識別結果の行方
思わず奇声を上げそうになった。
「近距離専用小型送信珠[ANR-K-30型―T]。カルセオラリア製。従来の通信珠の受信機能が失われ送信機能のみ。使用者の声を常に魔力周波で繋がっているツクモの脳内に直接届ける」
自分で口にしておいて、アレだが、これはかなり恥ずかしいことが書かれている。
何が恥ずかしいって、この通信珠は常に魔力周波とやらで、九十九と繋がっているってことだ。
え?
わたし、そんなものがずっと自分の胸元にあったの?
常に?
そう意識すると、たちまち顔が熱を持った。
でも、確かに情報国家の国王陛下だって、そんな感じのことを言っていた。
そっか~、常に繋がっている。
ずっとこの通信珠から九十九の気配がしているってそういうことなのか。
そして、気配の強さでは、魔力珠の方がずっと上なのに、そっちは繋がっているわけではないようだ。
納得はしたけれど、それぐらいでわたしの羞恥が消えるわけでもない。
「どうした?」
だけど、九十九自身は特に気にした様子はなかった。
ごく普通の顔で問いかけられたことは分かる。
あれ?
これって、わたしが意識しすぎているだけ?
「えっと、その、うん。まあ、あなた専用の通信珠だもんね」
そう口にしながらも、常に九十九と繋がっているという事実が頭をぐるぐる回っている。
多分、今、わたしの顔は赤い。
だから、顔が上げられなかった。
そして、九十九はなんとも思っていない。
その事実に、なんとなく苛立ってしまう。
「さっきの識別結果はもうメモした?」
「あ? ああ、ヘアカフスについても、二つの通信珠についてもちゃんと記録している」
いつの間に、記録していた?
いや、記録慣れしている有能な護衛だ。
それぐらい朝飯前ってやつなんだろう。
「それなら、三代目くんの識別結果は焼却破棄して」
「……は?」
「良いから、破棄!」
そうすれば、わたしの記憶からは消えてくれる。
現に、先にしたはずのヘアカフスについては、もうほとんど覚えていない。
頭に残っているのは、わたし専用の非売品ってことぐらいだ。
「破棄しても、オレの記憶からは消えないが……」
そんなことを言うものだから……。
「つまり、記憶消去の魔法を試す日が来たということか」
「来てねえ!! そんな物騒なことを考えるな」
わたしの答えに九十九が身構えた。
でも、仮にそんな魔法を使おうとしたところで、必要な情報だけ残して、自分の消したい部分だけを消すことはできないだろう。
最悪、彼が呼吸の仕方すら忘れる可能性だってある。
「ぐぬぬぬ……」
「いや、なんで、いきなり、そんな物騒な思考になったんだ?」
そう言われて思わず九十九を睨みつける。
「あなたの脳内から先ほどの識別結果の記憶を消せないかと」
「そんなにお前にとって不都合なことがあったか?」
「不都合なことがあったというか……」
改めてこっぱずかしい事実を文章という形で突き付けられたと言うか。
「『近距離専用小型送信珠[ANR-K-30型―T]』というのは、本来の名称から変わっているが……」
九十九は自分が書いた記録を見ながら、そう呟いている。
あまり、それを見ないで欲しいな。
「へ? 変わってるの?」
「もともとは、『近距離専用小型通信珠』で、型番は『[ANR-K-30型]』までだ」
「ああ、通信珠が送信珠になって、後ろに『T』が追加されているのか」
でも、「T」ってなんのことだろう?
そして、今、気付いたけど、通信珠の型番って、何気にアルファベット表記が混ざっている。
日本語表記なら「いろはにほへと」とか、「アイウエオ」になってもおかしくはないのに。
「実際の通信珠もその型番表記?」
「あ?」
わたしの言葉の意味が分からなかったのか、九十九が肩眉を上げた。
「いや、アルファベットだなと」
「ああ、型番は一致している。アルファベットというよりも、スカルウォーク大陸言語のアルファベートだな。これは、ここまで含めた商品名ってことだと思う」
なるほど。
商品名の表記。
だが、「近距離専用小型送信珠」という言葉は日本語表記。
解せぬ!!
「『カルセオラリア製』なのは当然だな。通信珠がそれ以外の国で作られた事例はまだない」
「個人で作ることはないの?」
「日本人みたいに、既にあるものを自分の手で更に作り出したいと思うような人間は、カルセオラリアに行く。技術も道具も、人材も、知識すらそこにあるからな」
「なるほど」
そこに集まると知っているのだから、自分の国に留まる必要性がないのか。
この世界は出身国に対する思い入れがあるようで、国からあっさり出る決意を固める人間も少なくない。
魔法国家、法力国家がその才能を持っている人間たちが集まるように、機械国家も同じように物作りが好きな人間たちが集まっていくということか。
「『従来の通信珠の受信機能が失われ送信機能のみ』。これも、知っていることだし、『使用者の声を常に魔力周波で繋がっているツクモの脳内に直接届ける』というのも事実だよな? 何が不都合なんだ?」
九十九は一気に最後の文章まで読み上げる。
「だから、不都合というわけではなくてね?」
これ、どうなんだろう?
下手に口にすると、わたしが過剰反応しているって思われる気がする。
「不都合がないのに、オレの脳内から記憶を消そうと考えるのか?」
「うぐ……」
確かに、わたしが口走ったことは、結構なことだった。
自分の記憶を自分の意識とは無関係に消されるのは酷く怖いことだ。
それが自分の意思で決めたらなら良いが、誰かの都合で消されたり、書き換えられてしまうと言うのは確かにゾッとする。
「えっと、この三代目くんが、常に九十九と繋がっているというのがちょっと恥ずかしかっただけなんだよ」
「あ?」
九十九が怪訝そうな顔をする。
うん、やはり伝わらないらしい。
「その通信珠がオレの脳に繋がっていることは、お前も知っていることだろ?」
更に、「なんで、今更? 」って顔をされる。
「特にわたしって通信珠を首から下げていることが多いから」
「まあ、お前は収納魔法が使えないからな」
「つまり、九十九の脳が常にこの辺りにあるような気がしちゃって……」
「なっ!?」
わたしが自分の胸元に触れつつ、そこまで言って、九十九が顔を真っ赤にした。
「か、考え過ぎだ!!」
「そうなんだけど、通信珠が常に九十九の意識と繋がっているってことは、そういうことでしょう?」
少なくとも九十九の意識の一部が、常にここにあるようなものだとわたしは思ってしまったのだ。
そして、一度、頭に浮かんだ考え方ってなかなか消えてくれない。
それこそ脳内から消さない限り。
「それでちょっと恥ずかしくなっちゃって、先ほどの暴論となりました。ごめんなさい」
そう言いながら、わたしは頭を下げる。
「考え過ぎだ」
九十九は、もう一度、そう口にする。
「自分でも、そう思うよ」
でも……と、顔を上げて続けようとした時、九十九の顔からは赤みがまだ消えていないことに気付く。
だから、なんとなく、まじまじと見てしまった。
銀髪碧眼の美形が照れた顔というのはまた良いものである。
かなり稀少だ。
カメラが欲しい!!
だが、そんな文明の利器はないので、わたしは心の中に保存する。
後で、存分に描こう。
そこで、ふと気付く。
「あれ? さっき、あなたは、既にあるものを自分の手で更に作り出したいと思うような人間は、カルセオラリアに行くって言ったよね?」
「ああ、だからそんな人間が集まるカルセオラリアは機械国家と呼ばれるまでになった」
「でも、ワカはストレリチアだよね?」
「何の話だ?」
わたしが「ワカ」と言ったためか、九十九の顔の赤みは一気になくなってしまった。
ちょっと残念。
だが、脳内にも心にも既に先ほどの顔は保存済みなので何も問題ない。
「いや、ワカって、カメラをどこで手に入れたんだろう?」
この世界にはないはずなのに。
「神官にカルセオラリア出身がいるらしい。そいつに写真機の原理、感光材料、印画紙、現像技術などの知識を伝えて、契約魔法で縛ったうえで、作らせたそうだ」
「何気に、手間をかけているね」
「そうだな」
そして、いつの間にそれを聞き出したのか?
「でも、カメラって電気を使ってないっけ?」
この世界では家電、電気を使った機器は一切、使えなかったはずだ。
それなのに、人間界のカメラってかなり難しいよね?
「人間界でも昔の技術なら電気関係は使っていない。ヤツは、画像を電気信号に置き換えて記録する近代のカメラ以前のカメラを作らせている」
「おおう。でも、ワカにそんな知識があったとは……」
「人間界には『カメラの歴史』という書物が数多くあってだな。特に昔のカメラなんかは細かく図面まで載っているらしい」
「おおぅ」
そうか。
雄也さんが人間界のアルバムをこの世界に持ち込んだように、普通の本だって、持ち込める。
それならば、電気を使わない物については、再現できるよう、本を持ってこの世界に来るだけで良い。
昔の物なら、普通に売られている商品と違って、復元、複製されても問題はない。
何故なら、その時代よりも改良され続けて、ずっと良い物、便利で役立つ物が生まれているため、競合しないのだ。
そうなると、細かい設計図とかもあるかもしれない。
「ワカは頭が良いな~」
「ホントにな」
だけど、そう考えれば、雄也さんも同じことをしている可能性がある気がした。
特にあの人はワカと違って、人間界とこの世界を行き来していたのだ。
だから、この世界では電気……、家電が使えなかったことは知っていただろう。
更にその代替品を考えて、既に、作っている可能性はあるかもしれない。
そして、そこに九十九が気付いていないとも思っていなかった。
そうなると、わたしは余計なことは言わない方が良い気がして、お口にチャックをするのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




