理想は高い方が良い
九十九が作ってくれた「クッキーのような焼き菓子」を食べながら、懐かしいことを思い出した。
人間界にいた友人の一人にかなり甘党な人間がいたのだ。
ワカ曰く「味覚がぶっ壊れている」、「あれだけ甘い物を食っていれば、胸に脂肪が集まるのも分かる」とのこと。
それはちょっと言い過ぎだと思ったけれど、その甘党な友人は、それだけ甘いものが好きだったわけだ。
でも、今にして思えば、ちょっと納得できるものがあった。
その彼女が、魔界人だと知ったから。
この世界の料理は、料理自体がかなり難しいこともあるが、魔法力を回復させることに重点を置いているために糖分、脂肪分がふんだんに使われている物が多いらしい。
わたしはあまり食する機会がないため、詳しいことは分からないが、魔法国家の王族たちは「油がギトギトすぎて、多分、今はもう食えない」、「甘すぎるし、脂が多すぎるから、普通なら胃もたれしちゃうよね」と口を揃えるほどだ。
料理が得意な九十九からすれば、「変化しにくい素材にそんなものがある」、「手っ取り早く魔法力を回復するための手段としては大きく外れてもいない」らしいが。
それらを思えば、彼女が、人間界でも甘々な料理を好んでいたのは不思議なことでもない気がする。
もしかしたら、魔法国家の王族たちのように、魔法力を回復するための手段として、甘い物を好む環境にあった可能性はあるのだ。
まあ、九十九が言うには、糖分や油を使わなくても、魔法力を回復させる料理はかなりあるらしいけど。
だけど、この世界の住人の多くは、そんな方法を知らない。
だから、糖分を多くするし、油だって大量投入をするのだろう。
「わたしは幸せ者だ」
甘さ控えめの焼き菓子を口にしながら、わたしはしみじみとそう思った。
「藪から棒に何を言う?」
「こんな美味しいお菓子が日常にある」
そう言いながら、最後の一枚を食べた後、手を合わせて「ごちそうさまでした」と、わたしはそう口にした。
この「クッキーのような焼き菓子」は、人間界で食べた型抜きクッキーの中でも、わたし好みなのだ。
口当たりがよくて、甘さも控えめだし、食べると適度に固さはあって、さらにさっくりとした食感が楽しめる。
こんな贅沢は、中心国の王族たちだって日常ではないらしい。
「水尾先輩が『嫁に来い』って言うだけはあるよね」
「分かりやすく、食い物目当てだがな」
そうかな?
水尾先輩はかなり九十九のことを好きだと思うよ。
全体的に高評価で好評価なのだ。
尤も、それを言うつもりはないけど。
魔法国家の王女殿下でもあるあの水尾先輩から、本気で引き抜きを掛けられたら、九十九だって揺らぐだろう。
それはちょっと嫌だった。
彼には、もう少し、わたしの護衛でいて欲しいから。
「こんな安い日常で良ければ、いつでも、提供するぞ、我が主人」
「いや、全然、安くないから」
わたしは九十九が料理に掛ける熱を知っている。
この成功の裏に多くの失敗があることも。
それが安いものだと、作った当人が言っても、私は否定する。
「だから、安売りしないで、わたしの護衛」
わたしがそう言うと、九十九は何故か、笑った。
「安売りはしない。オレのこの腕は、お前のためにしかないからな」
うごうっ!?
この台詞と銀髪碧眼の破壊力の高さよ。
「だから、非売品だ」
「一気に安っぽくなった」
「安っぽいって……」
間違いなく稀少価値はあるのだろうけど、いろいろ台無し感が凄い。
そして、いろいろなモノが飛び散った気がする。
「それなら、主人専用装備か?」
「どこに身に着けろと?」
明らかに揶揄われている。
その証拠に、九十九はかなり楽しそうだった。
「腕だからな。頭か、肩か?」
「怖い表現だね」
なんとなく心霊写真を思い出す。
九十九の腕だけがわたしの頭や肩に載った状態はかなりのホラーだ。
「そうか?」
そう言いながら、九十九はわたしの頭を撫でた。
「何?」
嬉しいけど、突然すぎる。
頬が緩みかけて、なんとか我慢した。
「こういう意味だが?」
「ほげ?」
こういう、意味?
「頭に手」
九十九からそう言われて、納得した。
確かに彼の手がわたしに載っている状態だ。
あれ?
この手がわたし専用?
そんな贅沢なことが許されても良いのだろうか?
「専用装備だろ?」
九十九は笑うが……。
「あなたに恋人ができたら、専用じゃなくなるよ」
そんな可愛くない言葉を返してしまう。
実際、九十九に恋人ができたら、その腕も、それ以外のモノも全部、その人に渡すことになるだろう。
それに彼のその腕を知っているのはわたしだけじゃないのだ。
身体も、感触も、熱すら、わたし以上に知っている人間は存在する。
それを思い出すと、少しだけ腹が立ってくるのは何故だろう?
「あ~、それは考えてなかったな」
そして、当然ながらそれを彼も否定しない。
「だから、大事にして」
「分かっている。ちゃんと大事にするよ」
そんな台詞を、甘さを含めて、熱っぽく言われても困る。
自分が言われているような錯覚を起こしてしまうじゃないか!!
この天然たらしめ!!
「だから、今は存分に味わえ」
「十分、美味しくいただいています」
クッキーのような焼き菓子が乗ったお皿を片付けながら、わたしはそう言った。
今の話の流れだと、まるで、九十九の腕を味わえと言われたみたいな気がするが、それは間違いなく気のせいである。
これは「料理の腕」であって、「九十九の腕本体」の話ではない。
そもそも「腕」は味わうものではない。
全く、変な会話になったものだ。
「オレはまだ食わせ足りないんだが……」
「いや、これ以上は太るから」
既にクッキーのような焼き菓子を数枚、食べている。
これ以上はいろいろマズい。
美味しいのにマズいとは此は如何に?
「お前はもう少し肉を付けろ」
「付かないんだよ」
「だから、食えって言ってるんだよ」
九十九ほどとは言わなくても、もう少し、身体を引き締めたいとは思っている。
彼ほどの固さは無理だ。
どうしたって、肉の種類が違い過ぎる。
今の体重は人間界にいた時ほど軽いとは思うが、引き締まっているかと言えば、そうでもないのだ。
胸にクッションは欲しいが、そちらもそこまで厚みはない。
勿論、以前よりはかなりマシにはなっているはずだ。
この国にある締め付ける下着だと前よりももっと苦しさを覚えるようになった。
でも、ワカには届かない。
九十九の元彼女のミオリさんは、どうだろう?
今のわたしよりもあったような気がする。
薄着のあの人を見たことがないから、はっきりとは言い切れないけど。
「胸の大きくなる料理ってある?」
「お前はオレの性別を考えろ!!」
確かに。
そして、唐突過ぎた。
それなのに、律儀に反応してくれる九十九は今日も突っ込みのキレが良いようです。
「いや、肉を付けるなら胸からが良いなって」
「もう一度言う。オレの性別を考えろ」
「考えた上で言ってる。殿方は胸の大きい方が良いでしょう?」
「この手の話になるたび、毎回、言っている気がするが、それは人による。だから、オレの意見は参考にならない」
そう言えば、九十九はあまり大きくない方が良いと言っていた。
それなら、大きくならない方が良いのかな?
「世の中、儘ならないね」
「この流れでその言葉はどうかと思うが、体型についてはないものねだりで、あるものねだりだ。結局のところ、自分で理想の体型に近付く努力をするしかねえ」
「なるほど。つまり、あなたのその体型はその努力の結果?」
確かに九十九の身体はかなり綺麗だ。
努力の結果と言われたら、納得できるだろう。
「いや、あと少し、背は欲しかった。肉はもう少し頑張る」
雄也さんより背の高い九十九はそんなことを言った。
そして、もう伸びないと諦めているらしい。
「背が欲しいって、トルクスタン王子ぐらい?」
九十九より少しだけ高い人を口にする。
「いや、大神官猊下ぐらい」
「高すぎる!!」
恭哉兄ちゃんは、わたしが知る限り、最も背が高い男性です。
「理想は高い方が良いって言うだろ?」
「それは、意味が違うと思うよ」
でも、気持ちは分かる。
わたしもあと5センチ。
せめて、ワカと同じぐらいは欲しかった。
「でも、あまり高すぎると、あなたの顔を見るのが大変になるから嫌だな」
恭哉兄ちゃんと同じぐらいだと、結構、大変だと思う。
「大神官猊下ぐらいなら許容だろ?」
「大神官さまと目を合わせて会話するのは距離をとっても、首が大変なんだよ」
わたしの背は低い。
だから、少し、距離を離してもかなり見上げる形になってしまう。
恭哉兄ちゃんが気を遣ってわたし相手に話す時は、屈んだり、跪いたりしてくれているけど、それは大神官という偉い立場にいる人にさせて良いとは思っていない。
「それは儘ならないな」
「本当にね」
わたしと九十九はお互いに何とも言えない顔を向け合うのだった。
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