真心を誰に?
「それは、私から『聖女の卵』の護衛に対して心を込めた贈り物なのですよ」
法力国家の王女殿下はオレを真っすぐ見ながらそう言った。
「このコスプレ衣装がか?」
「そう。立場上、私が婚約者でもない他国の殿方に、それだけの品物を贈るのは容易ではなくてね」
そう言いながら、彼女は溜息を吐く。
それは確かにそうだ。
王女殿下という立場の人間から、これだけの効果が伴った品々を贈られれば、邪推する人間もいるだろう。
「笹さんは効果にも気付いているっぽいから言っちゃうけど、それは数多くの神官対策が施されている。具体的には、その辺の正神官ぐらいの法力なら無効化しちゃうぐらいかな。上神官以上になると、完全無効化はちょっと厳しいけどね」
確かに「法力耐性・大」が付いていたらしい。
だが、まさか正神官の法力を無効化するほどとは思わなかった。
「なんでそんなものをオレに渡した?」
大事なのはそこだ。
この女が意味なく渡すとは思えない。
「それぐらいなければ、あの『聖女の卵』を護れないでしょう?」
「やはり、高田のためか」
「勿論、それもあるけど、その服についてはどちらかと言えば、笹さんのためね」
「あ?」
オレのため?
「『聖女の卵』を狙うような阿呆な神官はね。当然ながら、その周囲を狙うの。そして、常に張り付くような護衛は、笹さんか、ベオグラ。阿呆でも少しばかり頭のある神官なら、どちらを狙うか、分かるでしょう?」
法力に自信がある神官が、大神官に勝てるはずがない。
だから、法力のないオレを狙うのは分かる。
「そんなにオレが頼りないように見えるってことか?」
「いや? 笹さんは、法力が無くても、その分、魔法が凄いからね。神官たちもまさか、この法力国家で魔法が優れている護衛がいるなんて思わなかったことでしょう」
王女殿下は皮肉気に笑う。
この王女殿下……、若宮は法力がほとんど使えないが、王族と言うだけあって、魔力は強い。
下手すれば、兄王子殿下を上回るともされている。
どの国でも王族としてはこの上なく理想的ではあるが、魔力の弱い神官たちからはそこが不評だと言う。
仮にも「法力国家」と呼ばれる国で、法力がほとんど使えない王族など認められないらしい。
そして、この国の城下の住人の大半は神官や信者が占めている。
本来、王族とはどこの国でも上位だが、この国は大聖堂という別の権威も存在しているのだ。
だから、この王女殿下には味方と呼べる存在が少ない。
尤も、一番の味方となる者がその神官の頂点と言う時点で、この王女殿下に対して強く出ることができるような神官などいないはずだ。
「単純に保険ね。策は多いほど良いでしょう?」
「それは確かにそうなんだが……」
保険にしては金も手も掛け過ぎていると思うのはオレだけだろうか?
「それに、笹さんがそれを着れば高田が惚れるぜ?」
「嫌だよ、そんなの」
本心からそう思う。
何かを模した姿に惚れられても嬉しくはねえ。
「きっかけでも嫌?」
「嫌だ」
「あら、それは残念ね」
若宮は笑った。
「だが、それは友人として贈ったものだから、突っ返してほしくはないかな」
「返さねえよ」
返せるはずがない。
これは、若宮が高田だけでなく、オレの身を案じたってことだ。
流石に表立って身に着けることはできないが、この国を出た後、役に立つ気がする。
具体的には、法力の使い手を人為的に作り出すような国を相手にする時とかな。
「それなら嬉しい」
王女殿下は微笑んだ。
「私は高田だけでなく、笹さんのことも好きだからね。二人が不幸になる未来は望まない」
「オレも若宮が不幸になる未来は望まない」
「おや?」
「精々、我が儘に振舞って、大神官猊下を人間らしく困らせてやれ」
オレがそう言うと……。
「笹さんに言われなくても、しっかと心得ております」
嬉しそうに笑ったのだった。
****
気付かれてはいけない。
これは深く深く沈めた話。
「立場上、私が婚約者でもない他国の殿方に、それだけの品物を贈るのは容易ではなくてね」
そう言いながら、私は溜息を吐くしかない。
仮に友人相手でも、贈り物を容易に渡すことなどできない我が身が悲しい。
いや、この立場だからこそ、贈ることができた代物でもあるのだけど。
―――― 「聖女の卵」の護衛の護りを強化したい
そう私がヤツに言った時、その顔が珍しく変化した。
だが、それを楽しむ余裕などない。
―――― だから、法力耐性が施された防具を贈ってはいけないか?
そんな私の言葉に対して、ヤツは迷いもなく、否と答えた。
法力耐性が付いた物を、法力国家の王女が他国の人間に贈ると言うのは、この国の神官に対する敵対行為と取られかねない、と。
そんなことは分かっている。
だけど、このままで良いはずがない。
―――― 「聖女の卵」と共に、あの護衛たちも巻き込んだのは、誰だっけ?
私の友人を「聖女の卵」として、この国の事情、事件に巻き込んだのはヤツだ。
そして、そのことによって、周囲の人間たちの運命も変わった。
確かに、私の友人はその素養を秘めていたのだから、何らかの形で出てきた可能性はあるけれど、直接的な原因を作り出したのは、間違いなく、あの男だった。
私はそれを許していない。
許せるはずがない。
それで自分が救われたとしても。
それで、自分が幸せになれたとしても。
あの友人たちの犠牲の中で成り立った幸福など、受け入れられるはずがないのだ。
―――― それなら、命令しましょう。
だから、ヤツの弱い所を突くような言葉を吐いた。
―――― 大神官すら手古摺るような防具を作れる技術者を紹介なさい
ヤツに責任はない。
我が儘な王女に脅されただけ。
―――― その上で、その防具は私が友人たちで遊ぶために渡すから
そこまで言って、ヤツは涼しい笑みを私に向ける。
―――― 仰せのままに、敬愛すべき我が王女殿下
そんな腹立たしい言葉と共に。
そして、私がデザインし、素材を渡した後、僅か数日で、寸分違わない衣装と、少しだけ意匠を変化させた衣装を持ってきたのだ。
リアダカルクの皮やルウとスイルフの混合毛をキルティングした素材は前もって手に入れていたものだったが、あの軽鎧セットに使われた銀合金は私が準備したものではなかった。
私が準備していた銀合金よりも遥かに良質で、恐らくは、もっと高い効果を持つ物だっただろう。
つまり、ヤツもある程度、何かを考えていたってことだ。
しかも、2セット。
その時、病床にあったもう一人の護衛にも渡せということも分かる。
要するに、護衛で差を付けるなと。
ますますもって腹立たしかった。
あまりにも悔しかったから、八つ当たり気味に、護衛青年の弟の髪や瞳の色を変えさせて、寸分違わぬ衣装の方を身に付けさせるという、完全完璧なコスプレをさせてやったけど!!
そして、案の定、その直後は、この弟の方に私の意図は気付くことなどなかった。
そこに込められた力も、想いも。
当たり前だ。
自国よりも他国の人間を重んじているなんて、誰にも気付かせるわけにはいかない。
尤も、兄の方は、受け取った時に苦笑していたし、「王女殿下のお心遣いに感謝を」なんて言っていたから、もしかしたら、気付かれていたかもしれないけど。
「そんなにオレが頼りないように見えるってことか?」
「いや? 笹さんは、法力が無くても、その分、魔法が凄いからね」
頼りないなんて全然、思っていない。
寧ろ、彼以上に頼りになる友人の護衛なんていないと思うぐらいに信じている。
あの無防備に見えて、特定の人間にしか気を許さない、警戒心バリバリのネコみたいな友人が、彼の前では寛ぎモードになっているのだ。
私にはあんな顔はさせられない。
あの友人が、中学時代、どれだけ周囲に無関心だったのかを知っている。
友人を大事にしないわけではないのだ。
一度、懐に入れた友人は、凄く大事にしてくれる。
だが、少し離れた位置にいる知人とかになれば、かなり扱いが違う。
普通なら周囲の目を気にしたりするのに、本当に自分のことも気に掛けない。
私以上に我が道を行く娘。
「それに、笹さんがそれを着れば高田が惚れるぜ?」
「嫌だよ、そんなの」
その顔と表情で、本心から彼がそう言っているのが分かる。
「きっかけでも嫌?」
「嫌だ」
「あら、それは残念ね」
ありのままで勝負。
そのどこか自分に自信のある考え方は嫌いじゃない。
寧ろ、好きだ。
大好きだ。
でも、言わない。
「だが、それは友人として贈ったものだから、突っ返してほしくはないかな」
私がせいぜい言えるのはこの程度。
「返さねえよ」
まあ、素材や効果を知っているなら、簡単に返すとも思っていない。
「それなら嬉しい。私は高田だけでなく、笹さんのことも好きだからね。二人が不幸になる未来は望まない」
それは、ずっと昔から二人を見てきたから思うこと。
この二人はそれを知らない。
だから、またいつもの揶揄いと受け止めてくれるだろう。
「オレも若宮が不幸になる未来は望まない」
「おや?」
意外な返答が来た。
「精々、我が儘に振舞って、大神官猊下を人間らしく困らせてやれ」
「笹さんに言われなくても、しっかと心得ております」
この青年の能力を高める役目があの友人なら、あの能面男を人間に近付けるのは私の仕事で生きがいだ。
烏滸がましい?
傲慢?
それは結構な褒め言葉だわ。
だって、古今東西、王女さまっていうのはそういう存在でしょう?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




