イトが絡み始める
いろいろと思うところはある。
だが、これは自分がやると決めたこと。
それを知れば周囲が止めることは分かっているし、この選択は本当の意味で正しくはないのだろう。
そして、そのために犠牲とするものがあまりにも大きすぎることも、自分が一番よく分かっていた。
だが、今、手を打たなければ、その全てが終わってしまうのだ。
その話を聞いた時、自分は引っかかるものを覚えた。
最初に浮かんだのはごく普通の疑問。
何故?
そんな言葉だった。
それから状況を調べて、詳細を知れば知るほど疑問は増え続け、さらに大きな疑惑が生まれることになった。
この糸を手繰り寄せ、動かしているのは何者だ?
他国の人間である自分がこの首を突っ込むことなどできないが、それを放置するのは得策ではない。
必ず、かの国は荒れることになる。
そして、その影響を受けるのは他国で、それを喜ぶのも他国だろう。
だが、今度こそ確実に世界が揺らぐ。
そんな状況に来ていることを気付いている人間がどれだけいることか。
この世界は歪だ。
そのためか、この時代に入ってからは、その歪みが誤魔化しきれないほど大きくなっている。
魔法国家が消滅。
機械国家は崩壊。
そして、今、危難に陥っているかの国家が激震……、で済めば御の字だろう。
現時点で得た情報によれば、このまま何事も介入を許さずに突き進めば、最悪な結果に至る状況にあった。
そして、事前に食い止めることはできたようだが、法力国家もその権威が失墜するようなことは、既に起きている。
表沙汰には出ていないが、情報国家も剣術国家もその内部が大きく揺らいでいる。
どの国も複雑な内部事情が絡んでいるが、そのいずれにも、微かに見え隠れする外部の存在があった。
魔法国家への干渉は露骨だったが、それでも、事前に防ごうと思えば防げる事態だったと後手に回った側としては言い切りたいところだ。
それが負け惜しみだとしても。
だが、何故、こうも立て続けに、中心国だけに起こり得るのか?
その答えは神のみぞ知る。
そして、人間世界の理は、人間自身が解決するもの。
だから、神は知っていても対価も無しにその力を貸すことはない。
それはこれまでの人類史が証明している。
そこに暴慢極まりない存在の意思が絡んで暗躍していたとしても、人間世界で起きたことならば、その行く末は、人類に委ねられる。
そして、自分に世界を変えられるほどの力もない。
この世界を動かすのはもっと強き者。
果無くも、果てし無きモノ。
その瞳を強く輝かせ、迷いなく突き進むもの。
誰もが憧れる異質な存在。
そんな異物になりたいとも、なれる気もしなかった。
だが、自分には関係が無いと楽観視してそれらを無視できるほど、世界を知らないわけでもない。
この世界は輪のようなものだ。
だから廻りまわって、巡りめぐって、その繋がりは必ず自身に辿り着く。
輪が歪み、小さな亀裂より連鎖的に崩壊が進めば、無関心を気取れなくなることは予測できた。
そして、加速度的に広げられた疵は、遠く離れた自分の眼前にまで辿り着く頃には最早、打つ手なしとなっているだろう。
それならば、疵が細かなうちに応急処置ぐらいはしておきたかった。
それは無意味となってしまう可能性もあるが、やらないよりはやって後悔したい。
その応急処置をどうしたものかと思案している時に、天から細い糸が自分の目の前に下げられた。
それなら、その露骨に垂らされた蜘蛛の糸を、敢えて掴んでみても面白いだろうと考えたのだ。
人間界の書物にあるように、その行先は蓮池がある極楽か。
それとも、罪人が群がる地獄かは分からない。
まずは掴んで昇るしか道はないのだから。
機会に恵まれても、事前準備も無しにその糸を掴む気などなかった。
何しろ、垂らされた糸は極めて細い。
何も考えずに昇り始めて自分の重さで糸を切ってしまうのは、ただの阿呆だろう。
そして、その件に関わるなら自分だけでは無理だとも思った。
いや、これまでのように外から調べるだけならば容易だろう。
かの国は、謎が多いわけでも、閉ざされているわけでもない。
だが、もっと内部に食い込むなら、あの国を意図的に揺るがすならば、極上の餌がいる。
だから――――、利用できる者はどんな手を使っても利用する。
それで、その相手に恨まれることになっても。
***
これは自分が決めたこと。
いつものように、周囲に誘導された感が凄く強いけれど、最終的な判断は自分自身のものだ。
だから、後悔はない。
自分の思ったように振舞うだけのことだ。
それで、失敗してしまったら、その時はその時。
力及ばず、失敗してしまったと笑おうか。
始まりの話としては酷く単純なものだった。
だが、そこには思ったよりもいろいろな思惑が交差しているらしい。
猶予期間が設けられたために、思ったよりも情報を集めることができたのは幸いだったと言える。
十分すぎるほどの、心の準備と整理ができた。
暫くは、それだけで戦えると思えるほどに。
尤も、どんなイトが絡んでいたとしても、自分は与えられた役割をこなすだけの話である。
そのことによって、あちこちに貸しを作れるのなら、それは大きな利益となる。
せっかく、天から御札が降ってきたのだ。
踊る阿呆にみる阿呆。
同じ阿呆なら踊らにゃ損々
かの世界にはそんな言葉もある。
どうせなら、輪の中に入って、しっかりと楽しく踊らせていただこうか。
自分は何も考えずに用意された舞台で懸命に踊るだけ。
万一、うっかり、その舞台上で転んだとしても、後始末については、周囲に任せよう。
それぐらいは期待しても許されるはずだ。
それに個人的にも気になる部分があった。
その舞台に参加する気になったのは、それが最大の理由なのだと思う。
それがなければ、わざわざ舞台に上がる気もなかった。
本来、自分は裏にいるべき人間なのだ。
そんな自分が、表舞台に上がって、何になるのか?
その舞台に上がるための事前準備として、様々な場所や角度から齎された多くの情報がある。
その一部の情報の中に、ちょっとした齟齬というべきもの。
話を聞いた時に大きな違和感があったのだ。
そのためか、自分が知る情報と、実際に起きた出来事が、どんなに頑張って想像しても重ね合わせることができなかった。
同じ極同士の磁石を無理にくっつけようとしても磁力によって反発するように、上手く組み合わせることができない。
想像力の限界というやつなのだろうけど、それが酷く気持ち悪かった。
勿論、自分が知らない事実があると思う。
それでも、どうしても考えることすらできなかった。
自分の想像力はどれだけ貧困なのだろうか?
もしくは、どれだけ思い込みが激しいのか?
自分の感覚に邪魔されて、事実を受け入れられないのは、悪い癖だと思う。
だが、それでも受け入れられるものとそうでないものはどうしたってあるのだ。
そして、自分の勘を信じるなら、あの話には絶対に裏があると思えた。
そうでなければ、おかしな事実がある。
まず、そこに至ったのが言われているように事故だったのか。
それとも、他者に嵌められた結果だったのか。
もしくは、当事者を含めた関係者による意図的なもの……、故意だったのかが分からない。
そして、それらを受け入れたとしても、やはり何かがどこかで繋がらなかった。
事故だったなら、その後の対応が明らかにおかしいからだ。
少なくとも、その後の話は当事者の意思によるものではないと思っている。
いや、信じているというのが正しいのかもしれない。
誰だって、他者には見せない面はある。
自分でも気付かない部分はある。
それでも、自分の感覚を信じるのなら、この目でしっかりと事実を確かめたい。
結局のところ、思い込みの激しい自分にできることなんて、それぐらいしかないのだから。
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様々なイトは纏まり、絡まり、縺れていく。
大きく震わせる絡繰りは、糸繰車が回るように、カラカラと音を立てて、既に動き出していた。
全てが縺れたままで。
際会までは、きっと、あと、少し。
この話で103章が終わります。
次話から第104章「再び回り始める前に」です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




