表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1966/2805

素直になれない

「疲れた~」


 わたしはその場に座り込む。


「まあ、魔法の使い方からすれば、どう見ても、シアの方が疲れるよな」


 飲み物を差し出しながら、ヴァルは笑いながらそう言った。


 「ゆめの郷(トラオメルベ)」で、雄也さんと魔法勝負と言う名のソフトボール勝負をした時もそうだった。


 あの時はわたしの方が早く魔法力が尽きてしまったのだ。

 そして、今回もそうだった。


 いや、今回は魔法力が尽きたわけではなかったのだけど、彼の方が「そろそろやめよう」と判断したのだ。


 集中していたわたしはあまり気付かなかったけれど、ヴァルが声を掛けた時点でわたしの方が魔法力の五割をきっていたらしい。


 因みに彼の方はまだ余裕があったそうな。

 ちょっと悔しい。


「変身も解除してくれるか? オレはシアの姿が見たい」

「これもわたしだよ?」


 言われて思い出した。

 今のわたしは変身魔法で自分の中学時代の姿になっていたことに。


 この髪の重さがちょっと懐かしい。


「それは『高田栞』の中学時代の姿だろ? オレが一日付き合うと決めたのは、シアだよ」

「ぬう」


 彼の言うことも一理ある。


「でも、この姿も可愛くない?」


 今よりも幼い姿だ。


 まあ、個人の主観となるが、本来の自分の姿よりは一般的に見ても可愛いと言えるのではないだろうか?


 幼いは可愛い。

 いろいろ複雑だ。


「その姿が可愛いことは認めるが、オレは、今のシアが見たい」

「ふぐっ!?」


 認められちゃったよ。


 いや、この時代のわたしには会っていないはずだけど、それでも小学生時代のわたしとも、中学三年生卒業間近のわたしとは出会っているのだ。


 それって、彼は、わたしのことを可愛いと思っていたってことなのかな?


 考え過ぎ?

 自惚れすぎ?

 いや、単純に4歳も年下の少女の姿が可愛く見えているだけ?


 そっちの方が有力だ。


 以前、彼らのアルバムを見せてもらう機会があったけれど、九十九も雄也さんもどちらも可愛いと叫んでしまった。


 今の彼らを知っていても、それより幼い時代の彼らは可愛く見えたのだから、年の差があればごく普通の容姿でも可愛いと感じるものなのかもしれない。


 いや、美形兄弟の幼い頃は、やはり可愛かったのは事実だけど。


「解除」


 わたしは素直に変身を解除した。

 見慣れた手足と、見慣れつつある濃藍の髪の一部が目に入る。


「戻っちゃった」

「残念そうだな」

「懐かしい服だったからね」


 可愛くはないユニフォームだった。


 他校のちょっとお洒落な感じのショートパンツっぽいユニフォームに憧れた時期もある。


 まあ、スライディングすることを考えたら、ロングパンツ系の方が良いとも思ったけれど。


 土の上は歩き易くても、石畳とかアスファルトのように硬い地面の上を歩くと変な感覚がする(スパイク)だった。


 それなのに、着る機会がなくなると自分の身体に大きな穴が空いたような感覚になったことを思い出した。


「また変身すれば良いじゃないか」

「いや、ソフトボールする時以外であの服装になる気はないからね」


 ただ見たいという感情だけで変身すれば、本当に仮装(コスプレ)となってしまう。


 それは、あの頃の思い出を自分の手で壊してしまう気がして嫌だった。


「じゃあ、またすれば良い」

「そうだね」


 簡単に言ってくれるが、彼が本心からそう言っていることも分かる。

 そんな機会があるかどうかは分からないけれど。


 ヴァルから手渡された液体を飲む。

 ちょっと塩分と甘みがあって、スポーツドリンクっぽい。


 それを意識しているのかもしれない。


「これ、何?」

「普通、口にする前に聞かないか?」


 ヴァルが苦笑する。


「ヴァルがわたしに睡眠薬以外のモノを盛るとは思っていないから」

「それだけ聞くと、オレはかなり酷いやつだな」

「え? 自覚、なかった?」

「ねえな。必要な時しか、使ってねえし」


 少なくとも、主人に同意なく、睡眠薬を飲ませようとする護衛は酷いとわたしは思う。


 確かに素直に寝ようとしないわたしも悪いとは思うけど、それでも酷いものは酷いのだ。


「それは、『キチケリィナ』の実の果汁だよ」

「鬼畜な実の果汁?」

「どんな耳だ? 果物ジュースだよ」


 そんなことを言われても、そう聞こえたのだから仕方ない。


「スポーツドリンクに似ているよね?」

「塩分と糖分、水分補給目的だから、似たようなものだな」


 ヴァルは少し考えてそう答えてくれた。


「でも、シアならいちいちオレに聞かなくても、識別できるだろう?」

「識別結果は覚えていられないけど、ヴァルの言葉なら記憶する努力はできるから」


 魔法を使って識別するよりも、これをくれたヴァルに教えてもらいたかったからだとは、言えなかった。


 わたしは「一日限定恋人さま」相手にも素直になれないらしい。


「いや、そこはちゃんと記憶しておけよ」

「カタカナを覚えるのって苦手なんだよ」

「知ってる」


 そう言いながら、ヴァルはわたしに優しく笑いながら……。


「大陸言語に使われている文字も苦手なのに、一生懸命覚えようと努力していることもオレは知っている」


 さらに頭を撫でてくれた。

 髪型が崩れないように気遣いながら。


「オレはシアの努力を尊敬している」


 そう言われて頬が緩まない人間などいるのだろうか?


「いや、まだまだだよ」


 だけど、わたしはぐっと我慢して、ヴァルを見る。


 少なくとも、わたしの努力は、今、頭を撫でてくれている人の足元にも及ばないだろう。


 そして、彼がどれだけ努力しているのかをわたしは知らない。


 だけど、わたしのために何でも挑戦すると言ってくれた人の前で、情けない表情をさらすことなどできなかった。


「どれだけ頑張る気だ?」

「少なくとも、わたしのことを『尊敬している』と言ってくれた人に負けないぐらい頑張らないと」


 顔向けができないではないか。


「もう十分だとオレは思っているんだけどな」


 努力することが日常習慣の人はそうやって、わたしを甘やかそうとする。

 だけど、そんな誘惑には負けない!!


「自分が足りないと思っているんだから、まだまだいけるよ!!」


 わたしはそう言い切った。


 ヴァルは一瞬、目を見張ったが……。


「無理しない程度に頼む」


 柔らかく微笑みながらも護衛らしい言葉を口にする。


「ヴァルもだよ。無理しないで、いつもちゃんと寝てね」


 放っておくと、片付いていない部屋で何日も徹夜しようとする護衛。

 でも、いつもわたしに「早く寝ろ」というのだから、呆れてしまう。


 彼に、定時になったら睡眠薬を飲ませる方法はないだろうか?


「善処はするよ」

「それはしないやつだよね?」

「前向きに検討する」

「それもしないやつだよね?」


 どこのお役所かな?

 あるいはお偉いさん?


「眠っている時間が勿体ないって思うんだよな」


 ヴァルは困ったようにわたしの頭から手を離す。


「寝ないことが、健康に悪いのは重々、承知しているよ。だが、シアを護るためだ。ある程度は見逃して欲しいとは思っている」

「わたしを護るため?」

「ああ、シアを護るには、まだまだオレの知識も能力も全然、足りない。だけど……、時間は待っちゃくれないからな」


 自嘲するような笑い。


「そんなことない。ヴァルは十分すぎるほどやってくれてるよ」


 彼がいなければ、わたしはここにはいない。

 それだけは事実だ。


「自分が足りないと思っているんだから、まだまだオレもやれるんだよ」

「うぐうっ」


 さっきわたしが言った言葉をそのまま返されてしまった。


「それにシアも、護ってくれるのは足りない男よりも、完璧な男の方が良いだろ?」

「どうだろう? 完璧な人が近くにいると、緊張しそう。失敗もできない気がする」


 わたしがそう答えると、ヴァルは少し考えて……。


「兄貴とオレなら、どちらが護衛として安心できる?」

「ヴァル」


 考えるまでもなかった。


「あ? え? そうなのか?」


 だけど、わたしの答えを聞いた彼は分かりやすく動揺する。


 あれ?

 なんで?


 見ていると分かると思うんだけどな。


「個人的には二人を比較とかはあまりしたくないけどね。安心という意味なら、わたしは雄也よりもヴァルの方が落ち着く」


 正直な所、どちらにも一長一短あるのだ。


 そして、どちらも護衛として完璧かと問われたら、ある意味どちらも護衛としては安心できない部分があると答えるしかない。


 時々、主人に一服盛る弟と、定期的に主人を試す(嵌める)兄。


 わたしは、何度護衛が一番危険人物だと叫んだことだろうか?


「やっぱり、昔から知っているという安心感は大きいんだろうね」


 記憶を封印する前ならともかく、封印後のわたしは、雄也さんとの付き合いが三年と少ししかない。


 でも、ヴァル(九十九)は、小学校時代からの付き合いなのだ。

 合計すれば、十年近くにも及ぶことになる。


 その差はやはり大きいだろう。


「そうか……」


 それは小さく呟かれた言葉。


 でも、そんな彼の口元が少しだけ弧を描いていたのを、わたしは見逃さなかったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ