大神官の分析結果は?
「ついでに、『神子装束』と『神装』についても確認して良い?」
「はい。勿論です。尤も、ある程度は、既に雄也さんにお伝えしておりますが、それでよろしいでしょうか?」
「へ?」
雄也さんに?
「はい。あの方の御主人の服に関することなので」
「わたしは聞いてない」
「それならば、栞さんには説明不要だと判断されたようですね」
考えてみれば、雄也さんは護衛だ。
そういった部分まで気にする義務があるのかもしれない。
これまで気にせず、言われるがままに身に着けていたわたしの方が、警戒心と言うものがなさすぎるのだろう。
九十九も「神子装束」や「神装」の効果については知らなかった。
つまり、彼もこの部分において、油断があるってことなのかもしれない。
あるいは、兄に任せている部分ってことになるのかな?
「そうかもね」
これまで気にしていなかったわたしも悪い。
雄也さんにもその点を確認して、九十九にもそれとなく伝えておこう。
ただ、雄也さんが何を思って言わなかったのかが分からないから、九十九に伝えるのはその後の方が良いかな?
何か目的があって、その邪魔をしたら悪いもんね。
「とりあえず、コレで間違いがないかを確認をお願いします」
そう言いながら、わたしは新たに紙を差し出すと、恭哉兄ちゃんはすぐに目を通し始めたが、あれ? ちょっと様子がおかしい?
「これは……」
恭哉兄ちゃんは口元に手を置いて考え込んでいる。
今、渡したのは「神装」の識別結果だった。
【導きの神御衣】
導きの女神の加護を得た衣。身に纏った魂に神力を分け与える。導きの女神の加護を持つ魂のみ身に纏う事を許す。
【導きの神帯】
導きの女神の加護を得た衣。身に纏った魂に神力を分け与える。導きの女神の加護を持つ魂のみ身に纏う事を許す。
【導きの神表衣】
導きの女神の加護を得た衣。身に纏った魂に神力を分け与える。導きの女神の加護を持つ魂のみ身に纏う事を許す。
【双月宮の神袿〔橙〕】
法糸で織られた布で作られ、神子装束の神表衣の下に一枚から最大十二枚重ねて着用する。
装備した者の風属性の魔法効果及び魔法耐性を向上。魔法力回復効果・小。法力耐性・大。神力耐性・小。
【双月宮の神衣〔橙〕】
法糸で織られた布で作られ、素肌に直接身に着けることで、自身の法力や神力を高めることができる。
装備した者の風属性の魔法効果及び魔法耐性を向上。耐水性・大。魔法力回復効果・小。法力耐性・大。神力耐性・小。
【双月宮の神足絆〔橙〕】
法糸によって編み上げられ、着用者の法力や神力を高めることができる。着用者の許可なく脱衣することは不可。損壊の意思を持って触れれば応報あり。
装備した者の風属性の魔法効果及び魔法耐性を向上。耐水性・大。魔法力回復効果・小。法力耐性・大。神力耐性・小。
例によって、「ストレリチア製」と「専用装備」部分は消したし、「導きの神装」三点セットの読みにくいカタカナ交じりの言葉は平仮名に変えた表記にしている。
そして、セット効果の方については書かなかった。
「導きの神御衣」、「導きの神帯」、「導きの神表衣」を揃えて、「導きの神装」としたところで、導きの神事とやらを行う資格を得るだけだったし。
まあ、神官職にあれば重要部分だったのかもしれないけど、わたしは神女ではないのだ。
「なかなか興味深い分析結果ですね」
書いた文章量が多かったせいか、恭哉兄ちゃんは何度も確認した後、どことなく喜色を含んだ声色でそう呟いた。
「その結果に違うな~、と思う部分はある?」
「そうですね」
恭哉兄ちゃんはまたその紙に目を落とすと……。
「この『神装』は、雄也さんの儀式のために作って、栞さんが纏ったモノについての説明ということで間違いはありませんか?」
ああ、そうか。
さっきの九十九のコスプレ衣装と違って、「神御衣」、「神帯」、「神表衣」という表記だけでは分からない。
普通の「神子装束」も、同じ名前だからね。
「うん。わたしが個人的に持つ『神装』はあれだけだからね」
聖堂にはこれまでに神子たちが身に纏った「神装」はあるが、それは貸与品である。
それだけ、稀少で貴重で高価な物なのだ。
ただ、あの時は雄也さんが新調してくれた。
よく考えれば、九十九を含めた周囲に内緒であの人の身体を確認するためとはいえ、どれだけのお金を使ったのだろうか?
いや、その目的を考えれば、周りに隠したくなる気持ちは分かるのだけど、それでも、「神装」を作るとなれば、かなりのお金を動かしたはずだ。
あの兄弟の金銭感覚はやはりどこかおかしい。
いや、一番、おかしいのはその彼らの雇い主、出資者か。
彼らの金遣いは、多分、そのせいだ。
出資者がおかしい。
納得した!!
「不思議な点があります」
「ほ?」
「先ほど、姫が九十九さんにお渡しした服については、素材やその効果までしっかり書かれていたようですが、この神装にはそれが一切ありません」
「そう言えば、そうだね」
言われるまで、そこまで考えなかった。
いや、わたしは識別結果を書き出すことしか考えていないからそこまで深く考えることもしなかった。
それを見た九十九はどうだっただろうか?
恭哉兄ちゃんと同じ疑問は抱いた?
それとも、わたしの識別だからそういうものだと認識した?
「それ以外の『神袿』、『神衣』、『神足絆』は、先ほどの九十九さんの服と同じようですね。そして、誰の手による法糸であるかは書かれていません」
誰の手による法糸であるかは書かれていない?
それもおかしなことなのだろうか?
「よく分からないけれど、法糸って誰が作ったのかも、区別ができるものなの?」
「法力は魔力と同じように個人差があります。法糸で織られていることが分かっているのに、その判別をしていないと言うことは、これを分析された方は、あまり法力に詳しくないということでしょうね」
「なるほど」
言われてみれば、ほとんど判別できない人間が識別魔法を使って、無理矢理、その特性だけを読み取ろうとした結果だからね。
そこに拘っていない部分もある。
だから、わたしの識別結果は、製作者の個人名がほとんど記されることが無いのだろう。
但し、九十九が作った料理や薬品については除かれるようだ。
あれはあれで不思議な話である。
「それ以外では、『神御衣』、『神帯』、『神表衣』と『神袿』、『神衣』、『神足絆』では文章の表現方法も少し違いますね」
「へ?」
文章の表現方法?
「文章の癖というか、いえ、『神御衣』、『神帯』、『神表衣』の文章を考えた方は、『神袿』、『神衣』、『神足絆』の文章を考えた方よりも高位の方だとお見受けしました」
「ああ、確かにちょっと偉そうな文章ではあるね」
特に「纏うことを許す」って表現はかなり偉い人っぽい。
「はい。まるで、神や中級以上の精霊族が書くような表現です」
ほぎょっ!?
こんな文章からそんなことまで分かるの?
「でも、日本語表記だよ?」
そして、わたしが識別した文章表記とも違う。
「精霊族は自分たちの文字を使いますが、神は伝えたいことがある時は、その種族に伝わりやすい文字を見せると言われています。尤も、彼の神のようにわざと読みにくい文字を選ぶ神もいますが、それは例外ですね」
前半はともかく、後半は創造神さまの話らしい。
でも、これで分かった。
あの分かりにくい文字表記になった時は、神さまが伝えようとしているってことだ。
でも、なんで?
ますます、謎が増えたことはよく分かった。
「他に気になる点は、名称でしょうか」
「名称……、名前? 間違っているってこと?」
「間違いと言うか……」
恭哉兄ちゃんは少し言い淀んで……。
「それらを製作した時に、私は特に名前をつけた覚えはありません。ですが、これらの名称が付く心当たりがある点が気になりました」
「ぬ?」
やはり、わたしの識別魔法において名称の基準が分からない。
でも、心当たりがある?
「『神御衣』、『神帯』、『神表衣』については、栞さんが儀式に臨むための装いとして、私が法糸を紡ぎ、織ったものを使って、作っています。そのために、『導き』という名称がつけられた……と、いう可能性はありますね」
「つまり、名称が間違っている可能性もあるんじゃないの?」
あの名称は、わたしの識別魔法の結果だ。
だから、100パーセント正しいとは言えない。
「そうですね。正式に名称を付けるなら、『栞さん専用神装』となるでしょうから」
「導きの神装で良いです」
自分の名前が付いた装備品なんて、恥ずかしすぎる!!
そう思うと同時に、有名なRPGやそれを元にした少年漫画では、「勇者の剣」などとその名前が付いていた剣や鎧なんかがあった気がするなとも思ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




