固有名詞の表示
「一つ、確認したいんだが……」
「何?」
九十九が自分の顎に手を当てながら、言った。
「お前は識別魔法を読んでいる時に、自分の意識はあるんだよな?」
「うん」
目の前にふきだしが表示された時、ああ、日本語だと思った。
懐かしいとも。
そして、文章を読んで考える余裕もある。
「それなら、不都合なことを、お前自身が口にしなければ良いんじゃないか?」
「ふにゅ?」
「……どんな返答だよ?」
「いや、なるほどと言う感情と、それはどうだろう? という疑問が同時に出てそんな声になった」
九十九の言う通り、それは可能だと思うけど……。
「それだと、識別魔法とは言えなくない?」
自分の意思で情報を伏せた時点で、結果が異なってしまう。
「変な所で真面目だな」
九十九が苦笑する。
「あと、単純に、文字を読んで口にする時は、書いている文章をそのまま読んでしまう気がする。国語の教科書を朗読する時みたいに似ているかな」
「そうか……」
「感情移入とは違うけど、それに近い感じ。その世界観に入り込むような?」
「面倒だな」
わたしもそう思う。
「それなら、せめて、固有名詞……、具体的には、個人名を変えること、伏せることはできないか?」
「ああ、確かにそれは必要かもね」
これまで、わたしの識別結果に出てきた固有名詞は「ツクモ」と「ラシアレス」だった。
だが、「ツクモ」はともかく、「ラシアレス」は外に出さない方が良いと言うことは、わたしにも分かる。
「でも、ちょっと練習がいるかも?」
「それほどのことか」
「文章をそのまま読む癖が付いているっぽい」
「人間界での朗読の成果か」
どちらかというと、これまでの読書の成果という気もする。
「それなら、神子装束を中心に、識別練習をしてみるか」
「神子装束?」
「お前の魔名が表示される可能性が高いモノで練習した方が良いだろう?」
「でも、神子装束って、別にわたし専用ってわけじゃないよ?」
恭哉兄ちゃんから手渡されているが、特にそんな指定はなかったはずだ。
「若宮が作った衣装の方が良いか?」
「……おおう」
確かにソレなら、わたし専用である可能性は格段に高くなる。
恐ろしいほど、サイズが丁度良いのだ。
あの王女殿下は、時々、お金と権力の使い方が激しくおかしい時があるよね。
「それなら、まず、コスプレ専用袋を出すか……」
「そんな名称が付いていたんだね」
いや、分かりやすい名称だとは思うけど、その名前はどうかと思ってしまうのはわたしだけだろうか?
わたしが滅多に着ない系統の服が多いだけで、コスプレっていうほどの衣装は案外少ないのだ。
まあ、たまに明らかにゲームのキャラクターが着ていたような服もあったけれど。
「どれが神子装束で、どれが若宮から貰ったコスプレ衣装だ?」
「こっちの箱に入っている物が神子装束。こっちの剥き出しの方が、ワカ特製の衣装」
同じ袋に入れてはいても、流石に同じ扱いにはできなかった。
いや、本来、同じ袋に入れているのもおかしいのだけど、ストレリチアで着る服の袋なので、こうなっている。
「どれを識別する?」
「……思ったより、種類が多いな」
「この袋って、見た目よりいろいろ入るから助かるよね」
ゲームとかに出てくる大量に物が収納できる大きな袋のようだ。
ただ、無限に入れることができるわけではないとは聞いている。
だが、今のところ、限界に達してはいない。
わたしが、魔法を使えない時期からお世話になっているし、これからもお世話になるだろう。
「なんで、あの女はこんな服をお前に着せたがるんだろうな」
その中の一つを広げながら、九十九がそう言った。
桃色のワンピースに襟元、袖口、胸元、裾に同色の細かいフリルが付いている。
「わたしが自分からは着ようとしないからじゃないからかな」
ワカがわたしに着せたがるのは、今、九十九が手にしているようなフリルやリボンが多い可愛らしい系統の服が多いのだ。
しかも膝丈。
わたしの短い脚など晒して誰が喜ぶと言うのか?
それらは、ゴシックロリータというほど突き抜けてはいないが、まあ、ガールズというよりもキッズという方が近い程度には可愛らしい。
そして、ワカ本人は絶対に着ない。
「似合うのにな」
「ほへ?」
「お前はこういう系統の服が似合うよなと言った」
「いやいやいや? 似合わないよ? その手の服はもっと小さい子向けだよ」
具体的には、わたしの年齢の半分ぐらい。
十歳前後の小学生とかが似合うし、喜びそうだと思う。
「そうなのか?」
「そうなのだ」
まあ、確かにわたしは小学生高学年の平均身長なので、見た目には似合うかもしれないが、実年齢的にはもうアウトだ。
わたしだって、年相応の服を着たい。
「とりあえず、まず、これを識別してくれ」
「分かった」
九十九は手にしていた桃色のワンピースをわたしに手渡した。
「識別」
青いふきだしが表示される。
「プリンセスラインのミディ丈ワンピース〔桃色〕。ネック80、ナイエル20。ストレリチア製。法力耐性、小。高田栞のために作られている」
そして、それを読んだわけだけど、……あれ?
「これだと、ラシアレスではなく、高田栞って表示されたよ?」
「いや、どちらにしても、そのまま読むなよ。練習するんじゃなかったのか?」
「おおう」
そう言えば、そうだった。
でも、つい、しっかりと読みたくなるのだ。
「これは、若宮が、お前の魔名を知らないからか?」
「そうか!!」
九十九はわたしの魔名を知っている。
そして、ワカは確かに知らない。
「でも、ヘアカフスと違って、わたし専用装備ではないんだね」
「まあ、一見、普通の服だからな。最悪、売ることもできるってことだ」
「いや、売るつもりはないよ?」
ワカがわたしのためにくれたものだ。
着るかどうかはともかく、売るつもりはない。
「そして、ネックって何? 首?」
「綿に似たものだな」
「植物?」
「ネックは植物だ。だが、もう一つのナイエルは、確か、魔獣の体液だったと記憶している」
「ほげえ!?」
体液って何?
血液? 汗? それとも、唾液?
「多分、若宮も知らないとは思うぞ」
「えっと、体液って具体的には?」
それによっては、ワカには悪いけど、ちょっと今後、着辛くなるかもしれない。
「雄限定の、皮膚にある毒腺から毒液と同時に滲み出る保護液だったはずだ。自分の皮膚を溶かさないようにするためだったか?」
「ああ、それなら許容」
「お前って、時々、寛大だよな」
「嫌な物もあるけど、排泄液じゃなければ良い」
流石にそれは嫌だ。
「排泄……、まあな」
わたしの言葉に納得する九十九も結構、寛大だと思う。
「オレとしては僅かとはいえ、法力耐性が付いていた事実に驚いている」
「そう言えばそうだね」
そして、その後、分かることだけど、ワカがくれた服には全て、「法力耐性」が付いていた。
それこそ、九十九がいう所の「コスプレ衣装」と言われている物にも。
「これって、ストレリチア製だから?」
「いや、ストレリチア製でも、オレが買った服には付いていなかったから違うと思う」
念のため、九十九の服も識別させてもらったけれど、普通に城下で購入した大衆向けの服には「法力耐性」などなかった。
でも、九十九の服を識別する時は、ちょっとだけ緊張したのはここだけの話。
男の人の服って、着ている時とはまた違って見えるんだね。
「ここに、若宮から渡されたオレ用の『コスプレ衣装』があるんだが……」
九十九は凄く迷いながらもある服を取り出した。
「ああ、情報国家の国王陛下と初対面時に着ていた服だね」
しかし、貰ったのか。
まあ、九十九用に作らせた物だろうからね。
「何故、覚えている?」
「印象強かったからだよ」
今と同じ、銀髪碧眼。
さらには、わたしが数ある作品の中で、最愛のゲームキャラの衣装だ。
忘れることなどできるはずがない。
「これを、識別する気はあるか?」
「あなたは嫌そうだね」
「おお。若宮の悪ふざけの一部だからな」
本当に嫌なのだろう。
わたしに渡す手も、肩も震えている。
「まあ、識別魔法の練習として、使わせてもらうね」
わたしとしてはワクワクしている。
いや、だって、黒を基調とした服と同じく黒のマント。
さらには、銀色の胸当て、銀色の篭手、銀色の臑当の軽鎧セットだ。
これで、ときめかなければ、ファンタジー好きではない!!
「せっかくだから、着てみる?」
「もう着ない!!」
残念。
似合っていたのに。
「どうしよう? 一つずついく?」
「そうだな。その方が良いだろう」
わたしたちは、本当に軽い気持ちだった。
だが、その結果、驚くべきことが分かったのだ。
「マジかよ……」
「これは凄い」
ワカが九十九に渡した、どこかで見たようなキャラクターのコスプレセット。
それは、その全てに「法力耐性・大」だけでなく、「神力耐性・極小」まで付いた……、ちょっと待って!? と、思わず叫びたくなるような代物だったのだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




