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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1967/2804

直球で駄目なら

 楽しい時間はあっという間に過ぎるらしい。


 ヴァルと他愛のない会話を続けているうちに、湖の畔に咲いているミタマレイルの花に、光が灯り始めた。


 どうやら、日が暮れたらしい。


「うわ~、今日も綺麗だ~」


 人の感情を吸って咲く花。

 今日のわたしの感情もいっぱい吸ったのだろうか?


「シアの方が綺麗だよ」

「お約束だね」


 これはなんとなく予想していたので大丈夫だった。


 社交辞令、社交辞令。

 わたしは「綺麗」と称されるタイプではないからね。


 社交辞令(大丈夫)社交辞令(大丈夫)

 これぐらいで動揺はしない。


「濃藍の髪が光に照らされ、凄く幻想的に見える」

「ほへ?」


 あれ?

 なんで、手が伸びてきたの?


「これが、本来の黒い髪なら、この場にいるシアはもっと綺麗だったんだろうな」


 さらに頬を軽く撫でられる。


 ほげえええええええええっ!? と叫ぶのは我慢した。


 この男、こんな場面でさらに手を変えてきた……だと!?


 直球で駄目なら、変化球。


 そうだね。

 ある意味、お約束だね。


 日頃、有能な護衛をやってくれている彼が、たった一手であるはずがないのだ。


 二、三手ぐらい準備していても(おどろ)か……、やられた方はめちゃくちゃ驚くわ!!


「勘弁してください」


 頬に当てられた手をこれ以上動かされないように、両手で掴んで止める。

 そして、なんとかそんな声を絞り出した。


「勘弁? 何故?」


 分かっているだろうに、ヴァルはそう問い返す。


「あまり褒められると恥ずかしいです」


 顔を上げられない。


 恐らく、揶揄うような顔をしていると思うけれど、昼間、散々向けられたような甘い笑みを浮かべられていたら、直視できる自信はなかった。


「本当のことなんだがな」

「綺麗なんて、言われ慣れてないので……」


 特に彼から言われることはなかった。


 髪や肌、歌を褒められたことはあるが、それとこの場合の「綺麗」は多分、違う気がする。


「そうか? オレはシアのことを綺麗だと思っているぞ?」


 それが本当ならどれだけ嬉しいことだろうか?


 でも、これは一日限定恋人だから言ってくれる台詞だと分かっている。


 普段の彼は揶揄い目的の「可愛い」ぐらいしか口にしてくれないから。


「いやいやいや、いくら何でも、この景色と比較できるほど綺麗なわけないでしょう?」


 こんな景色に匹敵するほど綺麗だと言い切れるような人間は、世界広しといえど、美貌の大神官さまぐらいだと思う。


 どうでもいいけど、「せかいひろし」って日本人みたいな名前だよね?


「比較とは違うな。相乗効果だよ」

「ぬ?」

「幻想的な場所にいるから、シアがより綺麗に見える」

「ほぎゃっ!?」


 落ち着け、自分。

 これは一日限定恋人であるシアに対してヴァルが言った言葉だ。


 それを()に受けるな!

 絶対に罠でしかない!!


「このまま、この光の中に消えてしまいそうで怖くなるぐらい」

「ふえっ?」


 そんなむず痒くなるような台詞をわたしの頬や髪を撫でながら言うな~~~~っ!!


 なんだ、この詩人(ポエット)!!


 いや、いっそのこと、風属性(ハリケーン)詩人(ポエマー)と呼ぶぞ!?


「シア? 今、かなり酷いことを考えてないか?」

「ふぎょえっ!?」


 至近距離!?

 ちょっと、至近距離すぎる!!


 両頬を掴んだ上、顔、近づけすぎ!!

 美形の顔が近いのは本当に怖い!!


 正視できなくて、思わず、わたしは目を瞑る。


「シア、ここで目を瞑るな」

「無理無理無理!!」

「誤解されるぞ?」

「誤解?」


 そんな不思議な単語を言われて、薄っすらと目を開ける。


 そこにはいつもの銀髪碧眼の美形が、ちょっとだけ困った顔をしていた。


「客観的に状況を考えようか? シアが今の状況を頭の中で絵にしてみろ?」


 客観的に、絵に……?

 咄嗟にそんな「お題」を与えられて、考えてみる。


 目の前の美形(ヴァル)が少し屈むように、シア(わたし)の両頬を至近距離で掴んでいる。


 周囲は幻想的な風景。

 これと似たような図を、わたしは何度も俯瞰風景で視せられた。


 銀髪碧眼の美形が屈みながら、金色、紫の瞳のお姫さまの頬や顎に触れる姿。


 あの人が、彼女の顔に触れると、それを待っていたかのように、あのお姫さまは目を閉じる。


 そして、重なり合う二人の姿。

 違うのは、わたしの髪色と瞳の色。


 だけど、今の図はあまりにも似ていて、わたしの顔が朱に染まったのが分かった。


「理解はできたか?」

「う、うん」


 それを口にするのが精いっぱいだった。

 確かに、誤解を招く行為だ。


 だけど、「誤解」と言ってくれたということは、彼は、わたしにそんな気がないと知っている。


 それに気付いて、わたしから力が抜ける。


「そこで笑うな」

「ほへ?」


 力と共に、気を抜いたわたしは笑っていたらしい。


「オレが悪い男なら食われるぞ?」

「……()?」


 わたしが疑問を浮かべると、彼は少しだけ顔を横に向けて、大きく息を吐いた。


 そして――――、さらに顔を近づけてきた。


 ()ける暇もなかった。

 わたしの口角に近い場所に柔らかい物が触れる。


 さらに……。


「ふぎょっ!?」


 頬に湿り気があって柔らかくも生温かい物が滑るような感触があった。


「こんな風にな」


 舌を出しながら、彼は離れる。


「な、なっ、なっ!?」


 その場所に触れると、湿り気と、空気に触れている所から乾いていくような感覚。


 あまり、化粧をしていなくて良かった。


 いや、違う!!

 今、わたしは、限りなく口に近い部分にキスされた上、舐められた!?


 そのまま、へなへなと座り込む。


「お、おい!?」


 わたしから力が抜けたことに驚いたヴァルが、先ほどまでの表情から、一変して、いつもの護衛の顔に変化する。


 ―――― 今だ!!


 ヴァルが近付き、わたしの方へ手を伸ばしてきた隙に、わたしは、そのまま彼の顔に()()する。


 うん。

 勢い付け過ぎた。


 速度を重視したために、距離とか、いろいろ間違えたことは分かる。


 でも、悔いはない。

 やられたことはやり返したのだから。


(いって)え~~」


 ヴァルが、自分の顎と口を押えている。


「…………って、お前、何、考えてんだよ!?」

「ずっとやられっぱなしだから、そろそろ、やり返したくって」

「やり返すって、お前、今……」

「ヴァルと同じで口は避けたよ?」


 わたしは反撃とばかりに、彼の顎を狙って突進した。

 ちょっと勢いが付きすぎたことは認める。


 そこまでしなければ、彼に当てることなどできないと思ったのだ。

 有能な護衛は躱すだろう。


 だけど、顎に口付けって結構、難しいね。


「阿呆!! ()()()()()()()()()()()()()()わ!!」

「ほげ?」


 あれ?

 距離だけでなく、目測も誤った?


 でも、勢いよく衝突したために、唇独特の柔らかさなど感じなかった。


 どちらかというと、硬くてわたしも痛かったほどだ。


 口の中も一部、噛んだというか口内の柔らかい部分に歯が当たってしまったような痛みがある。


 血の味はしないから切ってはいないと思うけど、口内炎になりそうなぐらいの痛みだ。


「ありゃ、ごめん」


 だけど、ヴァルにはちょっと申し訳ないことをした。


「口に当てるつもりはなかったんだよ」


 それは仕返しとしてはやり過ぎだろう。


「随分、軽いな」

「あれ? もしかして、嫌だった?」


 先に、わたしに対してやったことを考えれば、そこまで嫌がられるとも思っていなかったけれど、流石に口は嫌だったかな?


「……嫌じゃねえ」


 彼が治癒魔法を自分に使いながらそう言った。

 でも、その行動が、思ったよりも衝突が激しかったことがよく分かる。


「ヴァル、大丈夫?」


 治癒魔法を使うほどの怪我をさせるつもりなんてなかった。

 わたしはどれだけ勢いが良かったんだ?


「……シアは?」

「へ?」

「オレがこれだけ痛みを覚えるんだから、お前の方も相当、痛いんじゃねえか?」

「そんなに痛いの!?」

「おお。兄貴から頭突きを食らった時みたいだ」


 頭突きと同レベルの口付け。


 それは、かなりの凶器ではなかろうか?


「ご、ごめん」

「顔」

「ふえ?」

「顔出せ。シアは自分で治せないだろう?」


 わたしは、自分で自分を治せない。


 他者に治癒魔法を使うとふっ飛ばし攻撃もセットになる。


「お願いします」


 そう言って、わたしは彼に顔を向けると、両頬を掴まれる。


「シアが負けず嫌いなことは知っているが、オレも()()()()()()()()()な男なんだよ」

「ぬ?」

「だから、今回は素直にやられたままでいろ」


 そう言いながら、彼はわたしに唇を重ねたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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