どこかで反撃したい
「ところで、なんで膝枕だったの?」
ふと疑問に思って聞いてみる。
彼から眠らされたら、大半、寝台の上で目覚めている。
いや、仮にもデート中に、寝台へ運ばれるのはいろいろと問題だとは思うけど。
「寝心地が悪くて、目覚めも早いだろ?」
そして、思ったよりも実利的な理由だった。
寝心地が悪いかどうかはともかく、彼は風属性の体内魔気を身に纏っているため、感応症の効果が働きやすい。
つまり、わたしの回復力が高まるのである。
そういった意味では、確かに、魔法の効果で眠らされたわたしの目覚めが早くなるのも道理だったのだろう。
まあ、薄っすらと目を開けた瞬間、ほとんど強制的に意識まで覚醒させられるほど目覚めが良すぎたとも思うけど。
起き抜けに好みの顔した殿方の超ド級のアップはいつになっても慣れない。
しかも、本日限定甘さ増量中だ。
わたしを殺しにかかっているとしか思えない。
おかしい。
わたしの願いとは絶対的に何かが違う。
ここまで甘くなるとは思わなかった。
多少、増量されるとは思ったけれど、倍増……、いや、これでは十倍増しだ。
まさに桁違い。
まさか、ここまで変化するとは思っていなかった。
これなら「普通の扱いをして」と素直に願った方がマシだった。
わたしは何故、「一日限定恋人コース」を選択してしまったのか?
いや、本業は護衛なのだから、彼がわたしを護る口実を作りやすいように「彼氏(仮)」状態にしたようなものなのだ。
だから、そこまで大きく変化することもないと思ったのに、よもや、彼が自分の恋人を普通に扱う時はここまで変わってしまうとは思ってもいなかった。
主人の貴重品扱いはまだ押さえていたらしい。
でも、確かに貴重品扱いとは全然違うことも分かった。
これは、「愛しい恋人」扱いだ。
間違いない。
あまりにも糖分過多すぎる。
彼の未来の恋人に幸あれ!!
「そろそろ動けるか?」
「手を離してくれたら」
わたしは自分の肩を九十九……、いや、ヴァルに固定されていて、彼から離れられなかった。
改めて状況を考えると、かなり恥ずかしい!!
「淡泊だな、シアは……」
そう言いながらも、ヴァルはわたしから手を離してくれる。
「そんなところも可愛いけど」
さらに付け加えられる余計な一言。
これ!
絶対、揶揄って楽しまれている!!
わたしの反応が僅かでもあるたびに、彼がかなり楽しそうに笑うから。
悔しい!!
どこかで反撃したい。
今は駄目だ。
彼も警戒しているはずだ。
やられたらやり返す。
それはこれまでのわたしたちによくあるやりとりだった。
だから、少なくとも今日中に反撃してやる!!
「えっと、もう一勝負?」
ヴァルの手から解放されて、立ち上がる。
「やる気に満ちてるな、シア。だが、流石に、疲れただろ?」
「わたしは寝たからもう一戦ぐらいはできるよ」
先ほどの借りも返したい。
「やめとく。勝ち逃げさせてくれ」
「ズルい」
わたしは引き分けにしたい。
差がもっと広がる可能性もあるけれど。
わたしが、九十九……、いや、ヴァル相手に全力を出せないと言うのが本当ならば、このままでは、一生、まともな勝負では彼に勝てないと言うことになる。
「真面目な話、もう一戦すると、昼飯、食いっぱぐれることになるぞ」
「へ?」
「ここから歩いて城下までとなると、昼飯の時間を逃す」
確かにこの城下の森では移動魔法が使えない。
だから、他の場所のようにショートカットすることができないのだ。
そして、結構な時間、九十……、いや、ヴァルと風魔法を打ち合っていた気がする。
しかも、わたしはその後、眠ってしまったのだ。
正確な時間は分からないけれど、結構な時間が経っているかもしれない。
なんて、勿体ないことをしたのか。
「もしかして、結構、寝てた?」
「いや、六分刻ほどだ」
あれ?
意外に寝ていない?
「魔法勝負が長かったんだよ。まさか、一戦二刻も使うことになるとは思わなかった」
「そんなに!?」
それこそ、30分ぐらいだったと思ったのに。
「それだけシアが手強くなったってことだよ。あれだけの魔法、捌くのも大変なんだぞ」
「でも、ヴァルにはほとんどわたしの魔法が効かないじゃないか」
「いや? オレにもシアの魔法はちゃんと効いてるぞ?」
あれで?
いやいやいや、気遣われているだけだ。
わたしの魔法を受ける時、彼の顔色も体内魔気もそこまで極端に変化していない。
セントポーリア国王陛下だって、もう少し、変化したというのに。
わたしはどれだけ、無意識に彼を傷つけたくないと思っているのか?
それだけだよ。
遊びのような模擬戦闘は楽しいけど、そんなので怪我をして欲しくない。
大丈夫だと分かっていても、彼が傷付くのはやっぱり嫌なのだ。
「護衛が主人の魔法を食らって顔色を変えるわけにはいかないだろ?」
「…………」
なんだろう?
いつもどおりの台詞なのに、少しだけ、嫌だった。
「おっと……。今は護衛じゃなかった。悪い、悪い」
ヴァルは自分の口元を押さえて、少し、思案する。
「訂正。男として、恋人に無様な姿は見せたくない……、だな」
そして、照れたように笑った。
そうか。
彼はそう考える人なのか。
「つまり、男女差別?」
「恋人に無様な姿を見せたくないのは男女、関係なくないか?」
「ぬ? 確かに」
言われてみれば、確かにわたしも見せたくはないと思った。
相手が、努力して、歯を食いしばって、常に上を目指し続ける人だと知っているから。
「つまり、かっこつけ?」
「身も蓋もない言い方をされているが、そんなもんだろ? 恋人……、自分が好きな女にはかっこいい所を見せたいもんだ」
ふごっ!?
今の「好きな女」というのは恋人のことであって、決して、わたしのことではないと分かっている。
だが、かなりいろいろなモノを粉砕されてしまうような言葉だった。
なんなの、この人。
わたしのことをそういった意味で好きではなのに、どうして、今日に限って、そんな言葉を呼吸するかのようにポンポン口にしてくれちゃうの!?
わたしが阿呆なことを願ったからだよ!
分かってるよ!!
「大安売りだね」
甘い笑み、甘い言葉、甘い態度。
普段は過保護だと思っていたのだけど、恋人に対しては何だろう?
多分、愛情過多だな。
なんとなく、重くなると思っていたけれど、過重よりも激甘の傾向らしい。
「あ?」
「いや、いつもとキャラ、違くない?」
思わずそう口にしてしまった。
「シアの願いは、主人と普通の女の違いを見せろって話だっただろ? 同じでどうする?」
ぐぬうっ!!
確かにそうなんだけど!!
でも、すぐ切り替えられるってどういうこと!?
「わたしは、変われない」
彼の言動に振り回されるので、精いっぱいだ。
「変わらなくて良いよ」
だけど、甘い一日限定恋人さまはそんなことを言う。
「変わらなくても、シアは可愛い」
「ぐふっ!?」
胸部直撃、100メガショック!!
いかん。
いろいろ混ざった。
「いや、うん。まあ、もう少しぐらいは一般的な可愛らしい反応を期待したいところだが……」
そこは諦めて欲しい。
それ以上に、彼が求める一般的な可愛らしい反応ってどんな感じなんだろう?
「シアだから仕方ないか」
しかも納得された。
だが、ここまで言われて火が付かない女がいるか?
いや、いるまい。
「そっか。でも、わたしは、本当に変わらないままの方が良い?」
そう言いながら、ヴァルのシャツを握って、上目遣いで彼の顔を見る。
できるだけ、頬染めて、熱っぽく、やや掠れがちな声で!!
どうだ!!
小柄な女に許された振る舞い!!
わたしがこれを使えば、可愛い物好きな男なら「いちころ」だとワカが笑いながら言っていた。
これで、ヴァルこんなことで「いちころ」だとは勿論、思っていないが、可愛い物が好きっぽいから、少しぐらいは効果があるだろう。
「シア」
「ん?」
「頼むから、変わらないでくれ。頼むから」
なんか、両肩を掴んで頼まれた。
二回も言うほどの念の押しようである。
そして、効果はいまひとつのようだ。
「因みに、今の技は若宮からの入れ知恵か?」
「技って……。でも、当たり」
やはり、わたしっぽくはないようだ。
あっさりと看破された。
そして、何故か、この行動に、ワカが知恵を貸してくれたのも分かったらしい。
謎だ。
「とりあえず、城下に出るか」
そんな言葉で、いつものように彼から手を引かれながら、わたしたちは森から出るのだった。
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