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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1969/2805

本当に感謝

「まるで、お誕生会みたいだ」


 そんなわたしの言葉に……。


「なんだそりゃ」


 ヴァルが笑った。


「いや、妙に御馳走だから」

「期待してろって言っただろ?」


 確かに言った。


 気まずい雰囲気に耐えかねて、わたしが「お腹がすいたから戻りたい」と言った時に。


 でも、まさか、戻ったら既に料理が並んでいるとは思わなかった。


 並んでいるのはサンドイッチのようなものとか、薄切りのお肉がのったサラダとか、薄切りのお肉に何かかかっているのとか、まるで、人間界のレストランのような料理だった。


 これで、ケーキとかが出てきたら、完全にお誕生日会である。


「いつ、準備したの?」

「朝飯と一緒に。メニューは考えていたからな。冷えても美味いやつって」


 彼が出入り口で待ち合わせたのはこれが理由だったのか。


 しかも、わたしが朝ご飯の食器を戻す時には既に、隠されていたらしい。

 だから、気付かなかったのだ。


「シアが好きなスープもあるぞ」


 さらに温められたスープが出てくるとか。


「いろいろ、準備させてごめんね?」


 考えてみれば、「一日限定恋人」をお願いしておきながら、わたしの方は何もしていないのだ。


 一日の計画は全部、ヴァルが事前に考えてくれた。


 わたしからやった恋人らしいことって、気まずい雰囲気のきっかけになってしまった衝突(口付け)ぐらいではなかろうか?


「何が? オレは好きでやっているから、気にするな」


 だが、優しい一日限定恋人さまは笑顔でそう答えてくれる。

 それも嬉しそうに。


「ほら」


 そう言って、グラスを手渡された。

 そのグラスには既に桜色の透明な液体が注がれている。


「これ、お酒?」


 それを受け取りながら、ヴァルがわたしにそんなものを飲ませるとは思えないけど、聞いてみた。


「いや、混ぜ物だけど清涼飲料水(ジュース)だ。酒精はない」


 やはり、アルコールは入っていないらしい。


「つまりは、ミックスジュース?」

「そうなるな」

「薄いピンクで綺麗な色だね」

「おお、だから、今日はコレにした」


 そう言いながら、彼が優しく微笑んだ。

 そこには湖にいた時のような気まずさはない。


 凄く気になっていたんだ。


 せっかく、楽しかったのに、わたしの不用意な行動で、彼を怒らせてしまったんじゃないかって。


 だから、その仕返しに、治癒魔法を口でするなんて意地悪な手段を選んだんじゃないかって。


 でも、戻るようにわたしが声をかけた時のヴァルの顔は、少し安堵したような顔をしていた。


 自分でもやり過ぎたって思ってくれたのだと思う。

 それに、暗い崖の下へ降りる時も、いつものように優しく抱き抱えてくれた。


 怒った様子もなかったのだ。

 わたしの方も、それで安心できた。


 せっかく、今日一日は恋人なのだ。


 だからといって、一日の最後に喧嘩別れのようなことは望んでいない。


「どうせなら、恋人らしく乾杯でもするか?」


 ヴァルがそんなことを言ってきた。

 彼の手にはわたしと同じ色の液体が入ったグラスがある。


「え? この世界にも乾杯の文化ってあるの?」

「あるぞ。グラスを当てない国もあるが、この国は軽く当てるな」


 それは知らなかった。


「掛け声は『乾杯』?」

「掛け声じゃなくて、食事前の挨拶だな」


 挨拶なのか。

 そんな意識はなかった。


「国や相手によって異なるが、この国では、グラスを当て合う時に相手を褒めたり、恋人相手なら口説き文句を口にしたりする」

「『君の瞳に乾杯』的な?」


 乾杯の時の口説き文句なら、これが定番だろう。


「『Here's looking at you, kid.』は、人間界でもかなり古くねえか?」


 ヴァルが苦笑したが……。


「ぬ?」


 何故に唐突なライファス大陸言語?


「面白くてちょっと気障な訳だよな。本来は、ちょっとニュアンスが違うのに」


 どうやら、元ネタらしい。

 確か、映画だっけ?


 わたしは漫画で使われていたという印象しかない。


「えっと、ヴァルを褒めれば良いの?」

「おお。当てると同時にオレもシアを褒める」


 同時になのか。

 あまり、大きな声で言うと、ヴァルの声が聞こえないな。


 そして、わたしはなんて言おう?


 褒めるか。

 口説くか。

 それが問題だ。


 うん、()()()()()()()()か。


 せっかく、一日限定恋人なのだ。

 いつもはできないことをしたい。


 そして、それに気付かれない方が良いだろう。

 さっきみたいに変に気まずくなっても困る。


 早口で言おう、早口で。

 個人的には感情を込めたいけれど、早口にするなら込めない方向で。


 ヴァルからの褒め言葉は気になるけど、こんな機会は滅多にないからね。


「良し! 決めた」

「随分な気合の入りようだな」

「ヴァルも決めた?」

「オレはそんなに考える必要が無い」


 もう決まっているらしい。

 ぐぬう。


 でも、彼のことだ。

 こういったことに手を抜くことはしないだろう。


 そして、わたしも全力で臨む!!


「では」


 ヴァルがグラスを出して、妖艶な笑みを向ける。


「勝負!!」


 わたしも受けて立つ。

 グラスを当てて、互いの胸の内を勢いよく吐き出す。


「風をいたみ岩うつ波のおのれのみ砕けてものを思ふころかな」

「You’re my treasure, the most precious thing in my life.」


 なん……、だと?


 だが、同じような顔をヴァルもしている気がする。


 言い終わりもほぼ同じだった。

 つまりは、ほとんど聞き取れていない。


 それは彼も同じだと思う。


「ライファス大陸言語に切り替えるなんてズルい!!」


 だが、そう叫んだわたしは悪くない!!


 一部の単語しか拾えなかった。

 最後は多分、「life」だ。


 そして、「love」、「like」系の分かりやすい言葉はなかったと思う。


 でも、ヴァルがわざわざライファス大陸言語に切り替えて口にしたってことは、口説き文句系だと思う。


 だが、性格上、真っ向勝負はしなかったとみた!!


 褒めることはできても、口説くのは照れが入るのだろう。

 現に、顔は紅い。


 ああ、なんで、わたしのヒアリングは悪いのか!?

 せめて、聞き取れていれば、後でなんとか翻訳はできたのに!!


「お前こそ、今のなんだ? 短歌か!?」

「秘密」


 そう問われて、本当のことを言えるはずがない。


「お前も十分、ズルいじゃねえか!!」


 うん、それは認めよう。

 わたしもズルいと。


 選んだのは、百人一首の確か、48番だったと思う。

 自信はない。


 それを詠んだのは、(みなもとの)何某さん?

 百人一首は源さんが多い気がする。

 あと、時代的に藤原さん。


 そして、彼が教えてくれない以上、歌もその意味もわたしが教えるつもりもない。


「乾杯も済んだから、飲もう?」


 わたしは笑顔で手にしたグラスを揺らす。


「この女~~~」


 そう言いながらも、ヴァルはグラスを煽った。


 わたしも口を付ける。


「あら、美味しい」


 甘酸っぱい。

 色は桜色だけど、味は梅のジュースに似ている。


「オレが不味い物をお前に呑ませるとでも?」

「不味い物ではなくても、睡眠薬なら飲ませると思っている」


 でも、今は夕食だ。


 この時間帯に彼が睡眠薬を盛るとは思っていなかった。

 食事はしっかり取れと言ってくれる人だから。


 警戒すべきは夜が更けた頃だろう。

 それまで、一緒にいるかは分からないけれどね。


 そのまま、手を合わせて「いただきます」と言う。


 「乾杯」が既に挨拶なら、そのまま食事に入っても良いとも思うのだけど、なんとなく、習慣だから仕方ない。


「うわあ~、美味しい」


 サンドイッチのような物は何度も食べたことがある。

 水尾先輩に非常食として渡されることも多い。


 だけど、この薄切り肉がのったサラダは初だ。

 既にドレッシングはかかっているけど、お肉をのせて、よく味が崩れないと思う。


「満足いただけたようで何よりだ」


 わたしよりも量が多いと言うのに、瞬く間に、彼のお皿から消えていく。

 早いな~といつもながら感心していた。


「シアは早食いするなよ?」

「分かっているよ」


 早食いは健康に悪い。

 そして、太る。


 何度も言われた言葉だ。


「早く食べちゃうのは勿体ないもんね」


 これは味わって噛み締めて食べるべきものだ。


 料理が難しいこの世界で彼は本当によくいろいろな料理をわたしに作ってくれる。


 本当に感謝なのだ。

主人公が選んだのは、百人一首の「恋の歌」でした。

彼女にしては珍しい選択。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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