セット識別
「識別」
さて、またも識別である。
もういい加減、聞き飽きたと思われるかもしれないが、わたしも九十九もまだ飽きないのだから、もう少しだけこの言葉を唱えることになるのだろう。
「うおう」
「やはり、変わった表示になったか」
そう言いながら、差し出された紙と筆記具を手にして、さらさらと表示されたふきだしの文字を書く。
「【導キノ神装】導キノ女神ノ加護ヲ得タ神御衣、神帯、神表衣ノ一揃イ。導キノ神事ヲ行フ資格ヲ得ル。身ニ纏ツタ魂ニ神力ヲ分ケ与エル。導キノ女神ノ加護ヲ持ツ魂ノミ身ニ纏ウ事ヲ許ス」
書き終わって、自分の書いた文字を読み直す。
「今度はセット効果があったっぽい」
「その表現はどうなんだ?」
九十九は苦笑する。
いや、まさか、ちゃんと揃えることで意味を持つ物に識別結果が変化するとは思っていなかったのだ。
今回は、箱から出した「神装」を一度に識別してみた。
上記の三種の衣だけでなく、一緒に渡されている「神袿」、「神衣」、「神足絆」も同時に、ルーペの中に入るように識別してみたのだ。
その結果、表示されたふきだしは四つ。
「神袿」、「神衣」、「神足絆」はそれぞれ独立して表示されたが、それ以外の「神御衣」、「神帯」、「神表衣」はその三種類の衣の中央となる位置に表示されたのだった。
神装を並べて同時に収まるような位置でルーペに表示されたふきだしは小さくはあったけれど、近付けば文字も見えた。
その文字をしっかり見ようと、あまり近付きすぎると、三種の衣は別々のふきだしに分離することも分かった。
三種の内、一種でもルーペ内に入らなくなると、分離するっぽい。
それらをまず、九十九に伝える。
「そのふきだしとやらの位置、図解説明は絵にできるか?」
「うん」
まだ頭の中にそれらの位置関係は残っていた。
大雑把ではあるが、それらの位置とふきだしが表示された場所も描き込む。
「お前に絵心があって本当に良かった」
人物を描けと指定して、棒人間を描く九十九はそう言った。
そう言えば、彼がまじめに描いた絵を見たことはない。
報告書にたまに簡単な絵を描いているのは見たことがあるが、それらは簡略化され過ぎているのだ。
「『神装』を視た時のふきだしの色合いは?」
「薄いオレンジの画面表示に、濃いオレンジの文字」
三種の「神装」を視た時と同じだった。
つまり、これらはこの「導きの神装」とやらの効果なのだろう。
「画面表示って言うなよ」
「いや、本当にそんな感じなんだって」
実際は、これらについては、文字の形態から彫刻っぽくもある。
だが、それ以外のふきだしは、ゲームの影響で、画面表示と言いたくなるのだ。
「お前と視界を共有できなくて残念だ」
「そんな魔法があるの?」
「さあ? でも、あると便利だよな」
漫画や小説ではありそうな話だ。
だが、九十九と視界を共有すると言うのはちょっと抵抗がある。
彼の目に映る自分の姿なんて、あまり見たくはない気がした。
「今度はこの三種を重ねてみるか」
九十九が、それぞれを重ねて、一か所に纏める。
それをわたしが識別すると……。
「あ、セット表示になった」
そこに表示されたふきだしは一つ。
そして、内容は「神装」についてだった。
「一番上に乗せた物だけが表示される可能性もあったが……」
「ああ、その可能性もあったのか」
それは考えもしなかった。
三種類をひとまとめにしたから、なんとなく、セットで表示される気がしたのだ。
「それじゃあ、後ろを向けるか?」
「ほ?」
「ちょっと実験したい」
九十九が意味深な笑みを向ける。
彼に言われるまま、背中を向けると、ごそごそと何かが動くような気配があり……。
「いいぞ」
その合図で、また振り返ると、そこには布に包まれた何かがあった。
「これは?」
「識別を頼めるか?」
どうやら、この布を識別すれば良いらしい。
「識別」
ルーペを覗き込んで、「識別」と唱える。
「クリスの黒い布で覆われた『導きの神帯』。透過性の低い布で覆うことで、中の物を見えにくくしている」
表示されたのは青いふきだし。
なるほど。
別の物に変化したために「神装」の一部であっても、通常表記されたらしい。
「青いふきだしで、読みやすい文字表記だよ」
「そこじゃない」
「ほへ?」
だが、九十九の反応は少し違った。
「いや、それは予想していたが、まさか、中の物まで当てるとはな」
「おおう」
確かに、布に覆われていたために、何が入っているのかは外からは分からない。
そして、九十九から言われるまで、そのことに気付かなかった。
「これは、『箱の中身は? 』を当てる系のゲームに強くなるね」
「お前の発想はどこかおかしい」
「失敬な」
最初に浮かんだのがそれだったのだから仕方がないじゃないか。
「それで、正解は?」
「正解だったから、『当てるとは』って言ったんだよ」
そう言いながら、クリスとやらでできた黒い布を剥ぐと、中から、先ほどから何度も識別した「神帯」が出てきた。
「凄いね、識別魔法」
隠れた物まで分かってしまうとは。
「……そうだな」
わたしの言葉に賛同しながらも、九十九は何やら書いている。
先ほどの結果だろうか?
そう思ってその姿を見ていると、それに彼が気付いて……。
「忘れないうちに記録は必要だよな?」
そう言った。
九十九はこの城下の森に来てからも、毎日のように雄也さんに報告していることは知っている。
そのために必要なのだろう。
「その辺り、本当にマメだよね」
「あ?」
「片付け、できないのに」
そこが本当に不思議である。
「悪かったな」
「そう思うなら、お片付けはちゃんとしようよ?」
今、識別しているこの場所だって、油断すると、すぐに九十九は記録した紙をその辺りに放置してしまう。
確かに速乾性のインクではないため、ある程度、乾かすために放置する必要があるのは分かる。
でも、先ほど出したクリスの布もそのままである。
こちらはインクとか関係ないよね?
「そんなことより、まだ識別魔法は続けられそうか?」
「続けられるけど……」
九十九にとって、お片付けは「そんなこと」らしい。
どれだけ、重要度が低いのだろうか?
まあ、彼は収納魔法、召喚魔法が使えるのだから、この場に散らかしていても問題はないのだろうけど。
部屋に散らばっている物も、まとめて収納して、一つずつ取り出すだけなのだ。
魔力が強く、魔法力も多い九十九だから、簡単にできることなのだろうけど、それに頼りすぎているから、いつまで経っても片付けが苦手なままなのだと思う。
「じゃあ、他にお前が持っている神子装束も試して欲しい」
「りょ~かい」
だが、九十九がそれで良しとしているのだから、わたしがとやかく言っても仕方がないのだろう。
わたしは彼の主人ではあるが、妻とか恋人ではないのだ。
そこまで九十九の行動に口を出せるはずもない。
それに、自分の物の管理、所有物の保管については、ほとんど彼と雄也さんにお願いしているような状態なのだから、本当に何も言えないのだ。
でも、できないものはできないのだから仕方ない。
わたしは開き直って、自分ができることをする。
まずはそのために、先ほど出した緑色の袋の中から、別の箱を取り出す。
「まとめてあるのか?」
「さっきの『神装』と、この7着はそれぞれセットにして箱詰めしているね」
ちゃんと同じ箱にしておかないと、どれを着て良いのか、分からなくなりそうなのだ。
尤も、セットで渡されたのは、「神御衣」、「神帯」、「神表衣」だけで、他の「神袿」と「神衣」、「神足絆」はどれでも好きな組み合わせで良いらしい。
だから、「神袿」、「神衣」、「神足絆」はそれぞれの箱に入っている。
だから、先ほどの「神足絆」だけ取り出して識別も簡単にできたのだ。
「神子装束は全部、見たことがある気がするな」
「これらはストレリチア城にいる時、何度か着回しているからね」
ワカとしてはもう少し増やしたいらしい。
でも、わたしはもう十分だ。
安いものでもないらしいし。
「それじゃあ、これらの識別も頼む」
九十九の言葉にわたしは頷きながら、改めて、ルーペを構えるのだった。
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