誰が悪いんだ?
凄く良い夢を見た気がする。
だが、それがどんな夢だったのかはほとんど覚えていない。
それでも、決して手に入らないはずだったものを手に入れた時のような喜びがあったことだけは覚えている。
―――― そして、夜が明けた。
***
「うわああああああああああああっ!?」
オレは目が覚めた早々に雄叫びを上げることになった。
いや、実際は雄叫びなんて勇ましいものではなく、大変、情けない精神状態による、大変、情けない声ではあったのだが。
それでも、これまでにないほどデカい声になったことは疑いようがないだろう。
少なくとも、周囲の空気が激しく震えたことは確かだった。
ありのまま、この現状を伝えることにする。
いや、自分でもこの状況を上手く説明できるかは分からない。
それほどまでにオレは混乱していたのだ。
何があったというのか?
まず、目を覚ましたらオレの寝台に何故か、栞が寝ていた。
それも、オレに寄り添うように。
……そんなことは珍しくもない。
いや、そう思ってはいけない。
本来、オレたちは一緒に寝るような仲ではないのだ。
不可抗力や、他の人間たちからの命令などで何度か一緒の寝台で寝たことがあるのは認めるが、基本的には別々の寝台を使っている。
今回は不可抗力の方だ。
そう信じたい。
そして、一緒に布団に収まっていたことよりももっと大きな問題となった点は、栞の恰好だった。
彼女にしては珍しく、めちゃくちゃ可愛い寝間着だったのだが、それが薄手のワンピースタイプだったことが災いしたといえるだろう。
分かるか?
薄手のワンピースタイプ……、つまりは、薄くて軽いスカートなんだ。
スカートを穿いている人間が眠っている状態で、布団を勢いよく捲ったことがあるか?
これまでにそんな経験がオレにはなかったから知らなかったが、考えてみれば分かることだ。
なんと、布団がそのスカートを巻き込んで、一緒に捲くり上がるんだよ!!
目の前で広がる布を見た時のオレの心境を是非とも、想像していただきたい。
しかも、それがかなりのハイウエスト……、人間界で言うエンパイアラインと呼ばれるような服だったから最悪だった。
いや、この場合、何も考えずに捲り上げたオレが悪いのか?
だが、目を覚ますと同時に、すぐ近くに何者かの気配を感じたら、確認するよな?
警戒するよな?
思わず、動きも激しくなるよな?
少しばかり勢いよく布団を捲り上げるよな?
まさか、自分の寝台に栞が一緒に寝ているとは思わなかったから。
気配の確認よりも先に、モノの確認をしようと思ってしまったから。
その結果、布団と共に、ふわりと浮かび上がった黒い髪と大きく広がる薄い布を見たわけだ。
勿論、そして、オレの視線は本体を見ていた。
当然ながら、布団の中身の確認を優先しようとしたから。
だが、こういう意味の中身の確認をしたかったわけじゃねえ!!
勢いよく捲った布団はそのまま彼女の上に落ちることとなったが、オレは自分の目に映ったモノが信じられなくて、固まってしまった。
どこまで見たか?
つま先から、腹までだよ!!
日頃、見えている白い足も、普段は隠されている白い腹や腰も、さらには、その途中経過にあった白い布地まで、バッチリ、しっかり、見ちまったよ!!
ハイウエストではあったが、辛うじて、胸の下で絞っているタイプだったのが、ある意味、幸いだった。
もし、テントラインと言われているような、肩から裾に掛けて広がっているような寝間着だったら、さらにその上まで丸見えだっただろう。
だが、どうすんだよ!?
朝の生理現象も相俟って、かなり大変なことになっちまったじゃねえか!!
半童貞にとっては、あまりにも刺激が強すぎるモノだった。
しかも、この女。
そんなオレの行動にも、先ほどの叫びにも、スカートを捲り上げられても、そのまま布団が自分の上に落ちても、起きる様子が全然ねえ!!
だが、ここですぐに起こすことができないジレンマ!!
何故って……?
頼むから、察してくれ。
穿いていたのが幸いだった。
どっちが?
どっちもだ。
何もなかったってことだからな。
何かあったら、どっちも穿いてねえよな? 多分。
その辺は、オレの経験が浅すぎて、自信はない。
だが、まずは落ち着け。
落ち着こう。
落ち着くしかない。
落ち着いて欲しい、今すぐに。
あ~、これ、誰が悪いんだ?
オレの寝台に忍び込んでいた栞か?
それとも、気付かずに寝こけていたオレか?
とりあえず、布団を戻した。
丁寧に、きっちり、肩まで布団を被せる。
……そこで大きく息を吐いた。
「マジかよ……」
そう呟いても、誰も答えない。
唯一、事情を知っているはずの人間は呑気で平和な寝息を立てていやがる。
いや、冷静になって考えてみよう。
その間にいろいろなモノが落ち着いてくれるはずだ、多分。
オレは昨日、いつ、眠りに就いた?
まず、そこから記憶がはっきりしていなかった。
酒を飲んだ記憶もないし、多少、飲んだぐらいで記憶が飛ぶようなことはまずない。
昨日一日は、栞のことを「シア」と呼び、彼女の要望で「一日だけの恋人」となったことは覚えている。
まさか、そこから既に夢だったのか?
魔法勝負をしたり、城下で飯を食ったり、キャッチボールをしたり、兄貴よりもオレが良いって言われたり、栞の方から口付けしてきたり、オレの方からも……、ああ、夢っぽいな。
いくらなんでも、オレの願望が詰まり過ぎている。
そんな幸福があるわけがない。
彼女がオレを選ぶわけがない。
だから、アレは夢だったのだ。
だが、そうなると、ますます、この状況の説明が付かない。
服装はともかく、栞がオレと同じ部屋で寝ているという点だ。
これまでに何度かあったことではあるが、その全てに理由はあった。
もともと同室だったとか、オレが眠らせられた後、彼女もそのまま眠りに落ちたとか、そんな理由だ。
だが、今回は同室ではなかった。
栞が眠る部屋は隣にちゃんとある。
そして、共用区域である厨房で、うっかり、オレが眠ってしまったとしても、彼女の気配に気づかないほどの熟睡状態になることは、あまり考えられない。
そうなると、オレが眠らされた?
薬か?
魔法か?
オレならともかく、栞の方が薬を使うことはあまり考えられない。
以前、オレが先に準備していたのを、うっかり飲まされたことはあったけれど、それぐらいだ。
そうなると、魔法?
彼女なら、不意打ちをすれば、オレの魔法耐性を貫く誘眠魔法は使えるだろう。
どれだけ油断していたんだ?
だが、それでも、同じ布団に収まるとは思えない。
オレを運んだ後、眠りに落ちても、同じ布団を被ることはあまり考えられなかった。
いや、栞は時々、寝ぼける。
そして、寝覚めは悪い。
オレよりも先に目が覚めて、なんとなく、布団を見つけてそのまま入ってくるという、その可能性はゼロではないわけだ。
なんだ? その天国?
……違う。
向かう先は天国ではない。
どう考えても、後始末に苦労する未来が見える。
それらを考える前に、オレは便所……、もとい、トイレに向かおう。
そうしよう。
オレは、もっと落ち着く必要があった。
先ほどの光景がまだこの目に焼き付いてしまっているのだ。
それも、目を瞑っても鮮明に思い出せてしまうほど、オレの脳裏と瞼にしっかりと焼き付いていた。
ここまでの状態が、そう簡単に落ち着くとも思えないが、栞が目覚める前になんとか対処しておく必要はあるだろう。
いろいろ、申し訳ない。
とにかく、罪悪感だけが募っていく。
だけど、こればかりは、男だから仕方ないというか、許してください、本当に。
理屈じゃねえんだよ!!
オレは誰ともなく、謝罪する。
尤も、謝ったところで、罪深いオレが許されるはずがないのに。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




