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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1952/2805

時間をください

「は?」


 わたしの言葉に、青い瞳が揺れた。


「時間はあるのでしょう?」


 それなら何も問題はない。


「いや、確かにあるけれど……、『オレの時間を寄越せ』ってどういう意味だ?」

「そんな言い方はしていないつもりなんだけどな」


 どこの時間泥棒かな?

 いや、時間泥棒はこっそりと人知れずに奪っていくものだけど。


 わたしはただ……。



 ―――― リプテラに戻る前、一日だけあなたの時間をください


 そう言っただけだ。

 だけど、彼には伝わらなかったらしい。


「ぬう。ちょっと回りくどかったか」

「いや、回りくどいとかそんな話じゃなくてだな?」


 九十九が呆れたようにそう言うが、自分でも決定的な言葉を避けた自覚がある。


「じゃあ、直球で」


 わたしは軽く咳ばらいをして……。


「一日だけ、わたしを主人扱いするのを止めてくれる?」

「断る」


 言った直後に断られた。


「早っ!? 即答すぎる!?」


 断られる可能性は高いと思っていたけれど、まさかここまで早いとは思っていなかったのだ。


「お前を主人扱いしないことはオレにとって無理なことだから」

「えっと、誤解のないように言っておくけど、護衛をクビにするって話ではないんだよ?」


 これだけはしっかり口にしておかなければいけない。

 そこは誤解されると困る部分だ。


 彼らから離れていくことはあるかもしれないけど、わたしから手放す気など今は全くない。


「オレを休ませるためって言うなら止めてくれ。お前が目の届かない場所にいると思う方が落ち着けん」

「ああ、そうか」


 休ませるための口実だと思われたらしい。

 確かに九十九は働きすぎだもんね。


「そんな意味にもとれるけど、わたしは、別にあなたをゆっくり休ませる気はないよ」


 でも、申し訳ないが、そんなことは一切、考えていなかった。


 全ては自分のためである。


 つまり、九十九が思っているほど、わたしは優しい主人ではないってことなのだろう。


「あ?」

「寧ろ、いつも以上に疲弊するんじゃないかな?」


 真面目で仕事熱心な護衛だから。


「どういう意味だ?」


 彼は訝し気な顔を向ける。


「えっとね。わたしとデートして欲しいんだよ」


 自分の顔が赤くなってしまわないように、冗談を装って、普通の声を喉から懸命にひねり出す。


 付き合っている男女の間では、「デート」って、ごく普通の単語だと思う。


 だが、わたしたちは主人と護衛、良くても友人関係だ。

 普通に使う言葉ではない。


「あ? 城下に買い物か? それとも、書物館で読みたい本でもあるのか?」


 だから、彼は照れることもなく、自然に答えた。

 どうやら、護衛任務の一環と捉えたらしい。


「うぬう、予想外の反応」

「あ?」


 そうじゃない。

 そうじゃないのだ。


 わたしが求めている反応はもっと……。


「あなたは『デート』って聞いて、一般的にはどんなイメージがある?」

「あ?」


 わたしの問いかけに首を捻りながらも……。


「日付」


 間違っていない。

 間違っていないけど、違うんだ!!


 これだから、英語(ライファス大陸言語)に強い男は困る。


「他には?」

「付き合ってるヤツらが日時を定めて会うこと」

「そっち!!」


 良かった。

 そちらの意味も知っていた。


 ちょっと、辞典に載っているような、定型すぎる言葉(意味)だけど、間違っていないから問題ない。


「そっち?」


 九十九はさらに首を傾げて……。


「誰と誰が?」


 真顔でそんなことを口にした。


「まさか、そんな風に確認されるとは思っていなかったけど、この場合、わたしとあなた以外にいるかな?」


 わたしは肩を落とすしかない。

 どれだけ視界に入らない(アウトオブ眼中)なのか?


「いや、四六時中、顔を付き合わせている相手に日時を定めて会うって難しくねえか?」


 さらに真顔でそう続けた。

 何故、そちらを気にした?

 

「駄目だ。わたしの護衛は絶望的に、いろいろ足りない」

「待てこら」


 九十九は基本的に鈍くない。

 余計なことにも気付くほどだ。


 だが、時々。

 本当に、時々、分かりやすく鈍くて無神経な部分がある。


 具体的には情操教育。

 これって、多分、雄也さんがわざと手を入れなかった部分なのだと思う。


 そうだよね。

 護衛にそんな感情や教育は不要だもんね。


「あ~、うん。えっとね。一日だけ恋人になってくれ。これで通じる?」


 これでも、伝わらなかったら、完全にお手上げ、白旗を振るしかなくなる。


 わたしにも手の施しようがないだろう。


「あ? 恋人?」

「うん。恋人。彼氏。ラバー」


 そこまで言うと、九十九の顔色が変わった。


 でも赤くはなく、青い。

 照れたと言うよりも、血の気が引いたような表情。


 何故に?


 まあ、それでも良いか。


 彼の表情が変わったのだから。


「ああ、ようやく通じたっぽい。良かった~」

「良くねえ!!」


 九十九は叫んだ。


「おまっ!? なんっ!?」


 明らかに混乱している。

 その動揺を自分が誘ったと思うと少しだけ嬉しい。


 わたしって性格、悪いな~。


「『お前』、『なんで』ってことだと思うけど、そこまでおかしなことかな?」


 尤も、自分の性格の悪さなど重々承知のことだ。

 だから、こんなお願いをしている。


 九十九が困ることも分かっていて、頼むのだ。


「今まで何度かあった『彼女(仮)(かっこかり)』を、一日だけ『(仮)(かっこかり)』を外して欲しいってお願いしただけだよ?」

「訳が分からん!!」


 だけど、真面目な護衛は真面目な反応を返してくれる。


「ソレを願って、お前に何の得がある?」

「ローダンセに行く前に疑似恋愛ができる」


 しかも、自分の利よりも、わたしのことを考えてくれる辺り、九十九だな~って思う。


「あ?」


 だから、その感情を利用させてもらうのだ。


「わたしって、異性に慣れていないんだよ」


 こればかりは本当にどうしようもない。


 どうにかしたいと思っているのだけど、知らない殿方に対しては必要以上に身構えてしまうし、知っている人たちでも近付かれると妙に緊張する。


「知ってる」

「でも、見合い話が出ている以上、それだと相手に悪いじゃない?」


 相手は知っている人の可能性が高い。

 だけど、それでも身構えることは避けられないだろう。


 それは恐らく、向こうも同じだ。

 人間界で一度は警戒されているのだから。


 まあ、あの人はまだ見合い相手となる女性が、「高田栞(わたし)」だとは全く思っていないとは思うけどね。


「そうか? 変に男慣れしている女よりも好感が持てると思うが」


 九十九は異性に慣れていない女性の方が好きらしい。

 この辺りは、本当に好みが分かれる部分だろう。


「相手がトルクスタン王子並の顔の良さなら、慣れるまで、接近されると身体が強張ると思う」


 それは人間界にいた頃からも明らかだ。


 あの人のことは知っていたし、会話すらしているけど、やはり、接近されると緊張する気はする。


「顔かよ」

「外見の判断基準は顔が八割だと思うよ」


 だから、わたしは目の前の青年に思いっきり振り回されてしまうわけだし。


「だが、これまでに何度もオレと一緒にいても、その状態だぞ? 一日、ちょっとそれっぽい振る舞いをしたぐらいでどうにかなるものでもねえと思うぞ?」


 それはわたしにも分かっている。

 一日、二日でどうにかなる問題でもない。


 だけど……。


「貴重品なんだよ」

「あ?」

「あなたが『彼氏(仮)(かっこかり)』の状態でいる時は、わたしは、貴重品扱いされている気がするんだよ」


 いや、「彼氏(仮)」とか関係なく、常日頃からそんな扱いなのだ。


「貴重品だからな」


 九十九は平然と言ってのけた。


「だから、一日だけその『主人(貴重品)』の枠組みを外して欲しいなって思ったの」


 それはこの世界に来てからずっと思い抱いている感情。


「一日だけで良いから、普通の女の子として扱って欲しいって思ったんだよ」


 それはずっとわたしの中にある気持ち。

 九十九から、「普通の女の子扱いされたい」。


 ただそれだけのこと。


 勿論、それは「恋人」じゃなくて、良いのだ。

 ただの「友人」でも良い。


 だけど、この世界に来てから、彼はわたしをただの友人として扱わなくなった。

 わたしはそれが淋しいのだ。


「分かった」


 かなり間をおいて、彼はそう返事をしてくれた。


 いや、そう返答するようにわたしが仕向けたのだ。

 九十九が断れないことを承知で、わたしはそう言わせたのだ。


「ホント?」

「だが、期待はするなよ」


 複雑そうな顔をしながら、九十九はそう言った。


 そこにどれだけの感情があるのかはわたしにも分からない。


 でも……。


「うん、ありがとう!!」


 自分の感情よりも、わたしの我儘を優先してくれたことが嬉しかった。


「一週間後だ」

「へ?」


 だが、九十九は人差し指を立てて、鋭い目を向けた。


「そして、扱いは『普通の女』を『オレの恋人扱い』で良かったんだよな?」


 そして、何故か、そんな確認をする。


「え? あ、うん。そういう話だったよね?」


 確かに「疑似恋愛」については、扱いを分かりやすくするためにそう言った。


 今更「普通の友人」扱いというよりは、「普通の恋人」扱いにした方が、根っからの護衛である九十九も、気が楽かと思ったのだ。


 「友人」では「護る相手」という認識に齟齬が起きるけど、「恋人」なら、まだ護りやすいよね?


 だが、彼は不敵に笑って……。


「覚悟しておけよ?」


 妖艶な笑みをわたしに向けた。


「何を!?」


 わたしがそう問い返したが、その笑みを浮かべたまま、何も言ってくれなかった。


 ちょっと待って?

 わたし、今、何かを間違えた?


 なんだろう?


 九十九の青い瞳に獲物を見定めた肉食獣のような熱が籠った気がした。


 あれ?

 何がどうしてこうなった?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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