思った以上に手がかかっている?
「尤も、銀合金の素材と比率を知ったぐらいで簡単に模倣できるものではありません。特に、この三品については、神官としても、金属加工としても、かなりの技術と知識を要するものです」
恭哉兄ちゃんは先ほどわたしが渡した紙を見ながらもそう言った。
「……金属加工?」
なんだろう?
神官知識だけの話ではないということ?
「はっきり言ってしまえば、こちらの合金は自然界に存在しない加工物を素材として使用しています。純銀では柔らかく、傷付きやすいためにあまり防具には向きませんからね」
「純銀って柔らかいの?」
漫画やゲームでは結構、武器や防具として使われている素材だったと思うけど……、違うのかな?
青銅が鉄よりも柔らかいというのは、人間界の歴史上、青銅武器から鉄製武器に変わったことからも分かっているけど、まさか、それよりも柔らかいってことはないよね?
「純金ほどではありませんが、柔らかいですね。但し、少し手を加えるだけで、格段に硬度が上がるのは、人間界も同様だったと記憶しております」
金が柔らかいという話は聞いたことがある。
聖なる闘士の強さとは真逆?
よく分からないけれど、硬度とかは、人間界と変わらないってことかな?
つまり、漫画やゲームに登場するシルバー装備、ゴールド装備と言われている物は、実は純銀や純金ではなく合金?
「それでも、この世界の金属は、人間界の一般的な金属よりは硬いようです。この辺りは、地球との大気の違いが影響しているのだと思われます」
「大気の違い?」
酸化鉄とかの話?
鉱物に詳しくはないけれど、酸化鉄なら自然界に存在していたはずだ。
「はい。この世界のモノは全て、大気魔気の影響を受けます。ですから、自然による魔力付加のようなものだと考えてください。天然魔石と同じですね」
「ああ、なるほど」
天然魔石と言われたら納得できる。
天然魔石の中には、人間界と同じ天然石もあるのだ。
そのことは、九十九が金剛石などを持っていたことからも分かるだろう。
そして、この世界の天然魔石の中には魔力を帯びたものが多い。
この世界の大気には、窒素、酸素、水素、二酸化炭素に加えて、火、風、光、地、水、空の大気魔気という空気中に含まれる魔力が存在する。
大気中の成分が人間界とは違うと言うことなのだろう。
「つまり、神官には金属加工の技術がいるってこと?」
「いいえ。一般的な神官は、金属の知識を持っていても、加工まではしません。金属加工は魔法や法力を使っても時間はかかりますからね。そんなに余裕のある神官は、少なくとも正神官以上にはいないことでしょう」
「ぬ?」
それでは、多忙な大神官さまはどうしたのだろうか?
「私には、金属加工が得意な友人がいまして……」
「ぬ?」
恭哉兄ちゃんの友人?
それって……。
「その方がこの国に来た時に、精霊の手助けをされつつ、素材の準備をしてくださいました」
「やっぱり、楓夜兄ちゃんのこと!?」
「はい。クレスノダール王子殿下ですね」
まさか、そんな人まで巻き込んでいるとは思わなかった。
楓夜兄ちゃん……、ジギタリスの第二王子であるクレスノダール王子は、自分で作った装飾品を売りに出せるほどの金属加工の技術を持っている。
「い、いつの間に……?」
楓夜兄ちゃんはこのストレリチアではなく、大陸すら違うジギタリスにいるはずなのに。
「銀合金については、栞さんたちがカルセオラリアに向かった後ですね。栞さんの御力になれるならと快く引き受けてくださいましたよ」
それがまさか、コスプレ衣装として九十九に手渡されるとは、楓夜兄ちゃんも、恐らくは、恭哉兄ちゃんも思ってもいなかったことだろう。
そこまでした服だというのに、なんで、ワカは素直に渡さなかったのか?
いや、なんで、わざわざ、あんなデザインにしちゃったのか?
あれだけ凄い効果を施された服だったのだ。
それならば、普通の軽鎧セットにして、常日頃から身に着けることができるようにしても良かったと思う。
しかも、ズボンに変な効果まで付けてるとか、冗談にしても笑えない。
確かに、あのコスプレ衣装を着せられた時点では、九十九はまだ一度目の「発情期」すら発症していなかった。
最初の発情期は、それからし暫くしてからだったと思う。
それを押さえる目的だったとしても、割と余計で巨大なお世話だと言わざるを得ない。
そして、わたしが識別魔法を使ってその効果が分かった時、九十九のその心中はいかばかりかだろうか?
女のわたしには想像することしかできない。
「その銀合金をさらに、加工した後、私が守護の神ノシュケルテプ様に祈りを捧げ、加護を賜りました」
さらに恭哉兄ちゃんは先を続ける。
「神の加護って、簡単には賜れないよね?」
しかも、一時的ではなく永続的なものとするならば、かなり大変だと思う。
だが、あのコスプレ衣装の軽鎧三点セットの名前に「守護の神の加護」という言葉が入っている以上、永続的なモノだと思っている。
そんなものを神官が祈ったぐらいで簡単に神から貰えるものならば、どの国でも神官の地位はもっと高いことだろう。
それが容易ではないし、そんなことができることを公表していないから、神官たちの扱いは軽いままだ。
それに、あまり簡単にできてしまうと、世界が神々の加護で満ち溢れてしまって、いろいろなバランスも崩れてしまうことだろう。
「そうですね。祈りを捧げる目的とその対象の神。そして、祈る神官の主神とその神官自身の力量。さらにはその捧げ物によって大きくその加護は左右されてしまいます」
祈りを捧げる目的は、その防具に守護の神の加護を賜りたいってことだから、特に問題はないと思う。
防御力を上げたいってことだからね。
あるいは、防具そのものが壊れにくくする意図もあるかもしれない。
恭哉兄ちゃんの主神である恩恵の女神セレブは、人当たりの良い神であるため、そこまで相性の悪い神はいない。
そして、神官自身の力量は……、ああ、うん。
この方で駄目なら、誰が祈っても同じだろうってぐらいである。
目的は、軽鎧だからその身を護る以外の目的があるはずもない。
「捧げ物って?」
「お酒が嫌いな神はいません」
「おおう」
いや、一人ぐらい下戸の神さまがいても良いとは思っている。
でも、いないらしい。
神さまにとって、酒精の入った液体は、命の水らしいから。
「九十九さんから、カルセオラリアに向かう前に分けていただいたお酒を神にお渡ししました」
「……お裾分けのお裾分け?」
それって良いのだろうか?
「いいえ。瓶ごとかなりの量を頂いたので、その内、未開封だったものを三本、捧げました」
カルセオラリアに行く前の九十九って……、まだ17歳じゃなかったっけ?
いや、この世界では飲酒の年齢制限ないし、15歳で成人の世界だって分かっていても、少し混乱してしまう。
「そして、このお酒を作ってくださった青年にお渡しするためにと祈りました。加護を賜ったのならば、守護の神はそのお酒をお気に召したのでしょうね」
これは、神さまが気に入るようなお酒を作ることができるあの護衛青年を褒めるべきなのだろうか?
「つまり、私だけの力ではないのです」
「それは理解したけれど……」
思ったよりも、関わらされた人が多い。
それらを、本当に単なるコスプレ衣装だと片付けて、仕舞い込んだままで良いのだろうか?
いや、でも、九十九がアレを身に着けたままというのもいろいろと良くない気がする。
わたしがトキメキ過ぎる。
最愛の服装は心臓に悪い。
特に、九十九はあの格好が似合うから困るのだ。
「恭哉兄ちゃんは良いの? 王女が権力を駆使して、他の友人に高級品をプレゼントってことだよね?」
あえて、「ワカ」とも「好きな人」とも言わなかった。
「はい」
だが、恭哉兄ちゃんは迷いなく答える。
どうして、平気なんだろう?
あのコスプレ衣装にどれだけのお金と、人の手どころか神の手までかかっているのかを知ってしまった。
それだけの物を……。
「私もクレスノダール王子殿下も、姫の企みに便乗することができましたからね」
「……はい?」
びんじょう? 便乗。
相乗りとか、機会の利用とかそういうやつだよね?
「栞さんと雄也さんに直接御礼をする機会は多いのですが、意外と九十九さんに直接御礼をする機会はないのです」
「そうだっけ?」
「自分がしたことを当然のこととして、受け取ってくださらない方なので」
考えてみる。
うん、わたしも「礼を言うな」とかよく言われていた。
何をするでも「当然のことだ」と返されていた気がする。
最近はそうでもないけど。
「つまり、姫だけでなく、私の都合でもあります。お気になさらないでください」
「うん。恭哉兄ちゃんが気にしないなら良いよ」
単純に、わたしが余計なことを考えただけだから。
それだけ、ワカがいろいろなツテを利用するほど、九十九のことを護りたいって思ったことが、少しだけ気にかかっただけだから。
今回の補足。
金属の耐久に関してどれを基準にするかで異なります。
ビッカース硬さ(押し込みの硬さ)的には純金>純銀>>純銅>純鉄
モース硬度(引っ掻いた時に傷付きやすい硬さ)的には純金=純銀>純銅>純鉄
「銅」部分が「青銅」ではないのは、青銅自体が銅と錫の合金(比率次第で数値が変動する)であるためです。
今回、大神官が述べているのは、防具としての感覚なので、ビッカース硬さを採用しております。
耐久値、劣化速度を言い出せば、きりがなくなる鉱物の不思議。
こんな所までお読みいただき、ありがとうございました




