深夜の女子トーク
「う~ん。見張りって言っても、実際、兵たちがこの辺にまで来るわけではないから結構暇だな~」
水尾先輩が溜息を吐いた。
「九十九はずっと続けていたわけですよね……」
でも、九十九のことだから、何らかの暇つぶしはしていただろう。
彼は、主夫だから。
「……少年の身体は大丈夫だったのか?」
「大丈夫じゃなかったから、先日、水尾先輩の策略にあっさり嵌ったんだと思いますよ」
「人聞きが悪いな。あんなの策略のうちにも入らないぞ」
九十九が倒れてから、夜間の見張りは交代して行うこととなった。
但し、九十九に比べて水尾先輩の方が時間は短い。
そこが彼にとっての妥協点だったようだ。
そして、その間、わたしは話し相手として一緒にいることとした。
それについては九十九は怪訝な顔をしていたけれど、わたしには彼を半強制的に叩き起こし、召喚する手段がある。
『通信珠を人に設定。そんなことができるのは知らなかったが……、先輩はやっぱり黒いな』
そう言ったのは水尾先輩だった。
本来、通信珠はお互いの連絡手段、人間界で言う電話と同じようなものらしい。
今のように特定の人間に設定するのはナースコールみたいな状態にする意味は少ないそうな。
因みに九十九は勿論、それを知っていた。
そして、わたしも実は、魔界で生活するうちにそれを知ることとなった。
でも、知ったところでどうしようもない。
魔法を使うことができないわたしは、いつでも誰かに助けを呼ぶしかないのだから。
「深夜でも飛び起きるって相当な音量だな」
「夢の中にまで伝わったらしいですよ」
「あ~、それ、ヤだな……。良い夢だったら恨まれそうだ」
結果として夢魔に目をつけられていた九十九が助かったわけだから、それはそれで使い方次第なのかなとも思う。
尤も、そんな事態は多くないと思いたいが。
「暇だし、恋バナでもすっか~?」
突然、水尾先輩が言った。
「何故?」
「深夜の女子トークって言ったら、恋バナがお約束だろ? 修学旅行とかそれで盛り上がらなかったか?」
「修学旅行……。わたしの部屋、怪談でしたね」
ワカは怖がりなのに、何故かその手の話が好きだったせいかそうなってしまったのだ。
そして、眠れなくなる人が続出するような話を聞いた。
「却下」
「でも、恋バナって……。語れるほどわたし、話、ありませんよ?」
「私もない。だから、高田に一方的に聞きまくろうかと」
「それだと、わたしにメリットが皆無なのですが」
酷い話もあったものだ。
「初恋ぐらいはあるだろう? いつだ?」
どうやら深夜の妙なテンション状態らしい。
逆らっても良いことはないだろう。
仕方がないから、お付き合いしますか。
「初恋……。確認しますが、初めて異性を好きになったってことで良いんですね?」
「それ以外にあるのか? 同性?」
「いや、中学で『恋とは両想いになることだ。だから、両想いではない初恋は認めない』って言う同級生がいまして」
「……アホだろ?」
水尾先輩は身も蓋もないようなことを言う。
「アホとまでは思いませんが、そ~ゆ~考え方もあるのかと感心しました」
「人を好きになったからって必ずしも上手くいくかよ。ってか、上手くいかない方が多いっての」
水尾先輩はそんな実感の籠ったような言葉を呟いた。
「なら、わたしの初恋は小学二年生ですね」
記憶封印以前にあったとしてもそれは知らない。
それは、わたしでもないわけだし。
流石に5歳ぐらいまでに恋心って感情があったとは思えないけど。
「私は4歳」
「ぶはっ!?」
思わず、飲んでたお茶を噴いてしまった。
「ああ、人間より魔界人は早熟なんだよ。初めて人を好きになるのが2、3歳って話もよく聞くな」
「……ということは、記憶のない幼少時代にわたしも誰かを好きだったり?」
「あってもおかしくはないな。大好きな誰かを忘れるために魔界での記憶を全て封印した可能性も……」
「水尾先輩って、何気に乙女な時がありますよね」
「何気にって……。どんなやつだったんだ? その、小2の時のヤツ」
「明るくって元気が良くて、馬鹿みたいに単純で、妙なところで大真面目。困った人を文句言いながらも捨て置けないような子でしたよ」
そこで水尾先輩は不思議そうな顔をする。
「なんか……、そこに料理上手が加わったら……、少年みたいだな」
「九十九ですから」
抵抗無く答えた。
これはワカや高瀬も知っていることだし、別に隠していたいわけでもない。
もう過去のことだし。
ま、本人に知られたらちょっとくらい気まずくはなるかもしれないけど。
「ぶほっ!? ま、マジ!?」
今度は水尾先輩がお茶を噴いた。
「……そこまで反応されるとは思いませんでした。過去のことですよ?」
九十九もわたしもあの頃とはさすがに違う。
確かに少し残っている部分が無いとはいえないけれど、それでもやっぱりあの頃とはまったく違うのだ。
「は~、相手が魔界人、それも自分の幼馴染とは知らずに惚れたわけだ。ある意味、運命的だな」
一人納得している水尾先輩。
本当に乙女な発想だね。
「いや、悪い。てっきり私の知らないヤツだと思っていたから」
「いえ、当時のわたしもこうなるなんて思っていませんでしたから」
当時のわたしだったら、緊張してまともに話せないんじゃないか……と、考えようとして、そんなことは無かったことに思い至る。
小学生の頃の恋愛感情は照れ隠しで相手に攻撃できていた。
中学に入ってからは……、恋愛感情を抱いた相手の反応が怖くなって、近付くのも難しくなった気がする。
「ひょっとして、今も好きだったか? だとしたら、なんか、本当に悪いな。いろいろからかったりして」
どうやら、水尾先輩はわたしたちに恋愛感情がないと思っていたからこそ、ああいった言動をしていたようだ。
「嫌いじゃないですよ。でも、あの頃とは明らかに感情が違いますね」
小学校を卒業し、初恋が思い出になってしまった頃、九十九と再会した。
その時には、わたしももう他に好きになった人がいて、九十九自身も彼女がいた。
その間だけでもお互いにいろいろあっただろうに、一緒に行動することになってからはいろいろありすぎて困ってしまうぐらいだ。
そんな中では甘酸っぱい恋愛感情より、甘くは無い信頼とかが強くなってしまうのはある意味仕方が無いことではなかろうか。
「まあ、ガキの頃と同じってわけにはいかんよな」
「水尾先輩の初恋相手は?」
「良いヤツだったよ。真っ直ぐでクソ真面目ですっげ~頭固かった。でも、目を見張るような凄い力を持っていてそれを鼻にかけないヤツでもあった。現状で満足せずに常に上を向くその姿勢に誰よりも信用し、尊敬の念を抱いていたんだ」
「おおっ!」
その感情が4歳というのが凄い。
確かに魔界人は早熟のようだ。
「ま、頭かち割って終わったがな」
「は?」
あ、あれ?
可愛らしい恋バナから……、一気に不穏な話になってしまったような気が……?
「いやいや、誤解すんなよ。ヤツの頭をかち割ったのは、私じゃなくてマオの方だからな」
「いえ、わたしが気にしたのはそこじゃないのですが……」
ふわふわした雰囲気が、一変して血みどろサスペンスに!?
「いろいろあってだな。そいつが、私たちの信用を裏切る行為に出たわけだ。で、同じくそいつを気に入っていたマオがどかっと鈍器で一撃」
「あ、愛憎劇!?」
「……愛憎劇とは違ったかな。ある意味、暴走したのを止めたわけだし」
「あ……、そ~ゆ~ことですか……」
魔界人には「魔力の暴走」という普通の人間にはない状態異状がある。
それなら、なんとしてでも止めなければならない。
「でも……、頭、かぁ……」
思わず自分の後頭部を撫でる。
「今ほど魔法が使えなかったから、手っ取り早く失神させるにはそれが一番だったんだよ。人間界でもそうじゃねえか?」
「いえ、普通の人間は頭をかち割られたら確実に死ぬんで……」
「……言われてみればそうだな。確かに、普通なら死んでいてもおかしくなかった状況なのか。マオも手加減せずに殴ったみたいだからな。あの赤い絨毯がみるみるうちにその色を変えていくのは未だに忘れられん。よく生きてたな、アイツ……」
どうやら「かち割る」という表現は比喩ではなかったらしい。
恐るべし、魔界……。
「そ、そう言えば、水尾先輩って真央先輩のことを『マオ』って呼びますよね。で、真央先輩の方は『ミオ』と。双子だからですか?」
無理矢理話題を変えてみた。
「あ~、意識したことはないが、双子だからだろうな。先に生まれたのはマオらしいけどそこも気にしてない。でも、一番上の姉貴はシオ姉って呼んでるぞ」
「先輩たちは二卵性双生児なんですよね?」
「多分」
「多分?」
あれ?
人間界では二卵性双生児って言っていた気がするんだけど……。
「魔界は人間界ほど医学の分野が発達していない。だから、母親の腹の中まで見ないんだよ」
「ああ、なるほど」
「個人的には一卵性、二卵性の違いに大した意味もないと思うしな。でも、人間界ではよく聞かれるから不思議だったよ」
双子に対して聞きたくなる気持ちは分かる。
現にわたしもさっき尋ねたわけだし。
双子に対しての会話の取っ掛かりに無難だと思われるからだろう。
「私たちはどう見たってクローンには見えないだろ? 顔は似てるのは認めるけど、いろいろと違うとこも多い。だから、人間界では二卵性と言ってたんだ」
「なるほど……」
この世界には人間界で言う「病院」と呼ばれるような施設はないらしい。
怪我をしたら、身近な治癒魔法の使い手を頼るか、聖堂にいる治癒術師に頼む。
病気になったときは自分や家族でなんとかする……しかないらしい。
身寄りが無ければ聖堂へ行くこともできるが、実質、隔離されるだけの話だとか。
「病気」というものに対する考え方が人間界とは違いすぎると少し前に九十九が言っていた気がする。
「魔界で生まれ育った身としては、人間界では当たり前のように胎内を覗くっていう発想の方が怖かったけどな」
「でも、本来の目的は事前に異常を察するためですよね」
「魔界ではそれも命運ってやつなんだよ。普通に生まれることができなくても、それを受け入れるのが親……だからな」
その言葉を聞いて、ふと思った。
「そうなると、堕胎とかはないんですか?」
「虫も殺さないような顔して高田はなかなかブラックなことを言うよなあ。私もその辺は詳しくないけど、基本的には腹の子を殺すようなことはしないんじゃないか? あ、先輩なら得意分野だろうから聞いてみると面白いかも」
「得意分野って……」
そう言ってキシシッと笑う水尾先輩に、わたしは呆れるしかなかった。
遠く離れた空の下で、こんな風に言われているなんて、まさか、雄也先輩も思わないだろうなあ……。
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