神力と歌の関係?
「様々な検証の結果、栞さんは、発する言葉にかなりの神力が籠るようです」
改めてわたしの対面に座り、涼しい顔でそう告げる美貌の御仁。
「さ、様々な検証って……?」
大神官さまに抱き締められた状態で、聖歌や歌謡曲を歌っただけですが?
その二回だけで様々な検証って、少なすぎるのではないだろうか?
「まず、神力を込めた状態で、栞さんを包み込んでも無反応でした」
「ほげ?」
「神力を身体から放出する。全身に神力を纏っている。神力を元に肉体強化している。そんな特性を持つ人間ならば、この時点で何らかの反応があります」
えっと……、それは、抱き締められた時の話でしょうか?
何かに包まれている気がしたのは、気のせいではなかったということ?
もしかしなくても、あれが神力だった?
「次に、聖歌を歌っていただきましたが、その時は、はっきりと栞さんの中にある神力が動く気配がしました」
「……そうですよね」
自分は神力というものがよく分からない。
だけど、それがあるらしいということは知っている。
そして、歌うことによって使うことができるのも。
「但し、不思議なことに、聖歌よりも、その後に歌った歌謡曲の方が、神力の動きが激しいように感じました」
「え?」
今、不思議なことを言われたような気がする。
具体的には、これまでのいろいろな考え方とか常識をふっ飛ばすようなことを言われたような?
歌謡曲というよりアニメ映画の歌というイメージの方が強いあの歌が、聖歌よりも神力の動きが激しくなる?
「栞さんは神女ではありません。そのために、神に近付こうと魂を精錬させる聖歌よりも、感情を込めやすい歌の方が、神力を行使しやすいようです」
「ああ、なるほど」
聖歌は嫌いじゃない。
だけど、なんとなく、その歌詞の言い回しとかが難しいし、どうしたって神が主となるために、神女ではないわたしは感情移入をしにくい。
だけど、歌謡曲はそうではない。
近年の流行歌はちょっと語感の良い文章を繋ぎ合わせただけで前後の意味が繋がらない歌詞が多くなっていたけど、母世代の……、俗に言う「昭和の歌」と呼ばれる歌謡曲などは、歌詞を見ただけでその情景が思い浮かぶものも少なくないのだ。
「要は感情を込めて歌うと、神力が激しく動く、と?」
「そうなりますね。それも予想していた以上の動きでした」
「あの港町ではどうでしたか?」
大神官さまはわたしが港町で歌姫をやったことを知っている。
その背後で演奏していたのだから知らないはずがない。
「ここまでの動きはなかったと記憶しております」
つまり、そこそこはあったらしい。
「この場所も、神扉が開きやすい場所なので、恐らくはその影響もあるでしょうね」
ここは、法力国家ストレリチアの城内にある大聖堂と呼ばれる場所だ。
しかも、法力所持者も神力所持者も犇めくような領域。
うむ、神力が刺激されることはよく分かった。
「そして、栞さんは神子の素養が高いことも一因でしょう」
「……と、言いますと?」
「血筋からも、魂からも、神に強く縁付いているようです」
そんな二つの単語だけで察することができてしまうのが嫌だ。
血筋はアレですよね?
風の大陸の王族の血ってやつ。
大陸神の加護が強いと聞いている。
そして、魂と言うのは祖神の影響とかそんな方向性のものだ。
わたしは「祖神変化」と呼ばれるものを引き起こしてしまうほど、祖神の影響を強く受けている……らしい。
自覚はない。
その「祖神変化」をした記憶がないから、仕方がないだろう。
「栞さんは父親だけではなく、母親からの素養があります」
「そうだった!?」
中心国の王族の血ってだけじゃなかった。
母親の方が創造神に魅入られた魂とかいうもので、その影響で、わたしにも創造神の加護がちょっぴりあることからもそれが分かっている。
だから、創造神の彫像について相談する必要があったのだ。
「そのために肉体が、普通の人間よりも頑強で、神の意識をその身に降ろしても堪えられるほどです」
「うわあ……」
そして、それは「神降ろし」の話ですね。
しかし、「頑丈」ではなく「頑強」とか。
意味合い的にはそんなに大差はないはずだけど、より強調されているような気分になるのは、あまり耳慣れない熟語だからだろうか?
「そして、その魂は生まれる前から分魂を受け、さらに、その左手首にも神の意識を宿しています」
分魂の方は仕方ない。
今更の話だし、生まれる前のことだ。
だけど、「神のご執心」の方もわたしの魂に影響しているのか。
「そのために、神力を使った直後は、神力所持者は接触だけでもその力が一時的に強化、増幅されるようです」
「……はい?」
今、聞き捨てならない言葉を耳にしたような気が?
えっと……?
わたしが触れるだけで神力が強化される?
「これについては、歌った後、栞さんの方から触れられたために分かったことですね」
「あの張り付いた時……ですか?」
大神官さまの瞳の色が変化したのを隠されたのが嫌で、わたしはこの方に張り付いてしまった。
「そうです」
顔色も変えずに答える美貌の御仁は……。
「今、心底叫びたい」
「そこは耐えてください」
さらに、わたしの言葉に対して冷静に突っ込む。
「つまり、わたしは、金輪際、人前で歌うなということでしょうか?」
もう、いろいろなものを諦めて、素直に歌を禁止しておいた方がよいのではないだろうか?
「いいえ。法力と違って、神力については、それを視ることができる神眼所持者や、感じられる神応者ではない限り、気付くことはないでしょう」
「それって、うっかりそんな人の前で歌ってしまったりとかしてバレてしまうのがお約束ってやつですよね?」
「万一、神力を持つことが露見したとしても、神力を持たない人間の興味を引くことはないと思います。それを利用して誰の目にも映る奇跡を起こすことができるわけでもないですからね」
普通ならそうだろう。
だが、それをやらかしてしまったのが、過去のわたしではないでしょうか?
わたし自身は覚えていないのだけど、このストレリチアで「神降ろし」をしたために、多くの人々の目に触れた。
だから「聖女の卵」となるしかなかったわけだし。
「情報国家の国王陛下のように好奇心が強すぎる人間の興味を引くことはありませんか?」
「あの方は別方向からも栞さんに興味、関心があるようですので、特に問題はないでしょう」
問題しかない。
そして、否定もなかった。
「どちらにしても、歌いたい貴女を止めることなど、神にもできません」
「ふ?」
「ですから、貴女の御心のままに歌ってください。後のことは、頼りになる護衛たちに任せれば良いでしょう」
それは分かる。
これまでにも、わたしがやらかしても、その尻拭いを有能な護衛兄弟ならばちゃんとしっかりしてくれているから。
でも……。
「それは、いくら何でも、他力本願過ぎる考えかと存じます」
わたしはそれに対して素直に頷きたくはなかった。
確かに、彼らには何度も迷惑をかけているし、わたしの行動によって死んでもおかしくないような目に遭わせたことすらある。
それでも、始めからあの兄弟がわたしのために動いてくれることを期待した考え方は、絶対に違うと思うのだ。
「そうですか? 美しい栞さんに頼られることは、あの御二方も嬉しくないとは思いませんが……」
「ほぎょっ!?」
この美貌の聖職者は自覚なく、涼しい顔で口説き文句のようなことを言い出したぞ?
何より、「美しい」……って、「美しい」って誰のことでしょうか!?
ご自分の顔のことですよね?
「私なら嬉しいですから」
ぐぬぬぬ。
ワカはいつも、こんな口撃に耐えているのか。
だが、負けない!!
「あなたには、十分、頼らせていただいております、大神官さま」
顔の赤みを誤魔化しながら、そう言うのが精いっぱいだった。
いや、頼りすぎて申し訳ないのは本当のことだ。
「だから、改めて、これからもよろしくお願いします、大神官さま」
わたしがそう一礼すると……。
「迷える神子の道を照らし、その歩みの手助けをする役目を仰せつかった者として、これからも及ばずながら力添えいたしましょう」
大神官さまは、恭しい口調でそう答えてくれたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




