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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1957/2805

無意識の魔法

 柔らかな光と落ち着く気配。

 そして、いつもと違った枕の感触と、頭を撫でられる感覚で目が覚めた。


「ふぎょっ!?」

「おはよう」


 相変わらず口から出てしまう、わたしの珍妙な叫び。


 それを気にするわけでもなく、至近距離でわたしの顔を覗き込み、甘く微笑んでくれる護衛……、違った、一日限定の恋人さま。


 屋外ということもあって、その笑顔が妙に眩しい。

 後光を背負っている幻覚さえ見える。


 いや、木漏れ日と、湖の水面の反射、そして、彼自身の銀髪のためだと分かっているのだけど。


「これは一体?」


 わたしは確か、ここで九十九……、じゃなかった、ヴァルと魔法勝負をして……?


 だけど、今は何故か、その彼から膝枕をされているっぽい。

 どうしてこうなった?


「ああ、オレが魔法で眠らせた。まだ動くなよ」


 どうやら、ヴァルの魔法のせいで眠っていたらしい。

 だが、ちょっと待って?


「風属性魔法限定勝負じゃなかったっけ?」


 眠らせる魔法と言えば、「誘眠魔法」、「導眠魔法」、意識を刈り取るなら「昏倒魔法」などがある。


 だが、いずれも風属性魔法かと言われたら、多分、違うだろう。


()()()()()()()()()()()()()だから、問題ない」

「ズルい!!」


 それならば、ヴァルの魔法のほとんどは風属性による魔法となる。

 たまに光属性が入るけれど、彼は、主属性が風なのだ。


 だから、無意識に放たれる魔法は風属性が大部分を占めることになる。


「オレは始めから言ったはずだが?」

「は?」

「『今回の魔法勝負は風属性の魔法限定』だと」

「ええっ!?」


 確かに言った。


「オレは一度も、『風魔法』限定とは言っていない」


 さらに続けて言われた言葉に……。


「卑怯だ!!」


 そう叫んで返したわたしは悪くない。


 確かに言っている意味は分かるのだ。

 だが、納得はできない。


「そこまでのハンデが無ければ、本来、オレが勝てるはずがねえだろ?」

「ふぬ?」

「シアの出自を考えれば、普通は勝負にすらならねえんだ」


 そうは言われても、ヴァルの出自を知る身としては、勝負になるはずであることも分かっている。


 彼は、情報国家の国王陛下の甥にあたる。

 つまり、血筋的には立派に王族枠なのだ。


 だが、それを本人は知らない。


 だから、それを口にできない我が身がもどかしかった。


「聞いてるか?」

「ふごっ!?」


 いきなり上から覗き込まないで欲しい。

 今の膝枕状態だと、逃げ場がないのだ。


「聞いてるから、身体を起こさせてくれる?」


 この状態だと落ち着かない。


 わたしは、ヴァルに背中を支えてもらって、身体を起こしたのだが……。


「ふみ?」


 不意に腕を引き寄せられる。


「まだ、起きるのは辛いだろ? 寄りかかれ」


 そのまま肩を抱かれて、彼の左肩にもたれかかる形になった。


 ―――― ふごおおおおおおおおっ!?


 声にならない叫び声。


 いや、今のを声に出していたら、いろいろ呆れられただろう。

 だが、この状態は恥ずかしい!!


 顔は見えないからいつもより恥ずかしくないはずなのに、この構図は傍から見たら、絶対に恥ずかしい!!


 ヴァルに肩を抱かれて、さらに彼の肩にこてりと頭を付ける図。


 少女漫画だ。

 わたしは今、猛烈に少女漫画している!!


 彼氏の肩に寄りかかった彼女。

 今、まさにその図を体感しているのだ。


 これを別視点で見たい。

 そして、描きたい!!


 いや、落ち着け自分。

 この状況で、そんな感想を抱くのは、年頃の女としていろいろおかしい。


「大丈夫か?」


 そんな阿呆な思考を巡らせているわたしに優しい言葉をかけてくれる護衛……、じゃなくて、一日限定恋人さま。


 ああ、そうか。

 これは彼とその恋人の距離なのか。


 そう考えると、先ほどまであった熱と汗が急に冷えて落ち着いた。


「ん。大丈夫」


 頭はちゃんと冷えたから。


 だけど、まだ身体は起こせなかった。

 彼に肩を押さえつけられたままだから。


 まだ離れるなってことらしい。

 それなら、仕方ない。


 そのまま、力を抜くことにした。


「でも、酷くない?」


 わたしはそのままの姿勢で抗議する。


「あんなの詐欺だよ」


 横でククッと肩を揺らされた。

 笑われたらしい。


「オレも簡単に負けるわけにはいかないんだよ」

「あのままでもわたしは勝てなかったよ」


 彼の護りを崩す手がなかった。


 大技を使おうとしたが、見事に止められた上での風属性誘眠魔法である。


「そうだな。今のままではシアはオレに勝てない」


 ぐぬっ!!

 本当のことだけど、本人からそう言われると、腹が立ってしまうのは何故だろう。


「シアは、オレ相手に、()()()()()()()()()

「ふぐ?」


 全力を出せない?


「わたしは全力を出しているつもりなのだけど」


 そうじゃなければ、この有能な護衛……、いや、一日限定恋人さまに勝てるわけがない。


「うん、シアの中では全力なんだと思う。だけど、無意識に、力を抜いているんだ」

「ほへ?」

「父親に対して使う魔法と、オレに対して使う魔法。その威力が違い過ぎる」


 言われて、考える。


「場所じゃない?」


 父親……、セントポーリア国王陛下と対峙した時は、セントポーリア城内の契約の間だった。


 大気魔気から判断しても、この世界で一番、わたしの魔力を強めてくれる場所だと思う。


 この城下の森も大気魔気はかなり濃密ではあるのだけど、あの場所ほどではない。


「違う。あれだけの威力がある魔法を、シアはオレに向けることは絶対にない」


 それは、確信を持った強い言葉。


「ああ、シアが意識的に手を抜いているとは勿論、思っていない。本当に無意識ってことは分かっているんだ」


 ―――― 無意識


 不意に彼の言葉と、似た種類の声が重なった。


 ―――― 無意識に()()()()()()()()()()()()で、魔法を使っているのだと思う


 それを言ったのは誰だったか?


 あの頃のわたしは、魔法の出力調整が苦手だった。

 だから、あの人に相談したのだ。


 ―――― 出力調整が下手なのと……、風魔法以外がさっぱりです


 それこそ、藁をも掴むような思いで。


 それに対して、相手は笑いながらも答えてくれた。


 その相手はわたしが吹き飛ばしたいような人間か。

 吹き飛ばしても怪我一つ負わない人間か。

 吹き飛ばしても許してくれる人間か……、のいずれではないか? と。


 さらに、相手の魔法耐性を測った上で、ギリギリの線を攻めるなど、なかなか高度なテクニックだと思う、とまで言われている。


 それが、普通に魔法が使えるようになったと思い込んでいる今も、同じように無意識に計算をしているとしたら?


 ―――― キミは心優しい人間だ


 違う。

 そんなのは優しさじゃない。


「シア」


 自分の思考に呑み込まれそうになった時、いつも、救い出してくれる声。


「オレは大丈夫だから」


 その優しさに甘えたくなる。


「でも、わたし、手を……?」


 手を抜いた気はない。

 でも、それに近しいことはやっているかもしれない。


 確かにセントポーリア国王陛下に対する魔法の威力と、九十九……、ヴァルに対する魔法の威力が違う気はしていたのだ。


 単純に耐性の話だと思っていたが、それだけではなかったとしたら?


「無意識の話だ。お前は何も悪くない。それに……」


 そう言いながら、彼はわたしの右手をとって手のひらに口付ける。


「オレは、シアのこの手が汚れない方がずっと良い」


 妙に柔らかい感触が自分の手のひらに触れたことよりも、その瞳と声の甘ったるさに目を見張ることになった。


 いつものように珍妙な声を上げることすら忘れて、その青い瞳に捉われる。

 自分が映る双眸から目を逸らせなくなる。


 どこまでも真っすぐな青年は、その視線すらも曲がることなく真っすぐだ。


 今、この時間だけは、自分以外を見ないのだろう。


 ―――― ()()()()()()()()


 知れば知るほど、その深い青さに溺れそうになる。

 今日だけで、どれだけ新たな面を知った?


 ―――― でも、やっぱり知りたくなかった


 それは、今、この時間だけしかないのだから。


「だから、シアは今のままで良い」

「それじゃあ、わたしはあなたに勝てないままじゃないか」


 反発する思考から、思わず憎まれ口をたたいてしまう。

 彼が願うのはそんな子供っぽい話ではないのに。


「勝ちたいか?」

「負けたくはない」


 それでも挑発的な言葉で煽られれば、乗るしかないわけで、やっぱり可愛くない言葉を返したくなってしまう。


「オレはいつも、シアに負けているよ」


 そんなわたしの言葉に対して、困ったように美形の一日限定恋人さまは笑うのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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