城下の美味い店
「見事に味、重視!!」
わたしは、料理を口にしながら、そう言うしかなかった。
「デートに不味い店を選ぶって、最悪だろうが」
目の前の銀髪碧眼の青年は、いつもの口調と表情でそう言った。
さて、今、九十九……、いや、ヴァルに連れられて、入ったお店にて、美味しい昼食を頂いております。
「カレーに似ているね」
「作り方はかなり違うはずだが、似ているだろう?」
独特の香辛料が混ぜられた複雑で食欲をそそるような香りと、刺激のある辛さ。
見た目はグリーンカレーっぽい感じのその料理は、間違いなく、人間界の料理の味に慣れた人でも受け入れられるような味だろう。
主食がライスではないので、カレーライスと言えないのが残念だが、このナンを思い出すようなイタパルクという平たいパンのような物も、美味しいから問題ない。
「うわ~、この世界でもこんな味の料理があるんだね~」
「おお、美味いよな」
自分が褒められているかのように嬉しそうに笑う青年。
「ヴァルが作ってくれるカレーとも違うね」
「まあ、オレのは人間界のカレーに似た料理で、ここの店のは、オリジナルだからな。こっちの方が本当にすげえよ」
「でも、わたしはヴァルが作ってくれるカレーが大好きだよ」
できる限り、あの世界の味と見た目に近付けようとする努力は、本当に頭が下がる。
この世界で料理する難しさを知ってから、特にそう思うようになった。
だから、わたしは彼の料理が好きなのだ。
しかも、カレーライスっぽく作ってくれる。
これ、大事。
「プロと比べるな」
「比べたわけじゃないよ。コレとヴァルの料理は全く別物だから」
この世界の料理法則を知って、人間が食べられる味にしたこの店の料理人と、別の世界の料理を知って、作り方すら違うのに、それに近付けようとする彼では、全く料理の方向性が違うだろう。
どちらの方が凄い!! ……ではなく、どちらも凄い!! なのだ。
「でも、こんな店、よく、知ってたね」
彼はこの国出身ではあるが、城下にはそこまで出ていなかったと聞いている。
さらに、この世界に戻ってからも、最初に入った店はあまり美味しくなかった。
そして、食事は自分で作る主義だから、食べに出ていたとも思えないし、そんな時間もほとんどなかったと思う。
それなら、一体、いつ、この店を知る機会があったのだろうか?
「あ~、セントポーリア城で聞いた」
「ほ?」
「セントポーリア城には城下に住んでいて、移動魔法を使った通いの人間もいたからな。文官たちの中でも人気がある店らしい」
「ほほ~」
そんな所に情報のツテがあったのか。
わたしが知らない間に、交流を深めていたのかな?
「それで、一度だけ食べに来てみて、美味かったから、ここをシアに教えたかったんだよ」
「なるほど……」
既に視察済みだったのか。
確かに、彼が評判だけで、味も知らない店にわたしを案内するとも思えない。
「でも、いつ、来たの?」
セントポーリア城の文官たちから話を聞いたのなら、少なくとも、今回、この城下に来てからの話だろう。
だが、そのほとんどは食事を含めてわたしと一緒に過ごしている。
夜、出掛けた様子もあまりない。
「お前が寝込んでいる間。文官に連れられて」
「ほ~」
なるほど。
わたしが熱を出して、母に甘えていた期間らしい。
それにしても、随分、仲良しさんになった人もいたもんだ。
警戒心が強いこのヴァルと一緒に食事する仲とな?
どの文官さんだろうか?
「飲み物に薬、混ぜられなければ、もっと味わえたんだがな」
ちょっと待って?
微笑ましい話が、一気に事件性を帯びたよ?
「……異物混入じゃないか」
「あれぐらいの薬でオレを襲おうとか、甘いんだよな」
そこじゃない。
「貞操は無事?」
いろいろなことを考えて出てきたのは、そんな言葉だった。
いくら何でも、動揺しすぎだと思う。
「男相手にも貞操って言うのか?」
「多分、言う」
自信はない。
だけど、夫婦とか恋人とかが互いに護るものだったと記憶している。
だから、間違ってはいないはずだ。
「無事だよ。言っただろ? あれぐらいの薬って」
「いや、服用したの?」
「先に匂いで成分も分かったし、飲んでも効かないって分かった。万が一効いても、オレ、解毒魔法も、中和魔法も使える」
「無事で、良かったね」
突っ込みどころが多すぎる台詞だったけれど、これだけは言える。
ヴァルが無事で、本当に良かった。
寝込んでいたために、彼の身を危険に晒していたら、わたしは自分を呪うことになるところだっただろう。
「相手が無事とは言い難いけどな」
「ぬ?」
「そんなことを企むヤツをオレが野放しにすると思うか?」
ああ、そこでお兄さん譲りの笑み。
彼は間違いなく、雄也さんの弟です。
「ああ、血は見てないぞ。暫くの間、元気がなくなったとは思うけどな」
「……と、言うと?」
「相手の飲み物に薬を混入しただけだ」
薬師志望青年の異物混入。
それは、どう考えても……、いろいろ、うん、仕方ないね。
わたしは思考を放棄することにした。
既にほとんど、お皿から食べる物がなくなった後で、本当に良かったとも思う。
そんなとんでもない話を聞いて、ヴァルのようにおかわりを頼むような余裕など、あるはずがないのだ。
***
「見事に味、重視!!」
その料理を口にした途端、シアはそう言った。
確かに、良い雰囲気になるような小洒落た店ではないことは認めよう。
昼時だが、野郎は多いし、メシの量も多い。
彼女にはハーフサイズをすすめたほどだ。
だが……。
「デートに不味い店を選ぶって、最悪だろうが」
主人に、いや、恋人に食わせることを目的とした場所で、味と安全性を重視しないはずがない。
特に、一度、この国に来たばかりの頃に入った店で外しているんだ。
そう何度も失敗できるはずがないだろう。
「カレーに似ているね」
「作り方はかなり違うはずだが、似ているだろう?」
以前、彼女はオレが作ったカレーが好きだと言ってくれたことがある。
それならば、人間界のカレーに近い味を出す店なら喜ばれる気がして、ここにしたのだ。
「うわ~、この世界でもこんな味の料理があるんだね~」
「おお、美味いよな」
シアが嬉しそうで本当に良かった。
オレの口にはあったが、彼女の口にあうとは限らない。
だから、この笑顔を見れただけでも、この店を選んだ甲斐もあるというものだ。
「ヴァルが作ってくれるカレーとも違うね」
「まあ、オレのは人間界のカレーに似た料理で、ここの店のは、オリジナルだからな。こっちの方が本当にすげえよ」
どれだけの創意工夫があったのだろうか?
この世界で、こんな味に会うのは初めてだった。
個人的には料理方法を聞きたいところだが、残念ながらそんなツテはない。
「でも、わたしはヴァルが作ってくれるカレーが大好きだよ」
シアは嬉しそうにそう言ってくれるが……。
「プロと比べるな」
コレに勝てるとも思っていない。
「比べたわけじゃないよ。コレとヴァルの料理は全く別物だから」
確かに、似た結果になっただけで、同じ物でもない。
恐らくは、元となった食材からして、全く違うものだろう。
「でも、こんな店、よく、知ってたね」
シアは手を合わせながら、そう言った。
もう食い終わったらしい。
やはり、彼女は食事量が少ないようだ。
「あ~、セントポーリア城で聞いた」
「ほ?」
美味い店があると聞いて、耳が反応したのだ。
「セントポーリア城には城下に住んでいて、移動魔法を使った通いの人間もいたからな。文官たちの中でも人気がある店らしい」
「ほほ~」
セントポーリア城内で、料理を食べられるような身分のある文官ばかりじゃない。
昼食は外で食うヤツらも少なくなかった。
まあ、大半は携帯食の持ち込みだったようだがな。
「それで、一度だけ食べに来てみて、美味かったから、ここをシアに教えたかったんだよ」
まさか、こんな形で来るとも思っていなかった。
普通に連れてくる形になると思っていたのだが、結果としては悪くない。
「なるほど……。でも、いつ、来たの?」
「お前が寝込んでいる間。文官に連れられて」
「ほ~」
シアが感心したような相槌を打つ。
「飲み物に薬、混ぜられなければ、もっと味わえたんだがな」
あの時は、なかなか考え無しの輩もいたものだと思った。
まあ、食事に薬を入れなかっただけ、マシだと思うことにする。
「異物混入じゃないか」
「あれぐらいの薬でオレを襲おうとか、甘いんだよな」
入っていたのは、水に溶ける媚薬みたいなものだった。
粉にして、水に溶かすことで効果を発揮する薬草だ。
まあ、「ゆめの郷」で売っているような物よりもずっと効果が薄いだろう。
そして、あれぐらいの薬なら、オレには効かない。
「貞操は無事?」
オレの言葉に、シアも何かを察したらしい。
自分のことには無防備なのに、他人のことには察しが良い。
その薬の目的がソッチだと気付いたようだ。
「男相手にも貞操って言うのか?」
どちらかというと、女に使う言葉だと思っていたが……違うのか?
「多分、言う」
「無事だよ。言っただろ? あれぐらいの薬って」
「いや、服用したの?」
「先に匂いで成分も分かったし、飲んでも効かないって分かった。万が一効いても、オレ、解毒魔法も、中和魔法も使える」
水を飲む前に匂いで分かってしまうような薬を使う辺り、ちょっといろいろ足りてねえと思った。
オレなら、香りと味の強い酒に混ぜて効果を発揮する薬を選ぶことだろう。
尤も、使う予定はないけどな。
「無事で、良かったね」
「相手が無事とは言い難いけどな」
「ぬ?」
「そんなことを企むヤツをオレが野放しにすると思うか?」
それなりの報復をした。
だが、シアの表情が蒼褪める。
これは、良くない。
「ああ、血は見てないぞ」
彼女は他人でも傷付くことを嫌う。
だから、そう言った。
そして、オレは嘘を言っていない。
「暫くの間、元気がなくなったとは思うけどな」
「……と、言うと?」
「相手の飲み物に薬を混入しただけだ」
やられたことをやり返しただけだ。
そして、相手もすぐには気付かなかっただろう。
オレに薬の効果が出ないことを不思議がっていたほどだ。
まあ、数カ月ほど、男としての自信を失わせただけで、その機能を奪わなかっただけ温情だと思って欲しい。
あまりやり過ぎると、目の前の女が悲しむからな。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




