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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 友人関係変化編 ~

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1984/2805

時間は大丈夫?

「あれから、シンショクは進んでいないみたいですね」

「良かった~」


 わたしは胸を撫でおろす。


 大丈夫だと思っていても、恭哉兄ちゃんがこう言ってくれるこの瞬間までは、いつも安心できない。


 前回、恭哉兄ちゃんから診察を受けたのは、セントポーリア城下に行く前。


 忙しいのに、その合間を縫って、わたしの左腕を診察してくれたのだ。

 そして、今もわたしのために時間を取ってくれている。


 ちょっとワカに申し訳ないかな。


「セントポーリアではゆっくりできましたか?」

「ゆっくり……?」


 恭哉兄ちゃんからそう問われて、考え込む。


 ゆっくり?

 ゆっくりって何だっけ?


 初日から、城下の森で歌いながら歩いて森を光らせたり、感情を込めて歌えばミタマレイルの花をみっしり咲かせてしまったり、夜遅くに絵を描くことに集中してしまって九十九に怒られたりした。


 その時点で既に盛沢山である。


 さらに、キャッチボールしたり、ミタマレイルの花を毟ったら光が飛び出したり、書物館に行ったり、さらにはセントポーリア城に行ってからもいろいろあった。


 城では男装して事務仕事を手伝わされたり、シルヴァーレン大陸のために大気魔気の調整と称して、国王陛下との魔法勝負も何度かやっている。


 ああ、自分の魔法で熱を出して寝込んでしまったことについては、恭哉兄ちゃんにはあまり知られたくはないかもしれない。


「あまり、ゆっくりした記憶がないかも?」


 いや、いつもよりもゆっくりはできたのだと思う。

 本は読めたし、絵も描けた。


 それでも、やはり、この一か月半は濃かった。

 濃すぎた。


「保養のために、セントポーリアへ向かわれたのではなかったのですか?」

「う~ん。わたしはちょっとした休暇のつもりだったんだけど、いろいろあって……」


 セントポーリア城から帰った後も、落ち着かなかった。


 九十九から助言をもらって、「識別魔法」を使えるようになってからは、ひたすら「識別魔法」を使う日々でもあったのだ。


 その「識別魔法」によって、九十九やわたしが知らなかったことや、気にしていなかったけれど実は重要だったことが次々と発見された。


 さらに城下の森やミタマレイルの花、そして、あの湖についてもいろいろ知ることとなる。


 そして、九十九からそれらのお礼として、「一日限定恋人」なるものになってもらって、その日一日が本当に……。


「本当にいろいろあって……」


 あの日のことは本当に夢だったような気がする。


 だけど、間違いなく現実のあったこと。

 夢だと錯覚してしまうぐらい、幸せだったということなのだ。


 その全てはとてもじゃないけど、上手く言葉にできなくて困る。


 だが、そんなわたしに対して……。


「セントポーリアでは良い経験を積まれたようですね」

「え?」

「少し前にお会いした時よりも、()()()()()ように見えます」


 恭哉兄ちゃんが口元に笑みを浮かべる。


「そうかな? わたしはまだまだ迷ってばかりだよ」


 良いか悪いかで言えば、間違いなく良い経験ばかりだったのだろう。


 知らなかったことも知った。


 それでも、迷いが全て晴れたかと問われたら、全てとは言い切れない。


 残念ながら、まだちょっとだけ何かが足りない気がする。


「でも、そうだね。セントポーリアに行く前よりは、いろいろ、覚悟が決まった気はしている」

「覚悟……、ですか?」

「うん!」


 わたしは力強く返事をした。


「セントポーリアに行って、気分が前向きになったことは確かかな」


 迷いはある。

 不安もある。


 だけど、踏み出す勇気は十分得た。


 レベルアップだ!!

 間違いない。


「気分が向上したのなら、それは栞さんにとっても、良いことでしょう」


 恭哉兄ちゃんはまた微かに笑ってくれた。


「恭哉兄ちゃんは、時間、大丈夫?」

「今日は予定が入っていないので大丈夫ですよ」


 珍しい。

 大神官は基本的にご多忙なのに。


 ああ、でも、たまに纏まった時間は取れることもあるのか。


 そうでなければ、港町で楽器の演奏なんかできるはずもない。


 いや、あれは一応、仕事の一環でもあったらしいのだけど。


「じゃあ、少し、話をしたいのだけど……」

「分かりました。お付き合いいたしましょう」


 そう言いながらも、恭哉兄ちゃんは大神官としての姿勢を崩さない。


 診察後だから、向かい合って座っているけど、背筋はしっかり伸びて、堂々としている。


「ああ、でも、恭哉兄ちゃんの独り占めはワカに恨まれるかな?」


 仮にも好きな人が、他の女と二人っきりって嫌かもしれない。


 特にワカは「自分を一番に考えて」と願うような乙女なのだ。


「その点も大丈夫ですよ。姫も今、客人と面会中ですので」


 その客人に心当たりがあるけれど、そこは黙った。

 多分、恭哉兄ちゃんもその客人のことを知っている。


 それでも、公式的な面会ではないために、ここで名前を口にしなかったようだ。


 まあ、確かに未婚の王族が同じ年代の異性と二人っきりって、あまり許されることではないもんね。


「恭哉兄ちゃんは平気?」

「はい。内容も伺っていますので」

「そっか」


 でも、それとこれとは話が違う気もする。


「栞さんの方は平気ですか?」

「ぬ? わたし?」


 ああ、そうか。

 会話相手がわたしの護衛だからか。


「うん、大丈夫」


 彼は彼の為すべきことをするために、今、わたしから離れているのだ。


 だから、それぐらいで不安がるほど、わたしはか弱くない。


 それに、この場所に居ても、近くにあの気配は感じている。

 そのことが心強く思えた。


 だから、わたしはわたしの、やらなければいけないことをやるのみだ!!


 わたしたちはゆっくりと話をするために、迷える子羊用の一室へ移動した。


 因みに恭哉兄ちゃんはお茶を淹れるのが上手ではないという事前情報があるために、わたしは九十九から預かった物を使って、なんとか話しやすい雰囲気……、お茶会っぽくする。


 だけど、洋風ではなく和風でもお茶会というかは謎だ。

 茶道のお茶会って茶事(ちゃじ)だっけ?


 何故、和風なのか?

 それはわたしが、紅茶系よりも緑茶系の方が落ち着くからです。


 それに、九十九も恭哉兄ちゃん(大神官猊下)にはこちらの方が良いだろうと言ってくれたからね。


 今回、選ばれた迷える子羊用の部屋は、机と、向かい合うための椅子が二脚しかない小さな部屋だった。


 様々な相談や懺悔を含めた告解を神官が聞くための部屋らしい。

 寝台はないので、保護するための部屋ではないようだ。


「それで、栞さんはどんな話をお求めでしょうか?」


 お茶の準備が終わって互いに向かい合うなり、そう問われた。


「リヒトは元気?」


 一番、気になっていることをまず尋ねることにする。


「はい。まだ見習神官であるためにこのような大聖堂の部屋には立ち入れませんが、城下にて与えられた課題をこなし、懸命に努力を重ねておられます」

「そっか」


 長耳族の血を引くリヒトは、少し前、この恭哉兄ちゃんに連れられて、神官の道を歩み始めたばかりだ。


 本当なら、ちらっとだけでも会いたいけど、我慢する。

 今、会うのはお互いのためにはならないことはわたしにも分かっているから。


「試験は、もうすぐだっけ?」

「そうですね」


 早いと思われがちだが、明らかに才能がある人間を、いつまでも雑務専用でしかない見習神官に留まらせている方があまり良くないらしい。


 心無い神官に変な方向で目を付けられて、その才能を使い潰されるわけにはいかないのだ。


 だから、見習神官になり立てでも、すぐに試験の参加権は与えられるようになっている。

 そして、見習神官から準神官に上がることは、法力の才があればそこまで難しくない。


 そのため、近日中に試験があることを予測して、神導を受けて、たった数日しか見習神官期間がないという人もいるらしい。


 そんな計算高い人たちに比べたら、見習神官期間が既に二、三カ月経過しているリヒトは、短いほうではなくなる。


 まあ、見習神官の中には既にその期間が数十年に及んでる方もいらっしゃるようなので、本当に才能第一なのだろう。


「リヒトさんが心配ですか?」

「試験についてはそこまで心配していないんだけど……」


 本当に心配はしていない。


 リヒトが頑張る子、いや、頑張る人であることはわたしもよく知っている。

 その上、大神官である恭哉兄ちゃんが「才能あり」と認めているのだ。


 だから、能力的には何も心配する理由はないのだけど……。


「ただ、一人で辛い思いをしていないかが、ちょっとだけ心配かな」


 勿論、大丈夫だとも思っている。


 リヒトはわたしよりもずっとしっかりしているし、あの雄也さんから直々に指導を受けて、たった一年ほどで大きく成長した。


 それでも、やっぱり心配なものは心配なのだ。


 これでは九十九や雄也さんのことを過保護だなんて笑えないね。


「大丈夫ですよ」


 そんなわたしに対して……。


「リヒトさんには大きな目標がありますから」


 恭哉兄ちゃんは穏やかな声でそう言ってくれたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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