しいものを考えてしまうと、表面上だけではすまなくなるかもしれませんね」
いや、それは微かに笑いながら言うことじゃないね。
「それなら、護衛たちにも気を付けるように言っておくよ」
「それが一番でしょうね」
周囲に対する警戒を、より一層、強めなければいけないことは分かった。
無意味な犠牲は少ない方が良い。
わたしも誰かから強引に脱がされるような怖い目に遭いたくはないし、その上でさらにホラー要素の追加など要らぬ!!
それでも、あの護衛たちの目を掻い潜ることができるような人なんて……、いないとも限らないのか。
悪いことをする人というのは、得てして、常人にない発想をするものである。
「但し、『応報』の詳細については御二方には伝えない方が良いかもしれません」
「え?」
それが一番、大事な部分なのに?
「特定の場面を想像する際に、もし、それが自分の身に起こったならば、と想定する方がいらっしゃいます」
「まあ、他者で想像するよりは、自分の身に置き換えて考えた方が想像しやすいだろうね」
感覚的な話だろう。
他者の感覚までは共感できないが、自分ならば、ある程度想像ができる。
それが痛覚を伴うならば、尚のことだ。
自分が全く知らない種類の痛みなど、想像もできない。
「でも、足の皮膚が捲れて血が出るぐらいの痛みなら、九十九も雄也も経験していると思うのだけど?」
わたしでも知っているような感覚だ。
すっころんで、手や足に擦り傷、切り傷なんて珍しくもない。
「それでは、栞さんの判断で、お伝えください」
「分かった」
この時、恭哉兄ちゃんが何を思って、そう言ったのかは考えもしなかった。
だけど、九十九に伝えた後の反応を見た時に、やはり、殿方の心理は同じ殿方にしか分からないのだろうということは、女のわたしにもよく理解できたのだった。
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