二つの通信珠
「識別」
そう言いながら、栞は拡大鏡を覗き込み……。
「風の魔力珠が付いた銀製装飾品。主に髪を飾るために使われる。魔力珠により、装備した者の風属性の魔法効果及び魔法耐性を大幅に向上させる効果がある。体力、疲労回復効果、小。製作者の意思により、譲渡も貸与も不可。ラシアレス専用装備。非売品」
そのまま、彼女の眼に映っている文字を読んだのだと思うのだが、ちょっと待て?
なんだ?
その、明らかに余計な言葉が入った識別結果は!?
「どうしたの?」
だが、その結果に動じることもなく、栞はオレに尋ねてきた。
「お前は識別魔法の結果を読む時の意識はあるか?」
「意識?」
オレの問いかけに彼女は小首を傾げて……。
「あると思う」
そう無情な言葉を口にする。
「そうか……」
やはり、意識はあるのか。
完全に無意識なら、オレも何も考えずに済んだ。
だが、意識が残っているなら、いや、残っていても、栞の態度は変わらなかった。
彼女は特に気にしていないようだ。
オレが過剰に反応してしまっただけか。
そうだな。
栞はオレの気持ちを知らないのだから、当然なのか。
ヘアカフスとして作ったソレに対して、彼女の識別魔法は「風の魔力珠が付いた銀製装飾品」と判断した。
その魔力珠が誰の魔力から作られたのかとかは一切、なかった。
多分、識別魔法をヘアカフスに向かって施したからだろう。
これが、魔力珠に向かって、使っていたなら、結果は違ったかもしれない。
そうでなければ、説明がつかないことがあるのだ。
栞は、通信珠を取りに部屋に戻って、三分刻ほど戻らなかった。
通信珠の置き場所に迷わない限り、その時間は彼女にしては長い。
人を待たせているのに、そんなに時間をかけるような人間ではないのだ。
更に、その間に、大きな感情の変化を感じた。
そうなると、部屋で何かがあったと考えるべきだろう。
それは、恐らく、オレには知られたくない種類のものだったのだと思う。
そして、なんとなく、その予想も付いている。
通信珠を取って、部屋から戻ってきた時の栞は、あまりにも自然過ぎたのだ。
あれだけ、感情が大きく揺さぶられるようなナニかがあったというのに、まるで、そのことが記憶から抜け落ちたかのようだった。
栞があれだけ感情を揺らすことはあまりない。
だからこそ、あの時と重なった。
恐らくは、オレではない誰かの魔力珠を識別したのだろう。
栞の識別魔法は、拡大鏡を使った後、暫くするとその結果を忘れてしまう傾向にある。
綺麗に全て忘れるわけではないようだが、それでも内容のほとんどは頭に残っていないことだけは分かっている。
忘れることが分かっていて、誰かの魔力珠を識別した。
そして、その結果に動揺したけど、それすらも忘れてしまった。
そう考えるべきだろう。
それを掘り起こして良いのか分からない。
もう一度、あの魔力珠を識別すれば、栞の動揺の理由も分かるだろう。
それが分かっていても、オレとしてはこのまま、忘れてくれた方が良い気がした。
なんとなく、なんとなくだが、それだけ、栞の中で、あの男の存在は大きい気がするのだ。
彼女とあの男は、もう二度と逢わないと分かっているためだろうか?
いや、単に嫉妬だ。
分かっている。
そして、栞がこっそりとオレがいない時に、アイツが渡した魔力珠を識別しようとした事実にも腹が立っているだけだ。
何度も言う。
ただの嫉妬だ。
醜い男の焼餅だ!
単純に独占欲だ!!
分かっているんだよ。
だから、それを見透かされたような識別結果に動揺してしまったわけだ。
ヘアカフスの効果は予想通りだった。
栞の強化をしてくれるだけでなく、体力、疲労回復効果があるとは思っていなかったが、それは良い。
だが、「製作者の意思により、譲渡も貸与も不可」の文面は良くない。
なんだ、その独占欲丸出しの文章は!?
譲渡はともかく、貸すことすら許さないとか、その製作者はどれだけ心が狭いんだよ!?
それだけだ。
自分でも分かっている。
だが、それを栞に知られるのはかなり恥ずかしい。
さらには「ラシアレス専用装備」ってのもそういうことだよな?
オレの魔力珠を栞以外が触れるなと。
しかも、アレを作った時はまだ自覚前だぞ?
それでも、そんなに狭量な気持ちが籠っていたとか、今、作ったらどうなるんだよ!?
完全にオレの魔力に染まれって意識しかねえ!!
そりゃ、そんな意識に塗れた魔力珠に価値なんかねえな。
栞以外の人間が身に着けても効果がねえってことだろう。
非売品となる理由も当然だ。
「残念だったね」
「あ?」
だから、オレは栞のそんな言葉に、すぐに反応できなかった。
「このヘアカフス。価格の表示ができなかったみたい。知りたかったのにごめん」
栞は、オレがそこを気にしてがっかりしていると思ったらしい。
いや、お前はもっと気にしてくれ。
先ほどの識別結果は、どう捉えてもオレの一方的な独占欲でしかない。
片思いを拗らせたにしても、歪み過ぎだろう
だが、どう答えたものか……。
「そうだな。だが、まさか『非売品』と表示されるとは思っていなかった」
「まあ、わたし専用装備になっちゃったみたいだからね」
そして、栞は本当に全く気にしていないことが分かった。
「お前こそ嫌じゃないか?」
「なんで?」
「それを売ることも手放すこともできないってことなんだぞ?」
「別に。もともとそんな予定もなかったし」
重ねて確認するが、栞は本当に気にしていないようだ。
もしかして、オレが考え過ぎなのか?
栞が鈍いのか?
それとも、単純に歯牙にもかけられていないのか?
「壊れないように、大事に使わせていただきます」
だけど、彼女が嬉しそうに、大事そうにそのヘアカフスを握るものだから、どうでもよくなった。
「お前が気にしなければ、良い」
オレがそう言うと、栞はきょとんとした顔を向ける。
これ以上、余計なことを考えさせない方が良さそうだ。
変に意識されても困るからな。
「それより、通信珠の方も頼めるか?」
「あ、うん」
栞は戸惑いながらもそれ以上の追求を避けてくれた。
「通信珠はどちらから、視る?」
栞は袋から、仄かにオレンジ色に光っている通信珠と、白いごく普通の通信珠を取り出す。
「普通の通信珠から頼む」
「四代目くんからだね」
いや、四代目って……。
「もう少しマシな名前はなかったのか?」
確かにそれは四つ目だったはずだが、他に何か言い方はなかったのだろうか?
「まさか、そこにツッコミが入るとは思わなかったよ」
栞は照れくさそうに笑った。
そして……。
「識別」
白い通信珠を識別する。
「近距離専用小型通信珠[ANR-K-45型]。カルセオラリア製。魔力を通して離れた場所にある通信珠へ相互通信が可能な魔道具」
どうやら、成功したらしい。
カルセオラリア製だが、栞の魔法は効果があったようだ。
そして、オレが持っている情報とも一致する。
……というか、説明書のままだった。
「普通だな」
「いや、四代目くんはもともと普通の通信珠だから」
「そして、価格表示は出なかったんだな」
「そう言えば、そうだね」
オレが作ったヘアカフスは「非売品」と表示されたらしい。
だが、今回は価格に関して、一切触れていなかったようだ。
これは一体?
思い当ることは……。
「もしかして、価格は変動するからか?」
「変動するの?」
「同じ商品でも、国や店によって値段は大きく変動する。通信珠に関して言えば、カルセオラリアで買うのが一番、安かった。それに既に誰かが使用している中古なら経年劣化、型落ちするため、その価格はどうしても下がりやすい」
人を介して売買する以上、当然ながら、原材料や加工料から割り出す仕入れ値だけでなく、手数料などの差し引きによって、販売価格は変わる。
同じ物であっても、同じ価格で売り出されることはない。
それらを考えれば、識別できないのは当然のことだろう。
「ああ、RPGでも、主人公たちが手に入れた物は未使用品でも価格が安くなるね」
そんなゲームの仕様と一緒にしないで欲しい。
現実の市場価格はもっと複雑なのだから。
「では、本命の特殊な通信珠の識別をするね」
「……本命?」
栞の言葉にオレは首を傾げる。
「明らかに普通と違う結果が出ると思っているでしょう?」
「まあ、確かに」
そう言われたなら、納得できる。
確かに期待値は、この通信珠の方が上だ。
「では、行きます」
栞は拡大鏡を構えて気合を入れる。
そして……。
「識別」
もう何度目か分からない言葉を口にする。
「近距離専用小型送信珠[ANR-K-30型―T]。カルセオラリア製。従来の通信珠の受信機能が失われ送信機能のみ。使用者の声を常に魔力周波で繋がっているツクモの脳内に直接届ける」
大体、予想通りだったが、送信珠と名称が変わっている。
そして、型も名称が変わっているようだ。
本来の名称は「近距離専用小型通信珠[ANR-K-30型]」。
兄貴の話では、この型番しか、魔力を込めることができないらしい。
そして、後ろの「T」は、まさか、オレの頭文字か?
オレがそう頭を悩ませていると、栞が何故か俯いていた。
しかも、顔を赤くして、肩を震わせている気がする。
「どうした?」
「えっと、その、うん。まあ、あなた専用の通信珠だもんね」
そんなよく分からない言葉を言われたのだった。
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