城下の森で歌ったら……?
「彼の神の話はまだ続けますか?」
「いや、もう十分です」
これ以上、余計なことを聞かない方が良い気がした。
尊敬の念を持っていたわけではないが、創造神は、仮にもこの世界を創ったという神さまなのだ。
それなのに、大神官さまから話を聞けば聞くほど、その評価が下がってしまう気がする。
それすらも、恭哉兄ちゃんの手の内なのかもしれないけどね。
創造神に興味を持たなければ、わたしは近付くこともないだろう。
そして、彼の神はわたしの祖神である導きの女神の怒りに触れて、長時間耐久説教コースになったことから、恐らくは、わたしに必要以上に関わってくる機会は減るらしいし。
いや、実際、本当にそんなお説教になったのかは分からないけれど、なんとなく、あの神さまは、真面目な神さまが怒っている時に、うっかり余計なことを口にして、火に油を注ぐタイプな気がするんだよね。
「それでは、それ以外ではどんな話題をお望みでしょうか?」
大神官さまは穏やかな笑みを見せる。
だから、わたしは少しだけ考えて……。
「わたしの歌について、少々、確認したいことがあります」
「また何かありましたか?」
それだけで何かあったことが分かるというのもどうなのか?
いや、それだけ、わたしの歌に何かしらの効果があるってことなんだろうけど。
「セントポーリア城下の森の中で歌ったら、森が光りました」
「セントポーリア城下の森……? ああ、セントポーリアには城の下に、聖霊界に繋がりやすい森がありましたね」
なんですと?
「なんですと?」
ああ!?
思わず心の声と、口から出た声が一致してしまった。
だけど、この場合は仕方ないよね?
「方向感覚が狂うと言われている場所は、聖霊界に繋がりやすいのです。精霊が自分たちの領域を侵させないようにするために、人間の感覚を狂わせてしまうと言われていますが、真実は分かりません」
「せ、聖霊界に繋がりやすいって……」
その情報が初なんですけど……。
いや、考えてみれば納得な話でもある。
セントポーリア城下の森も、スカルウォーク大陸にあった迷いの森も精霊が多いらしいのだ。
人間の方向感覚を狂わせるのもそのためだと言われている。
「栞さんに分かりやすく言えば、そうですね。『神扉』が開きやすい地といえば分かりやすいでしょうか?」
「おおうっ!?」
聞き慣れた言葉が聞こえた気がする。
「セントポーリア城下の森や、スカルウォーク大陸中央部にある『迷いの森』と言われている場所、少し前に縁があった『音を聞く島』、それ以外では、このグランフィルト大陸の中央部にある生命の砂漠もそうですね」
それらは全て精霊がいると言われている場所だ。
実際、スカルウォーク大陸の迷いの森に関しては、長耳族の集落が隠れていたし、音を聞く島では精霊族の混血である狭間族と呼ばれる人たちが集まって暮らしていた。
このグランフィルト大陸の中央部にある「生命の砂漠」と呼ばれる場所は、謎に包まれたもう一人の「聖女の卵」、オーディナーシャさまの出身地とも言われている。
自分の出身について多くは語らない彼女は、ジギタリスの王子である楓夜兄ちゃん以上の精霊使いだ。
だから、その論にも信憑性はありそうだが、それが違うことは、わたしもワカもよく知っている。
それらは大気魔気が濃いところだから、精霊が多いかと思っていたけれど、聖霊界と人界を繋ぐ「神扉」が開きやすい地と聞けば、納得できるものがある。
先々代大神官さまは「神扉の番人」。
先代大神官さまは「神扉の守衛」。
そして、現大神官さまは「神扉の護り人」という異名を持っているが、自分の法力や神力で「神扉」と呼ばれる穴を繋ぐことができるだけで、この世界のあちこちにできる「神扉」の管理をしているわけではないらしい。
仮にそんなことができてしまったら、聖霊界に戻りたがっている精霊たちが、大量に雪崩れ込んでくることは間違いないだろう。
「ウォルダンテ大陸にもそんな場所はありますか?」
これから向かうところでもあるので、ちょっと気になる。
「ありますよ。他大陸でも有名なのはネメシアとオキザリスの間にまたがる『凍り付く高い山』と呼ばれる場所ですね」
「にあぷらふじるふ?」
この世界は本当に片仮名でできている。
いや、アルファベットのような文字ばかりの世界だから、当然なのだけど。
「凍り付く山という意味のある山岳地帯ですね」
「凍り付いた山ではなく?」
凍り付くってことは高い山ってことだよね?
イメージは写真でしか見たことはないけれどエベレストとか、K2が思い浮かんだ。
もしくは、昔、アニメで観た口笛が遠くまで聞こえそうなアルプス山脈?
山岳地帯ってことはこちらの方かな?
この世界でも高い山々は普通に寒いんだね。
「山は青々としているのですが、精霊の悪戯が多くて、人間や魔獣が凍った状態で発見されることがあると聞いております」
「入った人が文字通り凍り付いちゃうのか」
山が青々ってことは、つまりは緑が豊かなのだろう。
それなのに、凍り付いた人たちが発見されるとか、真夏のホラーでしかない。
「そんな『神扉』が開かれやすい場所で神力を持った栞さんが歌えば『神扉』が開くことは、あの『音を聞く島』でも立証されています」
「ああ、理由はよく分かりました」
つまり、あれは『神扉』が開いた結果だったということだ。
それは光る。
光るしかないね。
「栞さんの歌で、暗い森が光ったと言うことは、光の神に連なる精霊たちが反応したのでしょうね」
「風の大陸なのに?」
「あの場所には光属性の王族が縁付いているようですから」
……顔には出さない。
そんな気がしていたから。
封印の聖女時代に、光の大陸の王子殿下が立ち寄り、さらに近年では、光属性の王族が数年、棲んでいたのだ。
それが、風属性の王族より深く縁付くことになっても驚かない。
「あの森のミタマレイルの花が夜に光るのもそのためですか?」
「いいえ。夜間にミタマレイルの花が光るのは、あの霊草の特性ですね」
即答された。
でも、まあ、そんな気はしていた。
「セントポーリア城下の森に、ミタマレイルという霊草が生えていることは、大神官さまもご存じなのですね」
「霊草ですから」
そんな答えになっていないことを大神官さまは口にする。
「ミタマレイルは『風の大陸の神水の湧き出る地に生えている』と古き神記録にはあります。その記述に該当する地はそう多くありません」
「かみみず? かんきろく?」
「神水は、神代の時代より湧き出る水のことですね。神記録は、神が記したとされる古い記録のことです」
「そんなものがあるのですね」
かみみずは、もしかして、「神水」と表記されたあの湖の水のことかもしれない。
思わぬ所でそれが分かった。
そして、新たに登場した「神記録」という単語。
大神官さまが言うのが本当なら、本物の神話と言うことになるのだけど……。
「実際は、神が記したものではないようですが……」
まあ、そうだろう。
わざわざ神さまが人間のために記録を残してくれるとは思えない。
しかも、人間が読める文字で。
「『救いの神子』時代の風の大陸に住んでいた人間、特に当時の神官は、記録好きだったようなので、その時代の書物が多く残っているようです」
「救いの神子時代?」
あの封印の聖女の時代は約六千年前だったが、それよりももっと古い時代、万単位で昔のことだったはずだ。
地球の進化の歴史を学んだ身としては、不思議ではあるが、新人類と呼ばれるモノが誕生したのが二十万年ぐらい前だったから、人類がいること自体に驚きはない。
文字に関して言えば、地球の最初の文字とされていたメソポタミア文明の楔形文字は紀元前三千四百年だか、紀元前三千二百年ぐらいだったはずだ。
ああ、世界史の知識が中途半端で困る。
だけど、六千年前の地球には文字らしい文字は多分、ない。
それなのに、この世界はもっと昔に文字はあったらしい。
だが、この世界は創造神が創ったもの。
だから、惑星の歴史については、地球の人類進化論よりは、ギリシャ神話などの創造神話の方が近い。
勿論、人類が惑星誕生の数日後に現れたという大雑把な歴史ではないし、最初に誕生した人類の祖は現代人とは異なるらしいので、進化の過程も歴史の中にある。
それでも、いろいろな生物が進化してきたと言われている地球よりは、生物の進化や変化は少ないと思う。
「その記録は、『神子文字』でされているのでしょうか?」
雄也さんがそんなことを言っていた。
かの「救いの神子」と呼ばれる神子たち自身が書いた文書は「神子文字」と呼ばれる特殊な記号にも見える文字を使っており、それが、日本語そのものだったと。
さらには、風の神子ラシアレスさまが残した記録の中には、「棒グラフ」や「円グラフ」、「折れ線グラフ」など、その時代に、この世界にはないはずの図も多く描かれていたことまで、聞いている。
そんな衝撃的な事実に加え、それらの話を聞かされたのが、雄也さんに抱き締められている状態だったために、忘れることができない。
そう言えば、あの時も大聖堂の一室だったな。
「いいえ。神官の文字の方は、シルヴァーレン大陸言語でしたよ」
「神官の文字の方は?」
あからさまな誘いの言葉。
だが、それには乗るしかない。
先ほど大神官さまは、分かりやすく「救いの神子」時代と、年代を特定した。
つまり、神官の文字ではない方は……。
「風の神子ラシアレスさまが残した記録については、栞さんが考えている通り、神子文字を使われていました」
大神官さまは、また穏やかな笑みを浮かべながら、答えを突き付けてくれたのだった。
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