神子装束
「あの女は何、考えてやがる!?」
「ただの悪ふざけにしてはお金がかかり過ぎだよね」
何気なく、識別したワカから貰った服。
わたしに貰った服は、その全てに「法力耐性」が付いていた。
だから、同じように九十九がワカから貰った服も試しに識別魔法を使ったのだが、その結果、恐ろしいことが分かったのだ。
「この全てに『法力耐性・大』に、『神力耐性・極小』だと?」
九十九が震えている。
「まさか、こんなコスプレセットにそんな機能が付いているなんて、普通は思わないよね?」
そんなまさかの結果が出てしまった。
ある意味、神官装束、神子装束に匹敵する装備品ではないだろうか?
「えっと、考えられるのは、この衣装の素材となったものに、もともとそんな機能があった……かな?」
「確かに黒い布地と、銀製品ではあるが……」
ストレリチアは法力国家だ。
黒い布地は、神官装束に使われるほど、一般的な素材でもある。
そして、銀製品にも、質によってはもともと法力や神力にちょっとだけ抵抗できるとも聞いている。
「それ以外だと、大神官さまにお願いした……かな?」
九十九に渡すためだと言えば、恭哉兄ちゃんが何らかの措置をした可能性がある。
そして、恭哉兄ちゃんは、人間界に行っているけど、ゲームにそこまで詳しくないっぽい。
この衣装は、確かにゲームのキャラクターが着ていた服によく似ているが、これは、あのゲームをかなり好きでなければ知らないはずだ。
有名だったパズルゲームでは一度も出てこなかったし、その元となったRPGも、わたしが使う「識別魔法」の参考にさせてもらった入るたびにダンジョンが変わるゲームも、一部の人しかやっていないと思う。
自分でもマニアックだと思うけど、かっこいいんだよ、この服もそのキャラクターも!!
そして、一見、この世界では珍しくない意匠の黒い服と軽鎧である。
疑問を持たずに受け入れたかもしれない。
「どっちもあり得そうで、怖え」
同感である。
そして、下手に確認できない。
「……ということは、あなたはコレを身に着けた方が良い?」
「何かの時は、考える」
微妙な間に、彼の葛藤を感じる。
「これが、コスプレ衣装でなければ……」
それも同感だ。
「オレはよく知らないが、これも、ゲームのキャラが着ていた服……なんだよな?」
「うん」
それも、わたしの最愛だ。
銀髪碧眼好きになったのも、そのキャラクターのせいだ。
「コスプレ衣装じゃなければ……」
「まあ、言わなきゃ分からないよ」
「お前、いや、若宮が知っているってことが最重要なんだよ」
その気持ちも分かる。
揶揄いのネタが一つ追加された気がするからね。
「そんなに気になるなら、それこそ売れば?」
わたしとしてはかなり惜しいけど、九十九がそこまで嫌なら、それも仕方ないよね?
「そんな勿体ねえこと、できるかよ!!」
「それもそうだね」
普通のツテでも簡単に手に入らないモノである。
これが、ワカの悪ふざけが絡んでいなければ、九十九は素直に喜べたことだろう。
「そうなると、神子装束はどうなるかな?」
先ほどの九十九の服を視た後だ。
予想もできない。
「やってみるか?」
「うん」
わたしは袋に手を突っ込んで、箱を引っ張り出す。
「おや」
そこから出てきたのは見覚えがある薄い橙色の「神装」だった。
但し、これを着たのは一度だけ。
わたしが持っている「神子装束」に橙色はなく、かなり珍しいものだ。
そして、わたしにしては珍しく大人っぽい意匠でもある。
「こんなの持っていたか?」
箱を開けて懐かしさに目を細めていたわたしの横から覗き込んだ九十九が首を捻った。
「うん」
そして、九十九の前では一度も着たことがない特注品。
「特別な儀式のために作ってもらった『神装』だよ。『神子装束』よりも上位の服かな」
だから、九十九は知らない。
「大神官さま特製だからね。でも、雄也さんは知っているよ」
これは雄也さんのためだけに作ってもらった「神装」だから。
「いつも見ている神子装束とは随分雰囲気が違うな」
「大人っぽいでしょう?」
わたしは胸を張る。
「大人っぽいかどうかは分からんが、若宮の趣味にしては落ち着いているとは思う」
「これは完全に大神官さまの意匠だからね。ワカは関わっていないんだよ」
ワカもこれを作ったことは知らないだろう。
「若宮が関わっていない。そんなに大事な儀式だったのか?」
「うん」
少なくとも、わたしと雄也さんにとってはとても大事なことだった。
ある意味、大神官である恭哉兄ちゃんは巻き込まれただけ。
でも、なんとなくだが、気付いていたのだろう。
何度も、念を押されたのだから。
「…………」
「何?」
「いや、そうだよな。お前は『聖女の卵』だもんな。オレの知らないことだってあるか」
まるで自分に言い聞かせるかのように、九十九は頷いた。
「どうしても、内密にしなければいけないことはあるからね。そこは許して欲しいかな」
全部を言うことはできない。
世の中には、知らない方が良いことだってある。
本当は、九十九が知っておいた方が良いことだって分かっていても、わたしはあの時、雄也さんの気持ちに触れてしまったから……。
だから、あの儀式のことは言えないのだ。
「多分、わたしが持っている服の中で、一番、神力が籠っているのがこの『神装』だと思う」
「最上位か」
「今のところ、そうなるね」
今後は分からない。
もっと「聖女の卵」として深みに嵌れば、さらなる最上位の「神装」を渡される可能性はある。
この服は、「神装」と呼ばれる儀礼服ではあるが、雄也さんから申し出があった後、急遽作った物なので、恭哉兄ちゃんとしては少し不満が残ったらしい。
「これも神子装束と同じく、何枚か重ねて着るのが普通かな」
「なんで、神子装束といい、その『神装』といい、何枚も着るんだろうな」
「十二単みたいなもんじゃないかな」
「それは絶対違う」
「そう? 一つ一つに意味があるというところは同じようなものだよ」
そして、十二単よりは少なくて、軽い!!
「そんなわけで、まとめて識別? 分解して識別?」
「分解って言うなよ。まるで、服をバラすみたいじゃねえか」
「えっと、分別?」
「それも何か違わねえか?」
そうは言われても、適切な表現が思い浮かばないのだから仕方ない。
「一式識別より先に個別識別をした方が面白い結果が出そうだとは思うな」
そして、あっさりと言葉を見つける護衛。
ぐぬう。
言語表現で負けると、なんとなく悔しく思えるのは、わたしが文系だからだろうか?
「全体識別よりも、分離識別ってことだね」
「わざわざ言い直さなくても……」
九十九がわたしの言葉に苦笑する。
自分でも大人気ないと分かっていても、悔しさが先立ったのだ。
でも、必死で考えた割に、結局、九十九の表現の方が良いとも思う。
「だが、個人的にはどちらもやって欲しい」
「分かった」
それも当然の話だ。
わたしの識別魔法はまだ分からないことも多いし、個別に識別した時と、まとめて識別した時とでは結果が変わる可能性がある。
人間界のゲームとかでも、装備を揃えると、セット効果などのボーナスが付くものだってあった。
相乗効果というやつだろうね。
「じゃあ、この『神装』の一番上、神子装束で言う『神御衣』から、識別しようかな」
「『神御衣』?」
「神子装束の最上衣のことだね。でも、『神装』だと名称が違うかもしれない」
神子装束なら、一番上に「神御衣」。
それを止める帯である『神帯』。
その下に重ねる薄い布地の『神表衣』。
さらに下を覆う『神袿』。
肌着である『神衣』。
最後にタイツ型ストッキングである「神足絆」
これら六種の布地が「神子装束」セットである。
儀式となれば、それに履物や装飾品も追加されるが、今回は「神子装束」ということで衣服限定にした。
さて、本来の「神子装束」セットは、「神御衣」以外の上半身を覆う上着部分は、主に背中が開いている。
例の「神装」も重ね着の数は同じ。
でも、「神御衣」の下に着る「神表衣」はかなり薄手の生地なのだけど、背中は開いていないという差異もある。
それらを簡単に九十九に説明すると……。
「難しいことは分からんが、上着の背中が開いているのは何か意味があるのか?」
「神子装束の背中が開いているのは、神の御羽を意識しているとは聞いているよ」
神の背には羽がある。
だから、背中を開ける必要があるのだと。
「そして、神子は神に最も近い人類だというのが背中を開ける理由だってさ」
神力を行使できる存在。
それらをざっくりと神子と言う。
「その割に、大神官の神官装束は全く開いてない気がするのだが……」
九十九はこの世界で最も神力が強い人類を口にする。
「まあ、神子装束の背中を開けさせたがるのは、ワカや神官たちだからね」
だから、ワカや神官たちが関わっていない上、恭哉兄ちゃんの意向が強く押し出されているこの「神装」は、あまり背中を露出させていないのである。
そもそも、神の御羽は神しか持たない。
どんなに神から力を与えられても、人類の背に羽が生えるはずがないのだ。
「やっぱり、あの国、王女殿下を含めて変態しかいねえ」
九十九は呆れたようにそう肩を落としたのだった。
主人公は「ローグライク」という単語を知りません。
そのため、こんな言葉になりました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




