自己紹介ってどういうこと!?
「それならば、何故、創造神さまの彫像はわたしの前に現れたのでしょうか?」
そんなわたしの言葉に対して……。
「彼の神からの自己紹介でしょう」
あっさりと美貌の御仁はそう答えた。
「……はい?」
「もしくは、顔見せという方が近いかもしれませんね」
思った以上に、人間のような理由だった。
確かにモレナさまの言葉と違うものが欲しかったことは認める。
だけど、これなら、わたしの神力を増強させるとか、護衛たちに加護を与えると言われた方が、納得できてしまう。
それぐらい、意外過ぎる答えだったのだ。
それを口にした相手が、大神官さまでなければ、即、否定していたことだろう。
そもそも、神さまの自己紹介ってどういうこと!?
神官ではなくても、誰もが知っている創造神だよね?
「栞さんはまだ彼の神の姿をご存じなかったでしょう? だから、まず姿をお見せしてくださった後で、交流を謀り……、失礼、交流を計りたいのだと思われます」
なんだろう?
一瞬、不穏な言葉が聞こえた気がする。
「大神官さまは何故、そう思われたのでしょうか?」
「私は、四歳の時、彼の神の彫像を、そうと気付かずに磨きました」
「……おおう」
大聖堂の神々の彫像はかなり多い。
そして、その神々については何も教えられない状態で、聖堂に常勤できることが許される下神官が、毎日交替で綺麗に磨いているはずだ。
その磨いている時に気になったのが、祖神など自分に縁付いている神々である可能性が高く、正神官になる時に、主神として選ぶこともあると聞く。
つまり、恭哉兄ちゃんは四歳の時点で下神官だったということに他ならない。
「恐らくは、主神として選ばせられるところだったのでしょうね」
「選ばせられるって……」
だけど、恭哉兄ちゃんは選ばなかった。
恭哉兄ちゃんが主神として選んだのは恩恵の女神であるセレブ。
その容姿から、多分、ワカの祖神なのだろうと思う。
凄くよく似ているのだ。
そして、「封印の聖女」と言われたディアグツォープの友人である女性にも。
初めて話を聞いた時は単純に惚気かなと思っていた。
だが、いろいろなことを知った後、よく考えるといろいろおかしい部分がある。
「実際、主神を選ぶ時に、いらっしゃったのは見えたのですけどね。それでも、私は自分の女神を先に見つけてしまったので、申し訳ありませんが、彼の神を選ぶことは適いませんでした」
主神として選べるのはただ一神。
だから、その言葉自体は納得できるものではあるのだけど……。
「失礼ですが、大神官さまが『選定の儀』を行ったのはお幾つの時でしょうか?」
下神官が四歳。
そして、わたしの命名の儀を行ったのは、恐らく恭哉兄ちゃんは五歳から六歳ぐらいだと思う。
命名の儀を行えるのは正神官以上だ。
ワカの誕生日はわたしよりも少し早いけど、それでもまだ乳児期だとすれば、一体、恭哉兄ちゃんはいつから、その……?
「正神官になる時ですから五歳だったと記憶しています」
やっぱり、そうなるよね。
そうなると、乳児のワカを見て恩恵の女神セレブが気になったのか、それとも、ワカが成長するにつれて、主神に似てきたから心惹かれたのかとかいろいろ考えてしまう。
「栞さん」
「はい!!」
阿呆なことを考えていたためか、呼びかけに対する返事も大きくなる。
「私にも人並の感情はあります。外見だけで選ぶことはまずないので、ご安心ください」
大神官さまはわたしの心を読んだかのように困った顔で笑う。
確かにそうだ。
外見だけで人を好きになるわけではない。
それはわたしもよく分かっている。
「話はかなり逸れましたが、彼の神は目を掛けた人間がいると、まずは彫像で姿を印象付けした後、あらゆる物に変化して現れます」
「そうなると、創造神からは逃げられない?」
自分でそう言いながら、なんとなく、昔、読んだ少年漫画の大魔王の言葉が頭を過った。
その大魔王は勇者の仲間に向かって、大魔王からは逃げることができないと言うような台詞を言っていたのだ。
だが、大魔王と創造神……。
大魔王から逃げることができないのなら、そんな存在よりも上、原初の存在である創造神から逃げることができるはずもないのか。
「でも、筆記具や布団に変身しているってどうして、分かるのですか?」
「その物に触れたと意識した瞬間に、白い御羽を残して、消えます」
「迷惑な……」
わたしがそう言うと、大神官さまにしては珍しい顔をされた。
なんとなく、笑いをこらえるような顔っぽい。
そんなに変なことを言ったかな?
普通に考えても布団が消えたり、その部屋に一つしかない筆記具が手元から消えたら困らない?
しかも、証拠物件まで残して消えるとか……。
犯人が分かっても抗議のしようがなくて、恭哉兄ちゃん……、大神官さまが途方に暮れる図が目に浮かぶような気がした。
「その残った羽は収集物でもするのですか?」
神の御羽はそれだけで聖遺物だと聞いている。
その様子なら、かなり溜まっているのではないだろうか?
「いえ、残るのは一瞬だけです。その御羽を掴んだ瞬間、私が粉々にしようとする前には消えてしまいすね」
……粉々にしたいと思ったんですね。
忙しい時にやられたらそれはこの穏やかな御仁もご立腹だろう。
いや、見た目ほど穏やかな人ではないことも、もう知っているのだけど。
それでも、御羽なんて貴重な聖遺物を粉々にしようと考える人は神官ではこの人ぐらいではないだろうか?
もしかしたら、粉々にされる気配を察して、慌てて消しているとか?
「そのような理由から、栞さんのもとに彼の神が現れる可能性はあります。尤も、縁を繋いだだけで終わる可能性もありますが」
「もともと縁付いているのに?」
母が「創造神に魅入られた魂」ということで、わたしにもほんのり縁付いていることは聞いている。
だから、わざわざ縁を繋ぐ理由が分からない。
「血を介しての縁では少々弱いですから。尤も、彼の神はあまり人界には現れません。それに、導きの女神には強く出られない神でもありますので、心配されるほどではないかと」
「……導きの女神に弱い?」
それは知らなかった。
そんな話を聞いただけで、ちょっと可愛らしく思える。
いや、やっていることは全然、可愛くはないのだけど。
「導きの女神は他の神々により彼の神の介添えの任をされております。正しくは、導きの女神以外に彼の神の傍に侍ることはできないとされています」
「導きの女神って名神なのに、そんなに凄い方なのですか?」
創造神に次いで神の力が強いとされるのは、根源の三神で「大気」、「愛」、「生命」と呼ばれる神々だ。
……あれ?
ヴァル?
今、気付いたけど、セントポーリア城下にいた時、一時的に九十九の愛称を「ヴァル」としたけど、愛の神さまといっしょだね。
ちょっと不思議。
そして、その次が自然の七神。
世間一般では大陸神とも言われる七神でおなじみ「火」、「風」、「光」、「地」、「水」、「空」、「闇」。
ここまでが全て男女の別がない無性の神さまらしい。
その後に、初の女神である「運命」と初の男神「海」と続き、名神と呼ばれる神々となる。
「導きの女神は、確かに神としての力は名神の中でも強い方ではありませんが、彼の神の傍にいることができる数少ない神として、他の神々からも重んじられている神です。自由気ままな彼の神に意見できる神は、そう多くありませんから」
それって、他の神々から、自由奔放過ぎる神さまの世話役を押し付けられているだけのような気もする。
ちょっと気の毒になってきた。
でも、神さまの頂点に立つような存在にも意見できるというのはある意味凄いとも思う。
そんな神さまが、わたしの祖神なのか。
「ですから、まあ、今頃、彼の神は、その導きの女神に叱られていることでしょうね」
「……へ?」
今、何か、かなり人間臭い言葉を聞いたような気がする。
あれ?
神さまの話をしていたはずだよね?
だけど、なんとなく、日曜日の夕方に観る家族のほのぼの日常を描いた歴史ある国民的アニメの姉弟を思い出したのは何故だろうか?
「導きの女神は秩序を重んじる神です。『神扉の護り人』に試練と称して余計な手出しをすることぐらいならば見逃しても、人界の、それも自分の影響下にある人間に対して、不意打ちのような悪戯をされて笑って許してくださるような心の広い神ではないですね」
「えっと……?」
「ですから、栞さんはそこまで警戒しなくても大丈夫だと思いますよ」
にっこりと背後に擬態語が付きそうな笑みを浮かべる大神官さま。
それを見たわたしは、何故か、真っ白な世界で正座させられている創造神が、導きの女神によって長時間のお説教を食らう図が視えた気がしたのだった。
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