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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1971/2805

今日一日は

 さて、夕食も終わった。


 世間一般の恋人たちは如何して過ごすのだろうか?

 時間は二十一刻(午後9時)を過ぎたところ。


 少女漫画、少年漫画の登場人物たちは仲良くテレビを観たり、ちょっとした時間を仲良く過ごす時間帯である。


 そんな時間帯に、一日限定恋人であるわたしとヴァルはというと……。


 ―――― ペラリ


 ―――― カリカリカリ


 二人で厨房にある椅子に座って、わたしは読書をし、彼は報告書を書いている。


 いや、いつもはそれぞれの部屋でやっている行動ではあるのだけど、今日はいつもと違うために、こんな形になっていた。


 部屋に戻れば、この時間は終わってしまう。


 少なくともわたしはそう思って、部屋に戻らず、夕食の片付け後に本を持ってきて、ここで読むことにしたのだ。


 そして、それを見たヴァルが、溜息を吐いて、そのまま報告書を書き出したという流れである。


 個人的には絵が描きたいが、どうしても机を占拠することになるので、彼の記録の邪魔をしてしまう。


 この机は食事をするための場所であり、紙を広げる空間としてはそこまで広くなかった。


 だから、素直に本を読むことにしたのだ。

 今、読んでいるのは、この国の歴史を書いたとされる史書。


 但し、城下の書物館にあったものでも、雄也さんから渡されたものでもない。


 わたしにこれをくれたヴァルが言うには、セントポーリア城内の書庫にあった書物を複製したものらしい。


 なるほど。

 この国を絶賛する言葉が多すぎて、嫌になる。


 まさか、雄也さんから渡されていた本が、柔らかい表現で書かれていたものだったとは思わなかった。


「そろそろ、風呂入ってくる」


 わたしが顔を上げたタイミングで、ヴァルが筆記具を置いて、そう声を掛けてきた。

 もうそんな時間なのか。


「了解」


 わたしは再び、本に目を落とす。


「まだ部屋に戻らないのか?」

「もうちょっとだけいる」


 声を掛けられたから彼を見ながらそう答えた。


「わたしは邪魔?」

「邪魔じゃねえよ。そろそろ遅いから言ってんだよ」


 うむ。

 見事なまでに心配性な護衛の復活である。


 本物の恋人なら、多分、そんなことは言わない。

 この辺は、わたしの恋人像ってやつがどこかおかしいのかもしれないけれどね。


「そう思うなら、早く、お風呂に入ってきてくださいな」


 わたしはそう言って彼を促す。


「分かってるよ」


 彼は渋々ながらもそれに従った。


 さて、どうしようか?

 本物の恋人なら、このまま一晩、一緒に過ごすことも問題はないだろう。


 中学生ならともかく、既にこの世界では15歳以上(成人済み)、人間界でも18歳で高校卒業している年齢なら、不純異性交遊とか青少年保護育成条例にはかからない。


 だから、一緒に過ごしても年齢的には何も問題になる部分がないのだ。


 だが、わたしたちは一日限定恋人なのである。

 流石に一晩、一緒に過ごすことはいろいろと許されない気がする。


 何より、軽い口付けだけでもお互いに気まずくなってしまうような関係なのだ。


 そう考えると、互いに歩み寄って、どんなに努力しても、恋人と同じようにはなれないということになるのだろう。


 わたしの目的は既に達成している。


 表に掲げた名目も、裏に隠した内実も。

 今日一日で十分な成果を得ていた。


 だから、このまま入浴後に部屋に帰っても問題はないのだ。

 問題はないのだが、何かが引っかかっている。


 わたしは良いのだ。


 今日一日、とても楽しかった。

 思い出に残る日だったと言えるだろう。


 何年後かにも、ああ、あんな日もあったよねと言いながら、クスリと笑える自信もある。


 だけど、ヴァルの方は?

 一日付き合わせた結果、それに見合った価値のある日だった?


 彼の時間を奪っただけではない?


 そう考えると、このままで終わって良いのかが分からない。

 終わっても、彼は文句も言わないだろう。


 それは分かる。

 そして、明日からはこれまで通りの主従関係に戻るだけだ。


 それで良い?

 本当に?


 わたしはもう何度目か分からない溜息を吐くのだった。


***


 夕食も終わった。


 この時間帯となれば、世間一般の恋人たちは、まあ物理的に距離を詰めて、これまでよりももっと仲良くなる方向に進むだろう。


 そんな経験がオレにこれまでの人生に存在しないから、何とも言えない。

 単純に妄想だ。


 そんな時間帯に、一日限定恋人であるオレとシアはというと……。


 ―――― カリカリカリ


 ―――― ペラリ


 誠に色気のない距離で、お互い別々の音を立てていた。

 厨房で机を挟んで向かい合わせに座って自分のことをしている。


 目の前にいるシアは小難しそうな本を読み、時折、眉間に皴を寄せていた。

 そこまで皺を刻むと跡になりそうだが、それを指摘するのも忍びない。


 オレは、いつものように今日までの記録を清書していた。


 いや、いつもはそれぞれの部屋でやっている行動ではあるのだが、今日はいつもと違うために、こんな形になっていた。


 部屋に戻れば、この時間は終わってしまう。

 そう思うと、部屋に戻るのは惜しい気がした。


 同じことを思ってくれたのか、彼女は、夕食の片付け後に、一度部屋に戻って取ってきた本をここで読み始めたので、オレもなんとなく、向かい合わせに座ったのだ。


 そして、互いに口を開かないまま、それぞれ自分のすることに没頭している。


 だけど、あの湖の気まずさとは全く違う空間。

 これは恋人としてはどうかという話かもしれないが、オレにとっては酷く居心地が良い。


 ふとした時にシアの顔が、姿が、その存在が目に入る。

 それを確認するだけで、安心できるのだ。


 彼女にとっては面白くない時間かもしれない。

 だけど、退屈そうにしていないので、部屋に戻れとは言わないようにしている。


 尤も、退屈ではないのは、手元にある小難しい本のおかげでもあるのだろう。


 個人的に歴史、古典の類が苦手な自分からすれば、それらが複雑に混ざり合ったような歴史書は本当に読み解きにくいものだ。


 これを解説書もなしに読めるというだけで、十分凄い話なんだけどな。

 オレは読めなくもないが、時間もかかるし、やはり解説書や参考書を探すことになる。

 

 ふとシアが顔を上げて、オレを見て、表情を緩ませた。

 それだけで、胸が押しつぶされるような感覚を味わいながらも、ぐっと耐える。


 もう、頃合いだ。


「そろそろ、風呂入ってくる」


 オレがそう声を掛けると、シアの視線が宙をさまよった。


 恐らくは時計(時刻み)を探したのだろうが、此処は厨房だ。

 壁に付いた物も、机に置いた物もない。


「了解」


 それだけ口にして、彼女は再び、歴史書を読み始める。

 どれだけ本が好きなんだ?


「まだ部屋に戻らないのか?」


 戻って欲しくはないが、ケジメは大事だ。


「もうちょっとだけいる」


 本から視線を外し、オレにまた顔を向ける。


「わたしは邪魔?」


 さらに凶悪な上目遣い。

 これを耐えるオレは頑張っていると思う。


 いや、耐えきれなくなったら、本業がクビだ。

 最悪、自分の命もなくなることになる。


 だから、耐えるしかないのだ。


「邪魔じゃねえよ。そろそろ遅いから言ってんだよ」


 本物の恋人なら、言わなくてもいいのだろう。


 いや、本物の恋人ならこんな場所にいつまでも留め置かずに、とっとと部屋に連れ込んでいると思う。


 それぐらいの欲はオレにだってあるのだ。


「そう思うなら、早く、お風呂に入ってきてくださいな」


 シアは可愛らしく上目遣いをしながら、バイバイと言わんばかりに手を振った。


「分かってるよ」


 仕方なく、オレは風呂に向かう。

 その足取りは酷く重かった。


 さて、どうするべきか?


 本物の恋人なら、このまま一晩、一緒に過ごすことも問題はないだろう。


 互いにもうガキじゃないのだ。

 この先のこともシアだって知っているだろう。


 だが、オレたちは一日限定恋人でしかない。

 流石に一晩、一緒に過ごすことはできないと思っている。


 オレの気持ちは一晩どころか、三日三晩籠っても問題ないのだが、彼女にそんな気持ちはないのだ。


 シアは軽い口付けだけでも震えてしまうほどだった。


 あの時の震えと顔色を思い出すと、「発情期」のオレが、彼女に対して、どれだけ罪深いことしたのかと悔やむしかない。


 柔らかくて温かくて、罪深いオレに対しても優しさを失わない「聖女」。


 だが同時に、寝台に押し倒して、力尽くで強引に関係を迫っても、受け入れかけてしまうほど弱い「普通の女」。


 オレはどうすれば良い?

 彼女はどこまで求めている?


 シアの目的は既に達成していると言えるだろう。


 一日の大半を「普通の女」、「一日限定恋人」として扱った。


 もう一つの目的である「男慣れ」については、仕方ない。

 一朝一夕でどうにかできることではないことを、彼女自身も知っていることだ。


 だから、このまま入浴後に部屋に帰っても問題はない。

 問題はないのだが、何かが引っかかっている。


 オレは良いのだ。


 今日一日、とても幸せだった。

 寧ろ、過分だったとも、言えるだろう。


 だけど、シアの方は満足しただろうか?

 それだけが気になる。


 オレは彼女の「一日限定恋人」として及第点だったか?


 そこまで考えて、オレはもう何度目か分からない溜息を吐くのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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