表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1976/2806

期待しなければ

「あの阿呆」


 自分の主人に対して何度も口にしても良い種類の言葉ではないが、思わずそう言いたくなってしまう主人だから仕方ない。


 だが、今回のことについては、単純に無防備なだけだからとは言い切れない話でもあった点が厄介なのだ。


 確かに疲れを癒すために、同じ風属性のオレに張り付くというのは合理的な考えではある。


 それでもいろいろと文句を言いたくなるのだ。


 オレと栞は感応症が働きやすいから、回復も早くはなる。

 だから、彼女のとった手段が悪いとは言えない。


 性別の問題はあるが、栞がそれだけ疲れていたということだ。


 その疲労の原因も、恐らくはオレにあるのだろう。


 連日の識別魔法だ。

 当人の自覚なく、魔法力やそれ以外のものを削っていた可能性もある。


 そして、この世界には、人間界にあったゲームのように一瞬で魔法力を回復できるような都合の良い道具など存在しない。


 だから、オレを回復アイテムのような扱いをしたくなったのだと思う。


 傍に置くだけで魔法力が回復できるのだ。

 こんな便利で役立つものはない。


 そして、オレ自身がそんな風に納得できてしまうから、余計に腹立たしくもある。


 どれだけ、手段を選ばない女なのか?


 少し前なら、感応症が働く相手であることを単純に喜んでいたが、その理由に気付いた後は、複雑な心境にしかならない。


 栞の母親である千歳さんは、オレの乳母をやってくれた時期があるらしい。


 つまり、栞とは乳兄妹の間柄であり、実の兄妹ほどではなくても、感応症が働きやすくはなるということである。


 そのためにオレは栞の傍にいると癒されるし、居心地も良い。

 その感情を恋慕と錯覚したのかと思いかけて、そんなことはねえなと思い直す。


 そもそも、居心地が良いからと言ってその相手を好きになるわけではない。


 オレが栞を好きになったのは、彼女の強さと優しさ、可愛いさや愛らしさなど、その理由を上げればきりがないほど出てくるから。


 大体、感応症の働き云々なら、血が繋がっている兄貴だって効果が高いのだ。

 そして、居心地は悪いし、当然ながら癒されるはずがない。


 寧ろ、傍に居るだけで、いろいろなモノがゴリゴリと削られていく音が聞こえてくる気がする。

 そんなオレが兄貴に勝てると確実に言い切れるのは、身長と料理の腕ぐらいだ。


 だから、栞のことを好きだという気持ちは、錯覚ではないのだろう。


 好きな女の傍にいることが許されているのは幸せなことではあるのだが、それでも譲れない、譲ってはいけないものがある。


 彼女はオレの理性を信頼しすぎている。

 それが、オレにとっては心底恐ろしいことだった。


 オレは彼女ほど自分の理性を信じていない。


 その結果が、「一日限定恋人」という立場を利用して、まあ、顔を舐めたり、口付けたりしてしまったわけで、それなのに、まだオレを信じ続ける理由が本気で分からない。


 それでなくても、普通に考えれば、「発情期」という理由があったにしても、一度は襲った相手なのだ。


 それなのに、そんな相手に対して「食え」と言わんばかりの距離感になるのはおかしいだろう。


 何より、「発情期」はなんとも思っていない相手には発生しないのだ。

 その前提をあの女は忘れているんじゃないのか?


 そして、オレ自身が何をどう否定したところで、実際あの時にオレが「発情期」になって、栞を襲った事実が消えるわけでもない。


 だから、あの時点でオレ自身が気付いていなかったが、栞に好意があったということなのだ。


 自覚は薄かったが、今にして思えば、大聖堂の地下で初めて「発情期」を発症した時に、オレの前に出てきた()たちは、圧倒的に栞が多かった。


 あの時も、あの場で、それを疑問に思ったけれども、自分の気持ちを自覚することはできなかったというのはオレも鈍すぎるだろう。


 そして、「発情期」の前提を栞に向かって改めて口にすることもできない点が困る。


 その結果、「もしかして、あなたはわたしのことを好きなの? 」と、あの大きな黒い瞳に見つめられながら純粋に問いかけられたら、オレも今度ばかりは逃げきれる気がしないのだ。


 だから、決定的なことは口にできないまま、こんな不安定な関係になっている。


 栞がオレのことを好きなら、もっと話は早いだろう。

 オレは何も考えなくても良いのだ。


 だが、軽くキスしただけで、あそこまで震えられたんだぞ?


 無理だ。

 望みは全くない。


 そう思っていた方が良い。


 変に期待すれば、またオレが栞を傷つけることになる。


 期待してはいけない。

 期待するな。


 自分自身にそう言い聞かせる。


 期待しなければ、傷付くことはない。


 そう言い訳を繰り返している時点で、いろいろと手遅れなのは分かっているのだけど。


***


「もふ~」


 わたしは部屋に戻って部屋着に着替えた後、布団に顔を埋めた。


 うん、実にもふもふしい布団だ。


 自分が普段使っている布団と同じ種類らしいが、漂う気配と匂いだけでこんなにも感覚が違うのか。


 これは、定期的に九十九から布団を借りるべきかと本気で考えたくなる。


 勿論、考えるだけだ。

 実行に移す気はない。


 自分の癒しのためだと、言葉を尽くしてそう理由を説明しても、理解してもらえない気がする。


 彼にとって、わたしの気配は落ち着かないらしいからね。


 さて、いろいろと反省すべき点はある。

 だが、後悔することはないだろう。


 わたしはやるべきことをやって、その結果が出ただけの話だ。


「うん」


 わたしは一人、納得する。


 これで、わたしがここに来た目的はなされたのだから。


 幸せな時間をもらえた。


 そして、普通の女の子になれた気がする。

 九十九から、「聖女の卵」でもなく、「王族の血を引く娘」でもなく、普通の扱いをされたのだ。


 まあ、自分の言動を思い起こせば、あれ? 年頃の乙女としておかしくないか? とも思ったのは認める。


 自分の行動を客観的に見ることは大事だが、その時にそんな自覚があれば、あそこまで突き抜けて阿呆な行動はとらないだろう。


 そして、同時に彼の言動を思い起こしても、あれ? 思った以上にノリノリで協力的? とも思った。


 少なくとも、わたしは嫌われているわけではないらしい。


 いや、多分、好かれている。

 それぐらいは分かる。


 なんとも思っていない相手に対して、九十九はあそこまでしない。

 そして、苦手な相手なら、もっと突き放すはずだ。


 自分に関わって欲しくないと本気で思った時の彼の態度を、わたしは知っているから。


 それが改めて確認できただけでも良かったのだろう。

 そう思い込まなければ、昨日一日のシア(わたし)があまりにも報われないと思う。


 シアは、確かに阿呆な行動だった。

 向こう見ずでもあった。


 でも、逆にそれは()()()()()()っぽくなかったかな?


 周囲が見えなくなるほど、相手の気持ちを二の次にしてしまうほど、真っすぐ突き進む激しくて強い想い!


 恋する自分は想像できなくても、恋する乙女(誰か)の気持ちは分かる。


 伊達に、わたしはいろいろな漫画を読んではいないのだ!!


 そして、自分の気持ちも決まった。

 やるべきことはちゃんとやる。


 失敗したら、その時に考えれば良い。

 自分で選んだ道ならば、納得もできる。


 ただ何もしないままで、後に悔やむことだけはしたくない。


 この先を、自分の大事なものを護るための戦いとするために。


 ふと、机にある本を見る。

 雄也さんから戻るまでに読んでおくようにと渡された本だ。


 そこにはいろいろな事情や思惑が見え隠れするようなことが書いてあった。


「過保護だよね」


 思わず、笑いが出る。


 何も予備知識を与えないままの方が、彼らにとっても予想しやすく楽だろうに。


 あの人は、わたしに戦わせようとしている。


 わたしが、後悔しないように。


「わたしは、好きなようにやっちゃいますよ?」


 この場にいない人に確認する。

 当然ながら、返事はない。


 だけど、何故か、誰かに呼ばれた気がする。


 それは低くて聞き覚えのある声。


 そして、わたしは、九十九の気配に包まれながら、意識を落としたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ