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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界旅立ち編 ~
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ちょっとした休息時間

「あれ……?」


 木漏れ日の眩しさを顔に感じ、わたしは目を開ける。


「わたし……、あのまま寝ちゃった?」


 慌てて身体を起こして周りを見渡すと、すぐ近くに膨れっ面の九十九が足を組んで座っていた。


 そして、彼は自分の前髪をくしゃりと掴み、一言。


「完っ璧に……やられた……」


 そう口にする。


 どうやら、九十九は状況を把握できているらしい。


「え…………っと、眠れた?」

「おかげさまでな!!」


 思いっきり棘のある九十九の返答。

 それも無理はないと思う。


 彼からすれば、騙されたに等しい状態なのだ。


「……っていうか、なんでお前までこんな所に寝てるんだよ? わざわざ寝床出してる意味がねえじゃないか!!」

「そんなこと言われたって……」


 気が付いたら寝ていたとしか言いようがない。


 水尾先輩の昨日の口ぶりから、わたし相手に魔法を使ったとも思えないし。


「おや、少年、高田。おはよう。良い朝だね」


 そんなわたしたちの真上から飄々(ひょうひょう)とした声が聞こえてきた。


「あ、おはようございます」


 わたしは声のした方へ挨拶をする。


「おはようございます!!」

「2人ともよく眠れたみたいだな。良いことだ」


 ガサリという音と数枚の葉っぱと共に、水尾先輩が上から降ってきた。


「とりあえず、今のところは周辺には何もいないぞ。街道の方には商人や巡礼者と思しき風体の人間、あと、ユーチャリスの方へ向かう兵が数名ほど走ってたな」


 水尾先輩が「兵」と口にした。

 その言葉に、身体が少し、びくりとしてしまう。


「街道って……、望遠鏡でも使いました? 結構離れているでしょう?」

「近くの気配は分からないほど鈍感ではないし、街道については遠見魔法を使った。探知魔法は魔気に敏感な人間に気付かれる恐れがあるが、遠見魔法は近くに来ない限りは気付かれん」


 九十九の言葉に水尾先輩は返答する。


「それって……、逆に他の人間が使っていたらこちらの動きが分かってしまうってことではないんですか?」


 それらの魔法については、よく分からないけれど、こちらから見えるなら、向こうからも見ることができそうだと思うのはわたしだけ?


「いや、街道みたいに開けた場所ならともかく、こちらは森の中だ。障害が多いところでは遠見魔法は良く見えない。木々が邪魔するから、向こうからなら、探索魔法を使わなければ探せないはずだ」


 わたしの言葉には九十九が返事をする。


「望遠鏡や双眼鏡みたいなもんだな。道具がないから魔法使っただけ」


 さらに続けられた水尾先輩のその例えは分かりやすかった。


「それで……、上からだったんですね」


 九十九が肩を竦める。


「そんなわけで、私はメシ食ったら寝る。後は任せた」

「「は? 」」


 水尾先輩の言葉にわたしと九十九の声が重なる。


「仮眠するだけだ。完全に徹夜してしまうと魔力が暴走しやすくなるからな」

「眠らないと暴走しちゃうんですか?」


 数日前に水尾先輩が暴走した時は、母が止めたらしい。


 だけど、今、この状況で暴走されてしまうと、止める自信はない上に、追われている身としては大変困ってしまう。


「可能性の問題だな。集中できないと魔法ってのは制御しにくい。不眠というのは精神力をゴリゴリと削っていくからな」

「……だそうだよ?」

「うるせえ」


 いろいろ言いたいことは山ほどありそうだが、水尾先輩の言っている意味も分かるようで、九十九は膨れた顔はしているもののそれ以上の反論はしてこない。


 尤も、下手なことを言えばたちまち水尾先輩から論破されてしまうことだろう。


 魔法に関する水尾先輩の知識は、九十九より明らかに多く深いということは、素人のわたしにだって分かる。


「とりあえず、少年。メシくれ、メシ」

「……はい」


 大人しく、今日の朝ごはんを準備する九十九。


 そして準備されたそれを満足気に頬張り、水尾先輩はすぐ近くの建物に引っ込んでしまった。


 そこに残されたのはわたしと九十九。

 昨日のこともあり、少しだけ気まずい。


 今回の件に関しては、自分が悪くないとは思っていても、悪巧みの片棒を担いだという事実には変えられないのだ。


「さて、思わぬ時間が空いたわけだが……」

「そうだね」

「お前ももう少し休むか?」

「いや、結構寝たっぽい」


 どれくらい眠っていたかは分からないけれど、ぐっすり寝たことは分かる。

 思ったより、わたしも疲れていたみたいだ。


「水尾さん……、一緒に来てくれて本当に良かったよ。おかげでオレの足りないところがしっかり見える」

「足りないところ?」

「自分で勉強してねえから、兄貴に与えられた知識しかない。普通に暮らす分には問題ねえが、このままではダメだな」


 九十九は拳を握る。


「でも、水尾先輩になくて九十九にあるものもあるよ」

「例えば?」

「料理」


 わたしは即答した。


「……オレには、それしかねえのか?」

「魔法は使えなくても生きてはいけるっぽいけど、料理はなければ確実に死ぬよ?」

「今の状況は魔法がなくても死ぬんだよ。身を護るには必須だろ」

「じゃあ、一番ダメなのはわたしだね。料理も魔法もさっぱしだから」

「……そう言う意味じゃ……あるのか?」

「なかなかひどい」


 だけど、九十九の言葉に不機嫌なものが混ざらなくなったから良しとしよう。


「ま、お互い勉強不足の身だ。そんなわけで……」

「へ?」

「時間が空いたなら、勉強するぞ。お前も千歳さんから渡された本が何冊もあったよな」


 すっかりいつもの調子に戻った九十九は、わたしに含みのある笑みを向ける。


「わ、忘れたかったのに……」

「忘れんなよ。……千歳さんはあれだけ本を読む人なのに、お前は逆だな」

「読める言語なら喜んで読むんだよ」


 嘘ではない。

 日本語で書かれている本なら読む気になるのだ。


 だが、このシルヴァーレン大陸言語は英語に似ているのに、文法とか微妙に違ってイライラする。


「大分、覚えただろ?」

「一ヶ月そこらで一つの言語を完全マスターできるなら、駅前留学とかはいらなくない?」

「屁理屈は良いから、勉強しろ」


 そう言いながら、九十九はわたしの荷物が入っている袋をどこからか取り出した。


「うう……」


 呻いているわたしの横で、九十九も自分の本を広げる。


 木漏れ日が差し込む森の中で、本を読むというのは童話に出てきそうな光景だ。


 でも、これは現実。

 静かで人気(ひとけ)はおろか、動物の気配すら感じられない。


 少なくとも鳥の鳴き声ぐらい聞こえてもいいと思うのだけど……。


 それに、九十九や水尾先輩の話ではこの世界では魔獣というものが存在するはずなのだが、ソレらも姿を見せる様子がなかった。


 人間界のゲームでは、人間たちの居住区から少しでも外に出たら、すぐに怪物に襲われることが多いのに。


 そんな感覚でいたために正直、ちょっと拍子抜けはしている。

 まあ、トラブルに遭わないに越したことはないのだけれど。


「丁度、良い機会だから聞いておくけどよ」


 そう九十九は本に目線を落としたまま、声をかけた。


「お前、あの人のことはどれくらい信用している?」


 唐突な質問。

 でも、言いたいことは分かる。


「水尾先輩のこと……だよね? 素性は分からないけど、今のところ敵ではないと思っている」

「オレは半々」

「なかなかはっきり言うね」

「オレたちの前に現れるタイミングがよすぎたからな。お前が城に行くとほぼ同時。謀られた可能性を考えてもおかしくはないだろ?」

「単純にアリッサムの襲撃と重なっただけでしょ」

「それすらも利用する人間はいる。敵を欺くために手負いに見える状態で現れるというのはそう珍しい話じゃない」

「でも、それを助けた九十九自身が言うのは変じゃない?」

「あの時は……、単純に見捨ててしまうと……、その……、お前が悲しむんじゃないかって思って……」


 九十九にしては歯切れの悪い返答だった。

 それだけに、彼が言葉を選ぼうとしてくれているのは分かる。


「それも言わなければわたしには分からなかったよ。九十九に選択肢が無かったとは言わせないからね」

「それは確かにそうなんだが……」


 どこか納得できないらしい。


「じゃあ、九十九は水尾先輩がアリッサムの人間じゃないって思う?」

「いや、あれだけの知識と魔力。そこは否定しない。属性魔気もしっかり火だからな。魔法国家の人間じゃないって思う方がかなり無理はあると思ってる」

「信用させるためにしては潜伏期間がちょっと長いかな? それに……、先輩が敵ならわたしと九十九は間違いなく昨晩で終わってるよ」


 二人して無防備に寝こけていた。

 そんな好機を、敵ならば見逃すとは思えない。


「兄貴の合流を待って一網打尽の予定……とか?」

「おおう、過激な発想だなぁ……」

「あれだけの魔力と魔法の知識だ。それぐらいの自信があってもおかしくはない」

「でも、あの雄也先輩のことを知っているわけだよね? それでも、そんな行動に出ることができるもの?」


 わたしが知る限り、雄也先輩は頭脳派だ。


 普通なら手立てがないような状況でもその知識を持って、一筋の光明を見つけ出し導いてくれそうな期待感がある。


 あの人が誰かに負けるなんて想像できないぐらいに。


「奥の手を隠し持っている可能性はある。単純にオレたちに見せたものが全てであるはずが無いだろう」

「九十九は水尾先輩にそれだけの自信があると思っているんだね」

「ああ、単純な魔法勝負なら確実にオレたち兄弟は二人がかりでも太刀打ちできないと思う」


 それはお互いの魔気を量りあえる魔界人ならではの感覚なのだろう。

 その辺りはわたしには残念ながら分からない。


「凄いなぁ、水尾先輩って……」


 そして、それを素直に認めて、口にできる九十九も。


「でも、魔法は力勝負だけではないから、あっさり負けるなんて無様を晒すつもりはねえぞ」


 少しむっとした顔で九十九がそう返す。

 やっぱり素直に負けを認めることはできないらしい。


「だから、お前に前もって確認しておく必要がある」


 そう言って、九十九は本を閉じてわたしを見た。

 そして……。


「あの人が万一、敵だったときはどうする?」


 そんな問いかけをしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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