【第104章― 再び回り始める前に ―】鬼の居ぬ間に?
この話から104章です。
よろしくお願いいたします。
「おや、笹さん? 珍しい格好ですな」
目の前にいる亜麻色の髪の女が声をかけてきたので……。
「おお、ちょっとワケありでな」
オレは無難な答えを返す。
「思いのほか、その服を気に入ってくれたようで嬉しいわ」
照れたように笑うが、その面に騙される気はない。
「別に気に入ったわけじゃねえ。今はこの方が良いと判断しただけだ」
「あらあら? 高田のため?」
くすくすと揶揄うように笑っているが、その目は何かを探っている。
「……『聖女の卵』なら、大神官猊下にご挨拶中だ。だから、邪魔するなよ? 王女殿下」
どちらの様子を探りたいのか分からないから、そう言っておく。
「はいはい。相変わらず、高田に甘い護衛ですこと」
オレと栞は、セントポーリア城下の聖堂にある「聖運門」を使って、大聖堂に来ていた。
セントポーリア国王陛下からストレリチアや大聖堂に当てた文書などの土産を大神官に手渡すためだ。
この世界には通信珠と呼ばれる物や、個人宛の親書として「伝書」という手段は確かにあるが、それでも手渡しの文書と言うのはなくならない。
通信珠は傍受される可能性がないわけでもないらしいし、「伝書」に至っては、「書簡紙」、「状袋」、「封緘紙」がそれぞれ高価なのだ。
そうなると、王族でもそう簡単に親書や信書のやりとりはできない。
普通なら、毎日の報告に使わせる兄貴が異常だということだろう。
認めたくはないが、それに応じることができてしまうオレも。
だが、オレも兄貴も「伝書」の三セットを作ることができる。
なんでも、セントポーリアの書庫に、その原材料と作り方が書かれた古書があったらしい。
つまり、セントポーリア国王陛下も作ることは可能らしいが、他国宛の文書に「伝書」を使うと、相手もそれで返書するしかなくなる。
そして、他国にも同じように「伝書」の原材料や作り方が書かれた古書があるとは限らない。
高価ということは、他国ではその製造法が秘匿されている可能性もある。
だから、多用しないようにしているそうだ。
そして、セントポーリア城を訪れる理由に大神官の遣いを名乗らせていただいた礼もあった。
ついでに栞の定期検診も兼ねている。
栞は現在、二人で挨拶をした後、左手首の検診中だ。
だから、邪魔されるのは非常に困る。
検診中に訪問すれば、流石にこの王女殿下も心穏やかにはいられないだろう。
診察中の栞は、左肩から袖を脱いでいることを知っている。
上半身の左の一部の肌を晒しているのだ。
それを知っているから、オレも大聖堂で栞が診察をされている間は、あまり近付かないようにしている。
あの大神官には誤魔化しが通用しない。
少しでも邪心を抱けば、後が怖いと思うのは考え過ぎではないだろう。
そして、その間に暇を持て余すことになりそうだったオレは、大神官に挨拶をした後、若宮から手渡された例のコスプレ衣装を身に纏って、大聖堂から城の通用門へ抜ける通路に立っていた。
髪と瞳の色は、この大聖堂に来た時から黒に戻している。
流石にここで銀髪碧眼になる気はなかった。
だが、この服を選んだのは、これを着ていた方が、手間もないし、話そのものが早いと思ったからだ。
実際、思った以上に早く、釣れた。
この場に彼女の友人はいないのに、現れやがったのだ。
そして、大神官猊下の予定を把握している王女殿下が、今、誰と面会中なのか知らないはずがない。
だから、この服を着ているオレに気付いて接触するために単身、ここに来たと考えるべきだろう。
「高田がいないのに、なんでその服なの? 笹さん」
「し……、高田がいない場で着ると、何か問題ある服なのか?」
ついうっかりいつもの調子で「栞」と口にするところだった。
この女の前ではまだ「栞」と呼んだことはない。
それを口にすれば……。
「おっや~?」
こんな風に王女殿下とは思えない下卑た笑いを浮かべることは目に見えていたから。
ああ、もう!!
めんどくせえ!!
「今、笹さんは何を言いかけたのかな~?」
「『聖女の卵』の名前だな。だから、口を紡いだ。文句はあるか?」
それはどうとでも取れる言葉だ。
先ほどオレが口にしかけた言葉で「高田栞」の「栞」と判断するか、若宮がまだ知らない栞の魔名だと判断するか。
いずれにしても、これ以上の追求は避けられる。
若宮がオレから無理に聞き出そうとしない限り。
「ほほう?」
若宮はオレを無遠慮に眺める。
「高田の名前は気になるところだけど、それはこの場で聞くわけにはいかないか」
この国に二人いるとされている「聖女の卵」の名は、どちらも一般公開されていない。
だから、こんな通路で立ち話のついでに口にして良いわけではないことをこの王女殿下も知っている。
「魔名については、どうせここまで聞かなかったのだから、彼女の婚儀の時まで楽しみに取っておきたいのよね」
婚儀は、当人たちの魔名が公表される場でもある。
そこで誤魔化すことはできない。
人間界ならともかく、この世界で偽名を使っての婚儀は、神の怒りを買う行いらしいから。
そして、この王女殿下は、栞の婚儀に招待される気満々なのもよく分かった。
「気の長い話だな」
「そう? 案外、あっという間かもよ?」
若宮は意味深に笑った。
そうだな。
オレはともかく、栞に関してはもう数年内のことだろう。
今、見合いの話が持ち上がっているローダンセの男とうまくいかなくても、あれだけの魔力、魔法力の保有者を世界は放っておかない。
婚儀の準備期間を考えれば、今年に行うようなことは流石にないだろうが、来年、再来年の話でもおかしくはないと言える。
オレたちはもうそんな年代なのだ。
「その時、高田の横に立っているのはどんな男かしらね?」
「さあな」
若宮は意味深な笑みを寄越すが、少なくとも、オレではないことは確かだ。
「そこは笹さん。『オレに決まってるだろ? 』と、自信のあるお言葉をいただきたいところだわ。その自信ごと斬って捨てるために」
「端から叩き斬られるって分かっていて志願しろってか?」
相変わらず、酷いことを言う王女殿下だ。
だが、本気ではないからまだマシだろう。
嘘でもないようだが。
「そうよ。高田を本気で娶りたいなら、この私を倒していきなさい!!」
「それなら、大神官猊下しか高田の横には立てないな」
それだけこの王女殿下はいろいろな意味で強いのだ。
腕力はないが、その達者な口に叩き伏せられている神官は、一人や二人ではないことを知っている。
そして、オレも倒すことはできないだろう。
栞が、この若宮を友人として大事にし続ける限り。
「返し方が可愛くなくなってきたわね」
「野郎に可愛らしさを求めるなよ」
分かりやすい不満げな顔に苦笑する。
若宮にとって「大神官猊下」という言葉はいろいろなものを刺激するらしい。
その気持ちは分からなくもない。
オレにとっては栞がそんな存在なのだから。
「そんなことより、話がある」
「いやん。高田がいぬ間にデートのお誘いかしら?」
なんだ?
その浮気男がするような発想は?
「高田よりも大神官猊下がいない間に……だな。若宮もあの方にバレて怒られたくはないだろう?」
「あら、蠱惑的なお誘い。でも、そんな誘い方は嫌いじゃないわ」
若宮が手を差し出す。
「勿論、エスコートをしてくれるのでしょう? 『聖女の卵』の護衛さん?」
「おお」
そう言って、若宮の手を取った。
「………」
「大神官猊下より位置が低い点は諦めろ。オレにそこまでの上背がない」
大神官は中性的な顔立ちだが、かなり背が高い。
200はないだろうが、190以上はあるだろう。
「笹さんにベオグラの役割なんざ求めちゃないわ。それにヤツは、ほとんど私をエスコートしやがらねえ」
「口が悪いですよ、ケルナスミーヤ王女殿下」
その端々から、いろいろなモノが溜まっていることは分かるが、曲がりなりにも「王女」と呼ばれる地位にある人間が使っていい種類の言葉ではないだろう。
だが、大神官が若宮のエスコートをしない?
割と、「聖女の卵」である栞相手には結構、頻繁にしている気がするが、気のせいか?
……それを口にして、この王女殿下の機嫌を損ねるのは愚策だ。
オレは口を紡ぐことを選んだ。
「それで、笹さんは私をどこに連れて行ってくれる気かしら?」
そう言いながら、若宮は意味深に笑う。
だから、オレは言ってやった。
「大聖堂の一室でオレと密会なんてどうだ?」
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