単独犯行?
「これは……」
恭哉兄ちゃんはじっくりとわたしが渡した紙を見ている。
「九十九がワカから貰った服の特徴と効果……だと思う」
はっきりと言い切れないのは、それが本当のモノであるかが分からないからだ。
わたしが「識別魔法」を使って識別したものを、九十九が書き留め、さらに不必要な部分を削っている。
「これらの素材が使われているならば、間違いなく激しい衝撃を和らげるでしょうね。魔法と法力、物理などの攻撃に抵抗する力も当然備わっていると思われます」
「ぬ?」
あれ?
恭哉兄ちゃんはこの服に使われている素材までは知らなかった?
その時点で、あの服は、恭哉兄ちゃんが作ったものではないということは分かった。
そうなると、ワカの単独犯行?
でも、神官でもないワカが法力耐性、神力耐性をどうやって付けた?
「但し、私はこれらの素材だけで神力耐性が僅かながら付くのは存じませんでした」
なんと!?
恭哉兄ちゃんも知らない事実?
「それ以外では、防護服下衣のこの鎮静効果でしょうか。いえ、スイルフの特性を考えれば納得できるのですが、わざわざその効果を下衣のみに付加しているが少々、気になる点ですね」
恭哉兄ちゃんは難しい顔のまま、そう呟く。
「鎮静効果って、心を落ち着かせる効果だよね?」
そう言えば、それを読んでいた時の九十九もちょっと様子が変だった気がする。
「そうですね。ですから、外套や頭部の装飾品によく付加される効果です。もしくは、寝具ですね」
外套なら、全身の保護ができる。
頭部なら、真っ先に頭を落ち着かせるためだとは思うけど……。
「寝具に鎮静……? 落ち着かせる効果があるなら、安眠できるから?」
「スイルフの毛を使って寝具を作る時は、それを願うことが多いようです」
なるほど。
落ち着いた眠りを願うのか。
ちょっと心惹かれるものがある。
でも、九十九の反応からすれば、高級品のような気がするから、簡単には手に入らないのだろう。
それらは分かったのけど……。
「ワカはなんで、ズボンの素材にそんな効果を付けたのかな? 恭哉兄ちゃんは分かる?」
わたしのそんな問いかけに……。
「姫が九十九さんに落ち着いて欲しいと願ったのではないでしょうか?」
まるで、わたしが問いかけることが分かっていたかのような即答だった。
「九十九って、結構、落ち着いていると思うけど……?」
あ、いや、ワカが関わると、少しだけキレやすくなっているか。
そのせい?
確かに、いつもの冷静な九十九が吹っ飛んでいる気がする。
「その服をお渡ししたのは、九十九さんが『発情期』を発症する前だったと記憶しております」
「ほげ?」
何故、ここで「発情期」の話?
最初にその症状が出たのって、確かこの国だったから……?
「ところで、栞さん」
「はい?」
「九十九さんの『発情期』の症状は、落ち着きましたか?」
「ふえっ!?」
いきなり、そんなことを聞かれても困る。
わたしは明確な答えを持ち合わせているわけではないし、何より、そのことは九十九自身だってよく覚えていないとかで……?
あれ?
ちょっと待って?
落ち着く?
え?
大神官という立場にある方が、こんな時に何の前触れもなく、脈絡もない話を持ちだすはずがない。
つまり、ワカが落ち着かせたかったのは……?
「きょ、恭哉兄ちゃん?」
「はい」
「あなたは、この衣装の素材と効果を知っていましたか?」
急速にいろいろなものが繋がっていく感覚。
「姫が、あの頃、気分が沈みがちだった九十九さんに気分が向上するようなプレゼントをしたいということで、これらの意匠を見せていただいた後、神官服を作成する施設や販売所を紹介したことは認めます」
「つまり、素材の選択については関与していない……と?」
「そうですね。それらの防護服に関しては、私は関わっておりません」
つまり、ワカの単独犯行ってことか。
あの王女殿下って、実は、九十九のことがかなり好きだよね?
彼を揶揄う時の気合の入り方が、わたし以上に手を尽くしている。
まあ、それは昔からのことだし、この方の前でわざわざそのことを口にする気はない。
だけど、言いたい。
「えっと、考えすぎかもしれないけど、割と、これって男の人にとっては酷い悪戯になるんじゃない?」
本当にそんな意図があったかは分からないけど、効果を知った後では、そうとしかとれない。
「受け取り方次第だと思います。相手から悪意があると自分が感じればそう取れますし逆に、善意だと感じれば、そう取れることでしょう」
いかにも神官らしい言葉ではあるが……。
「それでは、九十九ならばどう受け取ると思う?」
わたしよりも、同性の恭哉兄ちゃんの方が、明確な答えを出せるだろう。
「それに気付いた瞬間、叫ばれるぐらい相手からの悪意を覚えることでしょうね」
あの時の九十九は叫ばなかった。
だが、体内魔気は激しく変化した。
つまり、かなり自制してくれたんだと思う。
「あと、恭哉兄ちゃんの先ほどの言葉から、防護服以外には関わっているってことで良い?」
「はい。こちらの栞さんが渡してくださった絵に描かれている胸甲、篭手、脛当てについては、私も関与しています」
「……だよね」
恭哉兄ちゃんが口にした三点セットには、守護の神の加護があった。
こればかりは、絶対に高位の神官の手を借りなければ無理な話だ。
人間が身に付ける物や身近な道具に、神の加護を賜るなんて、普通はできない。
「この銀装備三点セットに恭哉兄ちゃんが祈りを捧げたということ?」
「『聖女の卵』を護るために『絶対必要だ』と王族から言われてしまえば、大神官の身で断ることはできません」
おおう。
大神官は王族の命令を聞き入れる義務はない。
だが、王族や貴人の頼みを聞くことはある。
要人の警護のために特定の場所に結界を張るのもその一つだ。
そして、「聖女の卵」はこの国にとって、一応、要人である。
そこに付け込んだわけだ。
「そちらの方の分析結果もありますか?」
恭哉兄ちゃんも気になったのだろう。
わたしに確認してきた。
「あるよ」
そう言って、準備していたもう一枚の紙を差し出す。
【守護の神の加護を受けた銀合金製胸甲】
胸部を護る鎧。
法力耐性、神力耐性、極小。物理耐性、魔法耐性、中。
【守護の神の加護を受けた銀合金製篭手】
上腕部から手の甲を護る鎧。
法力耐性、神力耐性、極小。物理耐性、魔法耐性、中。敏捷性の強化。
【守護の神の加護を受けた銀合金製脛当て】
足の下部を護る鎧。
法力耐性、神力耐性、極小。物理耐性、魔法耐性、中。敏捷性の強化。
次に渡した紙にはこのように書かれている。
「守護の神の加護を賜っていることは分かっても、神の名前は分からなかったのですね」
それを見た恭哉兄ちゃんは暫くそれらを見た後に、そう口にした。
「そうみたいだね。もしくは、必要ないと判断した可能性もあるかな」
一般的に神々の名前は広く知られていない。
そこに拘るのは、目の前にいる人のような、神官職にいるような方々ぐらいだ。
「因みに、それらについて、恭哉兄ちゃんの見解を聞きたいのだけど……」
「そうですね」
恭哉兄ちゃんは少し考えて……。
「分析結果については、素材の配分について書かれていない点が気になりますが、これらの効果については想定していたものと一致します」
「素材の配分?」
なんじゃそりゃ?
「この場合は、銀合金の比率と素材ですね。銀合金にもいろいろな種類がありますので」
「へ~」
合金って、確か、溶かして合わせたものだっけ?
金属について詳しくないからよく分からない。
「その素材とその比率が分かってしまうと、これらを模倣できる可能があります」
「もしかして、この三点セットに使われていた比率、素材は極秘だったりする?」
「はい」
危なかった。
「えっと、万一、それを知っちゃうと?」
「それ以降の処置については、栞さんのご想像にお任せします」
恭哉兄ちゃんは分かりやすく微笑んでくれた、
「うわあ……」
だからこそ、この時点で、これ以上問うなと言われたのは分かった。
これ以上、深入りしても良いことなどない。
わたしは素直にそう思ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




