彼女の願い
「そう言えば、そろそろ礼については何か考えたか?」
識別魔法を使えるようになって、使い続けてから、早、一週間。
不意に、九十九からそんなことを問いかけられた。
「礼?」
九十九の言葉にわたしが首を傾げると、彼は不機嫌な顔になる。
「ここ数日でお前に大量の物を識別してもらったからその礼だよ。前に欲しい物を考えておけって言っただろ?」
「えっと……?」
少し前にそんなことを言われたような気がしなくもないような?
だけど、いきなり「礼」と言われても、すぐに分かるはずはないよね?
九十九は、時々、言葉が足りないと思う。
「まさか、何も考えてなかったとは言わないよな?」
最近の九十九は、雄也さんのように笑顔で圧をかけるようになった。
普通に怒られるよりも笑顔の方が怖いと思うのは何故だろうか?
「いや、いきなり『礼』と言われて、何のことか分からなかっただけだよ。わたしが識別魔法を頑張った『ご褒美』ってことで良いんだよね?」
九十九は自分の検証魂のためにわたしに識別魔法を使わせたと思っているけれど、わたし自身もどんなものか知りたかった。
実際、自分だけでは、こんなにもいろいろなことは分からなかっただろう。
何より、識別する物の大多数は九十九の所持品だったのだ。
素材にしても、加工品にしても、わたし一人ではそんなに持っているはずがない。
改めて、収納魔法の凄さを思い知らされた。
だから、彼から「お礼」をされるというのはやっぱり、ちょっと違う気がして、「ご褒美」と言い直した。
同年代の友人から「ご褒美」を貰うって、なんとなくおかしい気はするけど、これは気分的なものだから仕方ない。
そして、本当に、ぼんやりとだが、わたしにも望むものはある。
だけど、そのわたしの願望が彼に受け入れられるかは別の話でもあるだろう。
「物じゃなくても良かったんだよね?」
あの時、そんなことを言った覚えがある。
「不老不死は無理だぞ」
以前、ぽろっと口にしたことを今でも覚えているらしい。
いや、自分でもどうかと思ったけれど、「どんな願いでも一つだけ叶えてやろう」系の台詞を言われたら、それが出てくるのは仕方がないよね?
「それなら、やはりもう一つのお約束として、ギャルの……」
「待て待て! それをお前が言うと、いろいろマズい!!」
確かに。
止めてくれて良かった。
止められなかったら、どうしようかと思っていた。
いや、九十九なら止めてくれると信じていたけどね。
「まさか、本当に何も考えてないのか?」
九十九からジロリと睨まれた。
青い瞳だと、いつも以上に冷ややかに見える。
「ん~、あるにはあるんだけど、形がないものだから、貰えるかどうかが分からなくて」
「あ?」
わたしの言葉に九十九が眉を顰めた。
確かに、これだけで彼に伝わるはずもない。
「えっと、あなたは、リプテラに戻るまでに時間ってある?」
「時間?」
「余裕とも言う」
これは、九十九に余裕がなければ無理な話。
「あ~、割とあるぞ。ここで調べたいこと、調べられることは、大方終わっているからな」
「あれ? そうなの?」
それはちょっと意外だった。
九十九にしても雄也さんにしても、あまり時間を無駄にしない人だ。
だから、用が済んだなら、いろいろな後始末をした上で、ここからすぐに離れるのだと思っていた。
でも、「大方」ってことは、まだ完全でもないってことなのかもしれない。
「おお。だから、『和食のフルコース』でも、『和菓子の満漢全席』でも、今なら可能だ」
「…………」
これまた懐かしいことを言われた。
それも「発情期」の時の九十九の謝罪を考えている時に、わたしが口にした言葉だ。
あれからまだ一年と経っていないはずなのだけど、遠い昔のような気がする。
それだけ濃密な時を過ごしてきたのだ。
それ以外の理由はない。
多分。
「それなら、時間はあるのか……」
わたしは、少し考えて……。
「あのね?」
九十九から貰う「ご褒美」として、ずっと考えていたことを口にしたのだった。
***
「そう言えば、そろそろ礼については何か考えたか?」
栞と識別魔法の効果を検証して一週間。
大体の傾向が見えてきた気がする。
だから、栞にオレの所有物のほとんどの識別をしてもらった礼をしたいと思って、声をかけた。
そろそろ、帰り支度も頭に入れて行動する時期になったというのに、栞からは一向にその話をしないことも気になっていたのだ。
「礼?」
だが、当の本人は可愛らしく小首を傾げた。
ちょっと待て?
まさか、忘れてはいないよな?
「ここ数日でお前に大量の物を識別してもらったからその礼だよ。前に欲しい物を考えておけって言っただろ?」
「えっと……?」
さらに栞の視線が泳いだ。
「まさか、何も考えてなかったとは言わないよな?」
いくら何でも、それはないよな?
栞が望む物なら、できる限り、質の良い物を与えたいと思って、いろいろと調べていたのだ。
もしかしたら、絵のモデルの可能性もあるとも思っていたが、この様子だと、それすらも頭になかったかのように思えた。
「いや、いきなり『礼』と言われて、何のことか分からなかっただけだよ。わたしが識別魔法を頑張った『ご褒美』ってことで良いんだよね?」
忘れてはいなかったらしい。
考えてみれば確かに「礼」という言葉だけでは分からなかったかもしれない。
少ない単語だけで栞に察しろと言うのも無理な話だった。
「物じゃなくても良かったんだよね?」
「不老不死は無理だぞ」
以前、いきなり言われた望みはそんな願いだった。
いくら何でも、それは無理だ。
神に希うしかない。
「それなら、やはりもう一つのお約束として、ギャルの……」
「待て待て! それをお前が言うと、いろいろマズい!!」
先ほどの会話の流れから、嫌な予感がして、思わず止めた。
いくらネタだと分かっていても、栞の口からそれを聞きたくはない。
いや、願われれば、買う気はある。
だが、実際に願われたら流石に困る。
見る機会はないが、思いっきり自分の趣味に走ってしまう気がした。
「まさか、本当に何も考えてないのか?」
「ん~、あるにはあるんだけど、形がないものだから、貰えるかどうかが分からなくて」
「あ?」
栞がそう口にする。
どうやら、願いはあるらしい。
しかも、形のない物だと?
そう言えば、以前は、オレに名前を呼んで欲しいと願ったな。
そんな感じの可愛らしいお願いなのかもしれない。
「えっと、あなたは、リプテラに戻るまでに時間ってある?」
「時間?」
「余裕とも言う」
ああ、この場合は自由な時間ってことか。
「あ~、割とあるぞ。ここで調べたいこと、調べられることは、大方終わっているからな」
知りたかったことは、大体、記録できたし、纏め終わっている。
今回、誤算だったのは、城での滞在期間だったが、あれはあれで、城内でいろいろ調べることはできたし、思ってもいなかった情報も得た。
それ以外だと、栞の識別魔法だろう。
アレのおかげで、調べる時間が大幅に短縮できたし、これまでになかった新たな知識も増えたのだ。
今回の大きな成果だと思っている。
「あれ? そうなの?」
だが、その立役者でもある栞は不思議そうな顔をした。
「おお。だから、『和食のフルコース』でも、『和菓子の満漢全席』でも、今なら可能だ」
それぐらい時間の余裕があると、オレがそう答えると、栞が何かを思い出したかのように笑ってくれた。
そんな栞の笑顔を独り占めできる贅沢な時間も、あと少しだと思うと、かなり淋しい。
「それなら、時間はあるのか……」
だが、栞はふと表情を引き締める。
「あのね?」
そして、戸惑いながらも告げられた栞の望み。
それは、これまでのオレのいろいろなものを大きく揺るがすほどのものだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




