完璧を目指して
「婦女暴行防止策だよ」
「ほげっ!?」
九十九の口から出てきた言葉に、思わず、奇妙な声が飛び出した。
わたしが識別した結果、「神足絆」と呼ばれるタイツ型ストッキングのような物に不可思議な機能が付いていたことが判明した。
―――― 着用者の許可なく脱衣することは不可
―――― 損壊の意思を持って触れれば応報あり
これらの文章から、わたしが許可しない限り脱ぐことはできないし、これを破ろうとしたら、応報、何らかの罰が与えられるということが分かった。
なんで、そんなものが付いているかがよく分からなかったけれど、九十九が冒頭の台詞の後にこう続けた。
「お前がこれを穿いている時に、無理矢理そういった行為をしようと思えば、コレを脱がすか、引き裂いたり破ったりするしかねえからな」
九十九はわたしの戸惑いと混乱を特に気にした様子もなく、淡々と説明してくれる。
それが、さも当然のことのように。
「でも、それなら、肌着のような『神衣』の方にその措置をするもんじゃないの?」
そんな護りをするなら、ストッキングよりも、より素肌に密着している神衣の方に付けるべき機能なのではないだろうか?
「阿呆。そんな所にまで手を伸ばさせる前に、止めるための措置をするのは当然だ」
「ふぐぅ……」
それは確かにそうだ。
上に着ている物は、数は多くても、結局はスカートのようなものだから、全てべろんと捲ってしまえば、簡単に「神足絆」まで手が届いてしまうだろう。
尤も、この「神足絆」にまで手を掛けられているような状況になっているならば、女性側としては、相当な恐怖だとは思う。
「でも、わたしには護衛がいるし、大神官さまだって常に付き添ってくれているのに……」
だから、大半のことは大丈夫だと思っている。
実際、これまでは大丈夫だったのだ。
そんな怖い思いをした覚えもない。
「あのな? お前の意思を無視して汚い手段を選ぶ人間が、いつもこちらの思う通りに動いてくれると思うなよ?」
九十九の目つきが鋭くなる。
「『音を聞く島』のように、普通では考えられない手段を持つ輩だっているんだ」
その言葉にゾッとした。
確かに、あの時は本当に怖い思いをしたのだ。
彼が言うように、身の危険というのは、聖堂内だけの話ではない。
わたしは自分の身体を護るように両腕を組む。
確かに無事ではあったけれど、あの時の恐怖は、あの暗闇で聞こえた声は、今も耳にこびりついて離れない。
「でも、そんな効果がこの『神足絆』にあるなら、できるだけ身に着けていた方が良いな」
少し前のわたしなら、大袈裟だと言っただろう。
わたし相手にそんな気持ちを抱くような人なんて、セントポーリアの王子殿下ぐらいだ、と。
でも、今は九十九の懸念も理解できる。
身を護るための手段が多い方が良いことも。
世の中には目的のために手段を問わない人間というのはいるし、女性なら誰でも良いって殿方もいるらしい。
更に、そこに、「聖女の卵」を抱けば、法力が強化される可能性があると分かれば、神官たちにとっては今よりも上に上がるチャンスとなる。
だけど……。
「それは、こんな風にコンテナハウス内でも?」
ここにいるのは、九十九だけなのだ。
だから、ここで身に着けるのは、彼を疑っているようで凄く嫌な気分になる。
「あ?」
でも、九十九が奇妙な声を出して聞き返した。
この時点で、わたしは既にホッとしていたのだけど……。
「いや、ここにそんなヤツは来れないから、身に着ける必要はねえぞ」
そうわたしを安心させるように彼は笑ってくれた。
普段はわたしを脅かすようなことを言う護衛。
でも、今の言葉は、わたしの意思を無視した行為をしないと宣言しているも同然だった。
「そっか」
わたしはそのことが嬉しい。
それも意識せずに、自然に出た言葉だったところだから、本当に嬉しいのだ。
やはりこういったところがあるから、彼は信用できると思ってしまう。
「確かに安全のためとはいえ、ずっとこの『神足絆』を穿くのって窮屈なんだよね」
「そうなのか?」
「うん。足が締め付けられるからね」
人間界のキャリアウーマンと呼ばれる女性たちを心底尊敬する。
毎日、化粧して、スーツを身に着け、ストッキングを着用し、さらにヒールを穿くと言う苦行に耐えて仕事に行くのだから。
「血行が悪くなるのか?」
「いや、そこまではないと思うけど……」
でも、長靴下よりは広範囲であるため、締め付けられている感が強いのだ。
特に太もも!!
本当にきつい!!
「それでも、できる限り身に着けた方が良いとオレは思う」
「そうだね」
恭哉兄ちゃんがどこまで考えてこれを渡してくれたかは分からない。
だが、渡された「神足絆」の全てに同じ文言があったのは偶然ではないと九十九は思っているらしい。
もしかして、もともと、付いている機能……なのだろうか?
ストレリチアでは女性は素足を見せることを良しとされない文化がある。
それも、もしかしたら、この「神足絆」で、女性が嫌な思いをすることを減らすためということも考えられる。
それだけ、「神女」は危険が多い。
例の「穢れの祓い」という神官たちにとって、都合が良すぎる行為だけの話ではなく、単純に「発情期」の危険もあるためだ。
「リプテラに戻ったら、できる限り穿くことにする」
「ああ、そうしてくれ」
それまでの自由。
それ以降は、わたしの足は常時、締め付けられることが決定した。
「リプテラには、いつ頃、戻ることになりそう?」
あれから、結構な時間が経った。
そろそろ、この自由な時間も終わりが近付いてきたことだろう。
「ようやく、『音を聞く島』にウォルダンテ大陸の人間たちが出入りするようになったみたいだからな。いろいろな調整があるようだが、トルクスタン王子が戻るまでまあ、あと二、三週間ってところか」
「思ったより、長くなったね」
「そうだな」
もともと、一カ月程度の自由だった。
だけど、いろいろな事情があって、既に一ヶ月近く、この城下にいる。
まあ、その半分はセントポーリア城にいた気もするけど。
「じゃあ、それまでに、識別ももっとしなきゃね!!」
わたしは拳を握りしめる。
今みたいにわたしが九十九の役に立てることなんて、そう多くない。
これまでの恩を返すべく、もっと頑張らなければ!!
「それは助かるけど、無理だけはするなよ?」
「うん、分かってる」
「既にこの城下に来てから熱出したり、意識飛ばしたりしているんだからな」
それを言われると、簡単に大丈夫とは言えない。
そして、九十九のことを過保護だと言い切れない。
「それよりも、あなたは、目的は果たせたの?」
わたしは話を逸らそうとする。
「あ?」
「もともと、この城下に来ることになったのも、あなたが望んだから、だったでしょう?」
わたしが倒れたことにより、城で一時的に強制滞在したりしているため、彼の目的が果たせなければ、ここに来た意味はなくなってしまう。
「まあ、大体は、目的を果たせたよ」
「目的ってミタマレイル?」
「それもある」
やはり、そうだったか。
この城下の森に来てから、九十九は、何度もミタマレイルに関することを調べていた。
結局は、ほとんど分からなかったみたいだけど。
「後は、城下の書物と、城内の書物だな。思ったより、城の滞在期間が長くなったおかげで、城内の書物に関しては、結構、しっかり調べることもできたし、読むことができたと思っている」
「ほへ?」
「オレは兄貴に比べて知識が足りてないからな。せめて、出身国の知識ぐらいは、身に着けておきたかった」
九十九は困ったように笑いながら、そんなことを言った。
そっちの目的については、わたしは全然、気付いていなかった。
言われてみれば、確かに城下の書物館にて、かなり大量の本を複製していたし、城内でも本を読んでいた気がする。
でも……。
「あなたの知識が足りていないとは思ってないよ」
少なくとも、雄也さんだって、それとなく九十九の知識を頼ることがある。
特に医療関係、植物関係については、さり気なく、彼に確認しているようだから。
「オレが足りてないって思っているんだから、足りてないんだよ。実際、本を読んで初めて知ることも多かったからな」
九十九はどこまでも自分に厳しい。
そして、常に自己研鑽を怠らない。
自分が足りないものに気付いて足すために、常に努力をし続ける人。
そこでふと気付いた。
彼の名前「九十九」は、育ての親が付けたという。
なんとなく、それを聞いた時は、彼らを育てたと言うミヤドリードさんのことかと思っていたけれど、それだと、時期がおかしいのだ。
そして、母が九十九の乳母だったことを最近知った。
だから、母が付けたなら、納得できる。
―――― 九十九
百年に一足りないと言う意味。
同時に、「次百」という意味もある。
99パーセントは、完璧に近い数字。
昔、読んだ少女漫画にもあった。
―――― 「九十九」は「百」になりたがると。
恐らくは、母はソレに近しい考え方が、どこかにあったのではないだろうか?
正直、母が考えたというのはちょっと複雑である。
だけど、この上なく、彼に相応しい名前だとも思う。
「オレは父や兄を越えたい」
そう言う彼は、どこまでも完璧を目指す青年だったから。
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