【第11章― 旅は道連れ、世は情け ―】姿が見えぬ敵
ここから第11章となります。
セントポーリア城下から逃げるように旅立ってから十数日。
わたしたちは思わぬ状況に直面していた。
周囲に広がる森。
そこに溶け込むように存在する何者かがわたしたちを囲んでいるらしい。
その相手が敵かどうかは分からないけれど、九十九が警戒を強めている辺り、味方ではないだろう。
「少年……、私は少し下がっていて良いか?」
水尾先輩が両腕を組んでいた。
その顔は心なしか少し青ざめて見える。
もしかしたら、何かを思い出しているのかもしれない。
「構いません」
九十九はあっさりと返事した。
い、いや、さっき、九十九は震えてなかったっけ?
助けを借りなくて本当に大丈夫?
「相手は……、兵?」
いろいろな言葉を飲み込んで、それだけを確認する。
「いや、多分違う。こんな露骨な挑発をしては奇襲が成り立たない。ヤツらの目的は対象の捕獲のはずだからな」
そう言いながら、九十九は周囲をさりげなく見回している。
「しかし、相手の出方が分からんことには、この場所に釘付けにされるだけだな。少なくとも明日までにはグロッティ村に着きたいところなんだが」
「迂回は?」
「しっかり囲まれてるから無理だ。オレが感知できるだけでも前方に三人、左右にそれぞれ四人、後方には十人ってところか」
「……ってことは、既に退路も断たれてるのか……。困ったね」
後方に人が多い辺り、逃してくれる気はないってことのような気がする。
「転移で目標物を囲む手段は割と珍しくはないらしいぞ」
「わたしが言いたいのはそこじゃない。どうするの?」
「とりあえず進んでみるか。水尾さんは高田と付いてきてくれますか?」
「分かった」
そんな会話の後、九十九が進みだした。
これ以上、彼に抗議しても仕方ないので、わたしも水尾先輩と前に進む。
しかし、数歩進んだところで、九十九の目の前からぼんっと破裂音がした。
「つ、九十九!?」
「ただの威嚇だ。当たってねえ」
そう言って、九十九は前方を見る。
「やっぱり穏やかに進ませる気はないみたいだな」
攻撃された九十九は顔を顰めながら言う。
「警告もなしにいきなり魔法……、これは手段として的確なのか?」
水尾先輩も眉間にシワを寄せていた。
「かなり乱暴なやり方だと思います。近くに住む一般的な人間だったら大惨事になりかねない可能性もあるでしょうね」
「そうか……」
九十九の言葉に水尾先輩がなんとも言えない顔をする。
「でも、これで兵じゃないことは分かりました。奇襲なら気配を消すし、気配を消し損ねているだけなら、的を狙うでしょう」
「当てられてたらやばいんじゃないのか?」
「アレぐらいならオレだって魔気で弾けますよ。オレの『魔気の護り』が働かなかったのは、狙われなかったからです」
少しムッとしながら九十九はそう言った。
「……そうか。あれぐらいなら少年は自動防御できるのか」
「まあ、挑発された以上、ご期待には応えさせていただきますけど」
そう言って、九十九は不敵に笑って前を向く。
「何者か知りませんが、何か用ですか?」
口調は丁寧。
でも、少し表情がきつい。
何より、彼はもう震えてはいなかった。
『お前たちはセントポーリアの関係者か?』
返答があった。
だが、九十九の問いに答えるわけでもなく、くぐもった声で別の問いかけをされる。
「国民である以上、無関係ではないですね。何よりもここはまだセントポーリア領内ですが」
『ならば去れ。今なら無傷で帰す』
「お断りします。自分たちはこの先に用があるので」
『ならば、力尽くという形で排除することになるが、よろしいか?』
「……二択だってどうする?」
九十九が振り返る。
「少年に任せる」
「九十九に任せた」
どうするも何も選択肢なんてない。
水尾先輩の言葉にわたしは続いた。
「オッケー」
九十九はニヤリと笑う。
「そんなわけで多少、乱暴なことになっても先に進みたいので、進ませていただきます」
そう言って、九十九は無遠慮に前に足を出した。
その瞬間、少しの風が吹いたかと思うと九十九の周囲の空気が弾ける。
「思ったより強いのがきたな」
「本当に弾くんだな」
「まだ威力偵察みたいだからでしょうね……。と、次は生き物か……。珍しい、召喚魔法の使い手がいるな」
九十九の言葉が言い終わらないうちに、木々の間から凄い速さで何か黒いものたちが接近したのが分かる。
まるで、バッティングセンターのスピードボールのような勢いだった。
しかし、それらを見えない何かで叩き落としていく。
わたしの目には見えないけど、何かの魔法を使っているのかもしれない。
「蝙蝠?」
足元に落とされ、動かなくなったそれを見たところ、人間界の動物でいうコウモリに良く似ていた。細い腕を広げ、そこに皮膚のような羽がついている。
だけど、明らかに違うのはその手にも足にも不思議な色をした針のようなものが何本も付いていることだろう。
「魔獣の召喚……か。見たことがある。コイツらは人間界のコウモリに似ているが、この針のような爪に神経性の毒が仕込まれている」
「毒ですか!?」
普通に人間界で生活しているならば日常生活に出てくるはずの無い言葉が混ざっていた。
水尾先輩は良く知っていると感心する一方で、これってこんなにいっぱいいたら、まずいのではないかという危機感もある。
だから、わたしは九十九に向かって叫んだ。
「九十九! 毒だって!! その小さい生き物の爪! 気をつけて!!」
「毒かよ……」
わたしの言葉に反応したのか、そのコウモリっぽい生き物たちは一斉に九十九に向かっていく。
九十九が小さく息を吐いた。
「じゃあ、早めに片付けないとまずいか。あまり目立ちたくないし、疲れるんだよな、これ」
九十九がそう言って拳を握ったかと思うと、森の中で激しい突風が吹く。
目に見えるほどの大きな木たちの揺れ。
耳に届くほどの轟音。
「うわっ!?」
その激しさに思わず目をつぶる。
しかし、その風の強さの割に、わたしのところに前髪を揺らす程度の風も来なかった。
その代わりに、耳をつんざくような高い音で鳴く大量の小動物たちと、数人の人間が舞い上がり宙に浮くのを目にする。
竜巻のような風に巻き込まれたその様は、なんとなく洗濯機を見ているようだと思ってしまった。
「ちっ。やっぱり全員は無理だったか」
九十九は舌打ちをした。
「もっと威力をあげて周囲を完全に吹っ飛ばした方が楽だったんじゃないのか?」
水尾先輩は平然と九十九に向かって言う。
「『魔気の護り』を期待できない人間がこの場にいますから」
それって……わたしのことだよね?
「結界を張ったのにか」
「魔法を使いながらの完全な結界維持はまだ自信が無いので」
そんな水尾先輩と九十九による淡々とした会話の後、それなりに重量のある大きな物がいくつも落ちる気配がした。
『貴様……』
その中の一人、九十九に一番近かった人がよろよろと立ち上がる。
わたしが知っているようなセントポーリアの服装ではないその人は、顔を覆い、その表情は分からないけれど怒っているのだけは良く分かった。
「動くな。その様子だと、さっきの召喚獣たちが持っていた毒ってやつにやられただろ。あれだけの魔獣と同じ旋風に巻き込まれたんだ。完全回避は無理だろうな」
『黙れ!!』
「それでもやる気なら、仕方ねえな。先に言っておくけど、あんたたちが売った喧嘩だからな。オレは買っただけだ」
その言葉とともに、九十九の姿が完全にその場から消えてしまった。
そして、その直後に響く不穏な音と声。
さらに、上から落ちてくる複数の何か。
そのあまりにも速い動きに、九十九に向かって言葉を放とうとしていた相手が声を失ってしまった。
そして、わたしも呆然とするしかない。
自分が見えていないところで何が起きているのか良く分からないのだ。
分かるのは九十九が移動魔法を使って移動を繰り返していたということぐらいだろうか。
これは、わたしの誕生日の再現……?
いや、数はそれよりずっと多い。
だけど、再び同じ位置に現れた九十九は、どこかすっきりしない顔だった。
「これだけの人数を統率している人間が絶対いるはずなんだが……、その頭の気配が掴めない」
『ええ、気配を消してますから』
九十九の言葉に応えるようにどこからか声が聞こえた。
その瞬間、九十九はその場を飛び去る。
『まだ若いのに、その判断力と行動力はなかなかのもの。でも、それでは大事な人を護るにはほんの少し届きませんね』
「しまっ……!!」
九十九が離れた場所。
その近くには……、わたしがいた。
九十九が手を伸ばすのが視界の端に見えたが、それより早くどこからか現れた赤い手袋だけが目の前を塞ごうと近付く。
それが分かっていたのに、わたしは……、何故か身体を動かすことができなかった。
―――― そして……、その手袋は……、宙を切ったのだった。
次話でなんと200話目です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。




