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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1963/2805

自分が好きなこと

 パシッ!!

 ぱぁんっ!!


 小気味いい音が続く。

 皮に収まる音が酷く懐かしくて心地よい。


「何度もやった魔法勝負のせいかな? ちょっとマシに戻ったっぽい」

「それは良かった」


 少し前は制御できなかったが、だいぶ、落ち着いたらしい。


 まあ、もともとコントロールが良いわけではないが、あそこまでバラバラになるほど酷くもなかった。


 何の話か?

 キャッチボールの話である。


 昼食を食べ、城下の森に戻った後、ヴァルから、グラブを渡されたのだ。

 その目的は一つしかなかった。


 わたしが心の底から喜んだのは言うまでもない。

 だが、こんなことなら、自分で森の中を歩けば良かったとも思う。


 ウォーミングアップに丁度良い距離だったのに。


 だが、ヴァルに抱えられて戻ったから、早くキャッチボールを始められたと思えば、この結果も悪くはないのだろう。


「は~、楽しい!!」

「ご満悦だな」

「それはもう!!」


 彼が、今日のデート内の計画に、わたしが好きなキャッチボールを組み込んでくれたことも嬉しい。


 自分の好きなことを覚えていてくれるって、それだけで、好感度がぐんぐん上がっちゃうよね?


 わたしだけ?


 いやいやいや、昔やった恋愛育成ゲームでもそうだった。

 相手が好まない答えを返すと、公園でデートしていても、すぐ帰られちゃうけど。


「ヴァルが付き合ってくれるのも嬉しい」


 素振り、筋トレは一人でできても、キャッチボールは一人ではできないのだ。

 壁に向かってボールを投げても、決定的に何かが違う。


 まあ、だからと言って、部活のメンバーが制服で集まっても、そこにグラブがあればキャッチボールを始めると言い出すのは、どうかと今なら思うのだけど。


 ヴァルが言うように、わたしたちの部活にはソフトボールだけでなく、「慎み」というものまでぶん投げている女子中学生が多すぎた。


 心と身体の成長期である中学時代がそんな環境にあったのだから、わたしに「慎み」というものが欠けているのも仕方ないね、うん。


「本当にその格好のままで大丈夫か?」


 わたしにボールを放りながら、彼が確認する。


 確かに裾が広がるし、スカートほどの自由はないけれど……。


「大丈夫だよ」


 せっかく、珍しい格好をしているのだ。


 ちょっと動きにくいぐらいは何も問題にならない。


「でも、オレは気になる」

「ほよ?」

「今だけ、着替えてもらえないか?」

「分かった」


 こちらは気にしていないけれど、一日限定恋人さまが気にするなら、そこは仕方ない。


 それに、わたしは一日限定でも相手を恋人として見て、イチャつくという器用なことはできないらしい。


 それについては、ヴァルも同じタイプだと勝手に思っていたけれど、今日一日で、それは思い違いだったことに気付いた。


 彼は、望めば、わたし相手でもイチャつくことは可能らしい。


 相手の望みに合わせて、自分を切り替えられるなんて、本当に有能で万能な殿方だ。


「じゃあ、服を出してくれる?」


 わたしの私服は一部を除き、彼が管理してくれている。


 わたしが収納魔法、召喚魔法を使えるまではそのままだろうけど、そろそろ、自分で何とかしないといけない時期ではある。


 彼らがいつまでも、わたしの世話を焼いてくれるわけではないのだ。


「そのことなんだが、例の変身魔法を使いながら、キャッチボールは難しいか?」

「おおう。その手があったか」


 変身魔法はわたしの私物から取り出す召喚魔法とは全然違うものだ。


「多分、大丈夫だよ。一度、変身したら、意識しない限り、簡単に解除できないっぽいから」

「シアの能力は、本当に規格外だよな」


 そんなことを言われても、変身ってそんなものじゃないだろうか?


 確かに世の中には3分間しか変身できない特撮ヒーローや、道具を使って一時間だけ現実の人間に変身できる少女漫画のヒロインとかの話もあるけれど、わたしにそんな制限は今のところ、ないようだ。


「でも、どんな姿に変身すれば良い?」


 できれば知っている人間でお願いしたい。

 イメージできなければ多分、上手く変身できない気がする。


「じゃあ、シアがソフトボールをしやすい格好だな」


 特に理想の姿はないらしい。

 本当にわたしのことを気遣って……、ということだろう。


「ソフトボールしやすい格好……か」


 その中でもわたしが変身できる姿となると、かなり限られてくる。


 単純に動きやすい服装というわけではない。

 イメージできなければ、駄目なのだ。


 それなら……。


「いっきま~す!!」


 気合を入れて……。


「変身!!」


 ポーズを決める。


 ()()()()()()()()姿()

 それはもはや、()()()()にある。


 何年経っても思い出せるその姿は、今も色褪せることなく、わたしの脳裏にありありと浮かび上がるのだ。


 だが……。


()()姿()()()()()()


 残念ながら、彼には受け入れられなかったらしい。


 ソフトボールをしやすい姿なのは間違いないのに。


「解せぬ」

()()姿()()()()()()。あと、そこはもっと考えろよ」


 ヴァルが溜息を吐いた。


「なんでシアとのデート中に、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そうなのだ。

 わたしが変身した姿は、ソフトボール中の水尾先輩の姿だった。


 彼がすぐにこの姿を水尾先輩と分かったのだから、しっかり再現はできているらしい。


「いや、わたしの中でソフトボール中の姿って、水尾先輩が最高なんだよね」


 一年生の頃に、監督から彼女の姿をよく見ておくように言われて、ずっと見続けたので、今でもしっかりと思い出せる。


「それでも、オレは他の女を見ながら、お前とデートを続けたくない」

「分かった」


 言われてみれば確かにそうだ。

 そこまで考えなかったわたしが悪い。


 でもそれ以外のメンバーになるのも同じことだろう。


 そうなると、写真や鏡でしかその姿を見たことがないけれど……。


「変身!!」


 そのまま、変身する。


「おおっ!?」


 何故か、ヴァルから驚きの声が上がった。


「本当に(なげ)え……」


 そして、思わず聞こえた呟き。


 なるほど。

 彼は、この姿を見たことはないはずだから、驚くのは無理もないだろう。


 今度は、自分のソフトボール中の姿に変身したのだ。

 その髪の毛の長さに驚いたらしい。


 背中の半分を覆うほどの長さではあるが、この姿ではまだ最長ではない。


 部活を引退してからも髪は切らなかったので、もっと伸びていた。

 彼と再会する直前に切ったのだ。


 でも、その姿を見せたら、ヴァルはもっと驚いてくれるかな?


「それはユニフォームか?」

「うん」


 自分の視界に入る限り、完璧かどうかわからないけれど、ある程度、再現はできていると思う。


 他校のように、可愛い、かっこいい種類のものではなかったが、それでも、公式戦で着るユニフォームで、初めて着た時は、何度も鏡の前にバットを構えるような姿勢をとったものだ。


 袖口に都道府県名が入っていたり、左胸の下部に番号が入っている。

 背中には同じ数字の背番号もあることだろう。


「さっきの水尾さんと番号が一緒なんだな」


 ヴァルもそこに気付いてくれたらしい。


 凄いな。

 胸番号って背番号ほど大きくはないし、目立たないのによく気付いてくれたもんだ。


「守備位置で番号を決めるチームだったからね。水尾先輩とわたしは同じ守備位置だったんだよ」


 わたしは二塁手(セカンド)

 その守備番号は4番。


 わたしがこの4番を受け継ぐ前は、水尾先輩が同じ4番を背負っていた。


 彼女から受け取った時は、軽い布であるはずのそれが、酷く重く感じたことをまだ覚えている。


 本来、同じチームにいたわたしたちが、同じ時に同じ番号を身に着けることはなかった。


 だが、水尾先輩が身に着けているユニフォームのイメージはそれが一番強く、わたしが着ていたユニフォームもその番号に思い入れが深い。


 だから、同じ番号なのだろう。


「シアは二塁手(セカンド)だったんだよな?」

「そうだよ」

「じゃあ、4番がその守備位置の番号ってことなんだな」


 ヴァルは感心したように頷いた。


 野球好き、ソフトボール好きなら当たり前と言っても過言ではない数字。


 だが、彼は本当にそれを知らなかったらしい。


 それなのに、キャッチボールは人並み以上にできる。

 兄の雄也さんがどれだけ偏った教育をしているのかがよく分かる気がした。


 確かにキャッチボールするだけの相手に、守備番号の知識は必要ない。


 そんな会話をしながらも、わたしたちはボールを投げ合っている。

 たったそれだけの行為なのに、口元が緩むのは抑えきれない。


 ―――― ああ、楽しいな


 素直にそう思えた。


 ソフトボールができなくなって久しい。

 それなのに、わたしはまだこんなにもソフトボールが好きなのだ。


 でも、願うなら……。


「シア」


 そんなわたしの考えを読むかのように……。


「そろそろ、ボールを打ちたくないか?」


 銀髪碧眼の美形は笑顔のまま、わたしを更なる桃源郷へと(いざな)うのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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