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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1970/2805

乾杯の言葉

「いつ、準備したの?」


 目の前に置かれた料理に対して、そんなシアの問いかけに……。


「朝飯と一緒に」


 素直にそう答えた。

 仕込み自体はもっと前からしていたが、ここに置いたのは、朝だ。


 嘘は言っていない。


「メニューは考えていたからな。冷えても美味いやつって」


 さらに人間界の料理に似たモノを選んだつもりだ。


「シアが好きなスープもあるぞ」


 シアはスープが好きだ。

 特に野菜がいっぱい入ったスープ。


 だから、組み合わせはいつも試行錯誤をする必要がある。

 それでも、彼女が喜ぶなら、これぐらいは手間のうちには入らない。


 それに冷えたものばかりだから、温かい物も食いたくなるよな?


「いろいろ、準備させてごめんね?」

「何が? オレは好きでやっているから、気にするな」


 料理は好きなのだ。

 だから、嘘ではない。


 そして、うっかり口にしてしまったが、彼女に向けた愛の言葉でもないから、大丈夫だったようだ。


 危ない。

 ちょっと気が緩んでいるようだ。


「ほら」


 シアに向けて、桜色のジュースが入ったグラスを差し出す。


「これ、お酒?」

「いや、混ぜ物だけど清涼飲料水(ジュース)だ。酒精はない」


 いくら、デートだからって、酒を口にしない彼女に酒を差し出すのは阿呆だろう。

 そして、オレもシアの前で飲む気はない。


「つまりは、ミックスジュース?」

「そうなるな」

「薄いピンクで綺麗な色だね」

「おお、だから、今日はコレにした」


 本当なら、シアの瞳の色にするべきだろう。

 だが、本来の彼女の色は黒だ。


 流石に食前の飲み物には向かない色合いだろう。

 今の瞳の色は緑だが、どこかの王女殿下を思い出すので却下だ。


 だから、オレの好きな色にした。

 彼女の唇の色。


 薄い桜色でとても魅力的な色だ。


 それに、シアは気付くだろうか?


 無理だな。

 そして、気付かれても嫌だ。


 なんとなく、彼女の唇の色をした飲み物は、変態的な思考だと受け止められてもおかしくはないだろう。


 だけど、彼女の色にしたいって思っちまったんだよ!

 仕方ねえよな!?


 そんなオレの考えに当然ながらシアは気付くことなく、嬉しそうにジュースを眺めている。


 その色と唇が近付くだけで、少し、ドキリと胸が動いた。

 あの唇に先ほど、オレの唇が重なったんだよな?


 改めて、思う。

 やっちまったと。


 彼女がそこまでショックを受けていなくて良かったと心底思った。


 いや、もっと気にして欲しいという気持ちもあるのだが、嫌われるよりはずっと良い。


 やはり、雰囲気に流されてはいけないな。


 確かに「一日限定恋人」という役をもらったが、本物ではないのだ。

 だから、オレは調子に乗ってはいけなかった。


 改めて、気を引き締める。


 今日の時間も残りはかなり少ない。

 時間にして、五刻(5時間)ぐらいか。


 途中、危なかったが、十分、楽しめた。


 シアもそう思ってくれると良いのだが……。


「どうせなら、恋人らしく乾杯でもするか?」


 少しでも、今日という日が強く印象に残るように。


「え? この世界にも乾杯の文化ってあるの?」


 シアは知らないらしい。


 この世界や他国について、いろいろと勉強しているようだが、習慣とかそういったものはまだまだのようだ。


「あるぞ。グラスを当てない国もあるが、この国は軽く当てるな」

「掛け声は『乾杯』?」


 ……掛け声なのか?


「掛け声じゃなくて、食事前の挨拶だな」


 少なくとも、オレはそう思っていた。

 だが、人間界育ちのシアの感覚は違うらしい。


「国や相手によって異なるが、この国では、グラスを当て合う時に相手を褒めたり、恋人相手なら口説き文句を口にしたりする」

「『君の瞳に乾杯』的な?」


 古いネタが出てきたぞ?


「『Here's looking at you, kid.』は、人間界でもかなり古くねえか?」

「ぬ?」


 確か、古い映画だった。


「面白くてちょっと気障な訳だよな。本来は、ちょっとニュアンスが違うのに」


 それを聞いた時、気の利いた意訳をする人間がいるものだと感心したのだ。

 普通なら、「君を見ていることに乾杯」と訳してもおかしくはないのに。


「えっと、ヴァルを褒めれば良いの?」


 シアが確認してきた。


「おお。当てると同時にオレもシアを褒める」


 さて、乾杯する流れになったようだ。


 褒めるか。

 口説くか。

 それが問題だろう。


 うん、どうせなら口説く。

 そして、それに気付かれないような言葉が良い。


 少なくとも「love」「like」は駄目だ。

 確実に、呪い(命呪)が発動するだろう。


 ―――― 彼女に愛を告げれば自死する呪い


 だから、彼女に対して直接的な言葉ではなく、「月が綺麗ですね」のような婉曲的な表現にする必要がある。


 そして、早口で言えば、伝わらないはずだ。


 感情を込めたいけれど、うっかり込めるとやはり、呪い(命呪)が発動する気がした。


 シアからの言葉も気になるけど、こんな機会は滅多にない。

 それなら、全力でバレないように口説く!!


「良し! 決めた」


 先ほどまで俯いて何やら思案していたシアが、顔を上げて手を叩き、拳を握った。


「随分な気合の入りようだな」


 この時点で、オレが口説かれるとは思えなくなった。

 多分、褒め言葉の方を選びやがったな。


 まあ、良いけど。


「ヴァルも決めた?」

「オレはそんなに考える必要が無い」


 そう口にすると、彼女はちょっと不服そうに口を尖らせた。


 オレが適当なことを言うと思ってやがるな?

 覚悟しておけ!!


「では」


 オレは、グラスを掲げると、シアの笑みが目に入った。


 何か企んでいる時の表情。

 同時に楽しそうな顔でもある。


「勝負!!」


 ……勝負なのか?


 一瞬、そう思ったけど、グラスの当たる小さな音が耳に届く。


「You’re my treasure, the most precious thing in my life.」

「風をいたみ岩うつ波のおのれのみ砕けてものを思ふころかな」


 同時にそれぞれの口から声が飛び出された。


 ちょっと待て!?

 今のはなんだ?


 古文?

 いや、短歌か!?


 声を発するタイミングも、その終わりもほぼ同じだった。

 つまりは、ほとんど聞き取れていない。


 それは彼女も同じだろう。


 目を丸くしている。


「ライファス大陸言語に切り替えるなんてズルい!!」


 シアが先にそう言った。

 確かにオレはライファス大陸言語に切り替えて口にした。


 ―――― 君は僕の宝物、自分の人生で最も大切なものだ


 普段から似たようなことを言ってはいるつもりだが、改めて口にするのは躊躇われた。

 流石に恥ずかしいものがある。


 だが……。


「お前こそ、今のなんだ? 短歌か!?」


 そっちに半分、意識がもっていかれた。


 風?

 最初にそう聞こえたのは確かだ。


 だが、わざわざ短歌にしたということは、もしかして褒め言葉ではなく、口説き文句を選んだのか!?


「秘密」


 古典から、何かの引用ならばまだ調べようもあるが、これが彼女オリジナルなら、もう二度と答えは分からない。


「お前も十分、ズルいじゃねえか!!」


 照れくさそうに笑ったその表情に胸を穿たれる。

 その顔だけで十分、ズルい。


 オレが勝てないことを知っているかのようだ。


「乾杯も済んだから、飲もう?」


 シアは笑顔で手にしているグラスを揺らす。

 それぐらいで、その飲み物は変化しないから、まあ、良いか。


「この女~~~」


 その小悪魔の顔を睨みながら、オレはグラスの中に入っているジュースを勢いよく飲んだ。


 シアも微笑みながら口を付ける。


「あら、美味しい」


 そして、ふと零した。


「オレが不味い物をお前に呑ませるとでも?」

「不味い物ではなくても、睡眠薬なら飲ませると思っている」


 それを言われると、ちょっと困る。


 決して、邪な意図はないけれど、それでも彼女を眠らせるために薬を何度か飲ませているのは事実だからだ。


 だが、特に深い意味はなかったのか、シアはそのまま、手を合わせて「いただきます」と言う。


 先ほど、既に「乾杯」をしているし、飲み物にも口を付けているのだが、食べる前にうっかり口にしたくなるのだろう。


「うわあ~、美味しい」


 そして、満面の笑み。

 ご満悦と言う言葉をここまで体現してくれるのは嬉しい。


「満足いただけたようで何よりだ」


 それなりの味にはなっていると思うが、彼女に満足してもらえなければ意味がない。


 ふと、見るとシアが目を丸くして、オレの皿を見ていた。


 食う速度が違うからな。


「シアは早食いするなよ?」


 オレの早食いは習慣になっている。


 身体に悪いことは分かっているのだが、彼女の護衛をしている間は直すわけにはいかない。


 兄貴のように時々、栄養だけ摂れれば良いという食事になるよりはマシだろう。


「分かっているよ。早く食べちゃうのは勿体ないもんね」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、そこじゃない。

 そういう意味でよく噛むことを推奨しているわけではないのだ。


 でも、満足そうにゆっくりと食事を進めている彼女を見ると、オレはそれ以上、何も言えなくなるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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