どれが好みだ?
この国に来てから、この城下にも何度か足を運んでいる。
書物館だけでなく、商店街にも。
流石に、一日、三食の全てが保存食生活など、わたしはともかく、九……いや、ヴァルの方が耐えられないだろう。
―――― うぬう、まだ慣れないな
咄嗟の時に本名が出ないように、できるだけ、今日は心の中でも彼のことを「ヴァル」と呼ぶようにしている。
だが、それでも、小学校から数えて十年弱の付き合いだ。
その間、ずっと呼び続けていた「九十九」という名の方が出そうになる。
今の彼が、本来の黒髪、黒い瞳ではなくて本当に良かった。
本来の色ではない銀髪碧眼だから、まだ「ヴァル」と呼びやすい。
それに、今の彼はいつものような護衛の顔をしていなかった。
嬉しさが弾け出るような、「シア」という名の女性を深く愛しているかのような、緩み切った顔だ。
いや、実際、ヴァルの気が緩んでいないことは、森の中での魔法勝負で存分に味わっている。
彼は切り替えのできる男だ。
だからこそ、この表情に頭を抱えたくなってしまう。
わたしに対して、たまに見せていた甘い顔よりもさらに甘さが増すとか、いろいろおかしい!!
そして、彼がこんなに役者だとも思っていなかった。
なんて、シアを愛しているフリが上手いのだろうか?
こんな顔で微笑まれたら、その相手は間違いなく誤解するし、周囲だってそう思うだろう。
なんて、罪作りな男なのか?
そんなことを考えていたら……。
「シア」
「ん?」
不意に声を掛けられた。
「手を離すぞ」
「分かった」
城下の森から出た後、このままずっと繋ぎ続けるかと思っていた手はあっさりと離された。
そして……。
「腕、肩、腰。どれが好みだ?」
そんな不思議な問いかけをされる。
「何の話?」
身体のラインの話なら、迷いもなく肩だろう。
九十九の首筋から、肩、背中にかけてのラインは、本当に筆が止まらなくなるほどの絶品なのだ。
「腕を組むか、肩を抱くか、腰を抱くか」
「腕でお願いします」
自分の思考が少しばかり変態化していたらしい。
そして、わたしたちの身長差を考えれば、肩や腰は難しいと思う。
肩は彼の肘おきになる気がするし、腰は、彼からすれば、わたしの背中に手を置くことになりかねない。
恋人が一緒に歩くというよりも、支えて歩く介護っぽくて嫌だ。
まあ、想像だけで、実際はもうちょっと何かが違うのだろうけど、せっかくの提案だ。
以前、しがみ付いたように、腕が無難だと思う。
「ああ、でも、腕は曲げない方が良いかな」
「そうなのか?」
「うん。肘を曲げられると結構、難しい」
以前、腕を絡めやすいようにやってくれたのだが、これが、意外と難しかったのだ。
曲げることによって、肘の位置が高くなってしまうからだろう。
ぶら下がるって程ではないのだけど、なんとなく、少しだけ背伸びをしたくなった覚えがある。
「うん。これなら大丈夫」
ヴァルの腕に自分の右腕を絡めた。
うん。
曲げるよりは伸ばされたままの方がやはり、良い。
「……大?」
そんなわたしの言葉にヴァルが不思議そうな顔をしながら何かを口にしかけたが……。
「どうしたの?」
「いや、シアが気にしないなら大丈夫だ」
「ぬ?」
柔らかく微笑まれたが、何かを誤魔化された気がする。
それにしても、シャツ越しでも、九十九の腕の、いや、ヴァルの腕の筋肉はよく分かる。
みっちり、ぎっしり、それでいてガッシリなのだ。
リプテラの時もこの服だったが、あの時は肘を曲げたせいか、今とは別の場所が盛り上がっていた気がする。
うむ、見事なり。
それに対して、ちょっとばかり、わたしの腕は柔らかくないかな?
彼は気にしない?
そう思って、ヴァルを見上げると、目が合った。
「どうした?」
「あ? え? ちょっと、わたし、柔らかくないかなと思って……」
わたしがそう口にすると……。
「ああ!?」
何故か、目を丸くされた。
「腕。あなたの腕と違って、かなりぷにぷにだよね?」
もしかして、腕立て伏せの回数を増やした方が良いのだろうか?
いや、こんなことをするのは今日限りだ。
でも、リプテラのこともあるから、腕を組む機会はまだあるかもしれない。
「ぷにっていうか、ぷよ……」
ヴァルが言いかけた言葉に……。
「え? そんなに柔らかい!?」
思わず反応してしまった。
腕がぷにぷにしていると言われるよりも、ぷよぷよしていると言われる方がなんとなくショックだということを思い知る。
ううっ。
ぷよぷよの腕~。
「あ? いやいやいやいや! 違う違う違う!!」
だが、ヴァルは慌てて否定してくれる。
「あ~、うん。腕な、腕。腕はそこまで気にならないぞ?」
「腕以外に気になるところがある?」
歯切れの悪い彼の言い方が気になって、なんとなく、そう聞き返してしまった。
自分はヴァルに引っ付いている腕が気になったけど、もしかして、別のところが、超! ぷよぷよ~な状態なのだろうか?
「腕が柔らかいのは、シアが女だからだろ? それに、硬いよりは柔らかい方が、オレは好きだ」
だけど、彼は特に気にした様子もなく、そう答えてくれた。
それだけでも、自分の数少ない乙女心が救われる気がする。
そうなのか。
ヴァルがそう言うなら、あまり気にしなくても良いかもしれない。
そう考えてしまう自分はかなり単純だと思う。
「乳児だって硬い男よりは、柔らかい女に抱かれる方が良いだろう?」
「ああ、赤ちゃん自体が柔らかいからね~」
赤ちゃんと言う、あの大変、愛らしい存在は、わたしと違い過ぎる肉質なのだ。
そして、あのぷにぷに、ぷよぷよ、ぷにょぷにょ感は、実物を抱っこしてみなければ分かるまい。
「でも、その赤ちゃんも、柔らかいお母さんだけでなく、硬くてガッシリしたお父さんに抱っこされたいと思うよ」
この腕を握るとよく分かる。
なんというか、絶対、護ってくれる安心感が凄い。
この腕ならば、自分は絶対に大丈夫だろうと思わせてくれるほどに。
「どっちも揃うと無敵だろうね」
「そうだな」
わたしたちはどっちも揃っていなかった。
正しくは、ヴァルは、小さい頃に二人とも亡くし、わたしはずっと母親だけで、父親はいないものだった。
それでも、わたしは幸せなのだろう。
ようやく、いないはずの父親と会うことができて、それなりにその人から愛されている実感もある。
今更、普通の親子関係になるというのは無理だと思っているが、相手からは憎まれてはいないし、その人から生活の保障もされているっぽい。
何より、その人がいなければ、ヴァルとこうしていないだろう。
そう考えると、縁って本当に不思議だと思う。
「昼飯は、オレが勝手に選んだ場所だけど良いか?」
「ヴァルが選んだなら、間違いないと思うよ」
どの国に行っても、料理の腕を認められる人なのだ。
そんな人が選んだ店なら、否が応でも期待が高まるというものである。
そして、この城下に来た頃、城下の森の近くにあったお店があまり美味しくなかったせいか、この国に来てから、買うのは食材ばかりだった。
だから、お店で食べるのはちょっと久しぶりである。
もしかしたら、露店かもしれないけど、デートなら、立ち食いや、食べ歩きも良いよね?
「どんな店?」
「普通の飯屋」
「ほほう?」
彼が言う普通とはどんなものだろうか?
「味は?」
「食べてからのお楽しみ」
期待値を上げられた気がする。
しかも、自信満々だ。
こんな表情の彼はかなり信用ができる気がした。
今度は下調べもしているらしい。
「それは楽しみだ」
わたしはまだ見ぬお店に思いを馳せる。
どんな料理だろうか?
九十……、ヴァルがデートに選ぶような店。
だが、表面上、どんなに甘くて、誰だこれ? 状態になったとしても、その本質が変わるわけではない。
だから、彼が選ぶのは、少なくとも、高級感溢れる店ではないと思っている。
そんなところでは緊張して、味も分からなくなってしまうから。
味、重視だ。
それは絶対だ。
そんな妙な確信をして、わたしは彼に連れられて、その店に向かうのだった。
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