魔力珠のヘアカフス
「遅かったな」
わたしが九十九の所に戻ると、そんなことを言われた。
「そう?」
わたしとしては、すぐに戻ったつもりだった。
だが、待っていた彼からすれば、長かったのかもしれない。
「二つの通信珠と、後、魔力珠のヘアカフスも持ってきてみた」
「魔力珠の? ああ、オレがやったやつか」
「これも、識別してみて良い?」
「おお」
あっさり許可が下りた。
こちらがびっくりするぐらいに。
「提案しておいて、あれだけど、嫌じゃない?」
「なんで?」
「いや、自分が贈った物を識別されるのって、ちょっと嫌じゃないかなと思って」
「別に。識別や鑑定されて困るような代物をお前に贈った覚えはない」
これで、他意はないらしいですよ、わたしの護衛殿。
「でも、素材はともかく、価格の表示とかされたら、普通は嫌だと思うのです」
「自分が作ったモノにどれだけの価値が付けられるのか。逆に興味がある」
「へ? 作った?」
わたしの言葉に対して、本当に不快感はないらしい。
だけど、作ったって何?
「渡す時にそう言ったはずだが?」
「いや、魔力珠についてはあなたが作ったとは聞いたけど、カフス本体まで作ったことは知らなかったよ?」
魔力珠だけでも貴重な一品となるのに、さらにこの装飾品まで手作りだと?
わたしの護衛はどれだけ多才なのだ?
「装飾品についても、それを取り付ける土台作りも、やってみればそこまで難しいもんじゃねえ。どちらかと言えば、魔力珠の方が苦戦した」
「あ~、魔力珠は確かに難しい」
わたしも魔力珠を作るのは苦手だ。
だから、あの島を離れる前、これから神官として頑張るリヒトに渡すための魔力珠作成もかなり時間をかけてしまった。
でも、このヘアカフスは全てが九十九の手作りだったのか。
金属加工までできるとか、わたしの護衛は本当にお片付け以外が有能すぎる。
「だから、オレとしてはその識別結果が気になる」
「じゃあ、通信珠よりも先にこちらを識別するね」
製作者当人の許可が出たなら、何も問題はない。
それに、どんな結果が出ても、わたしにとっては彼がくれたこのヘアカフスが大事な物であることに変わりはないのだ。
「識別」
そう言いながら、ルーペを覗き込む。
既におなじみとなった青いふきだしが目に入った。
「風の魔力珠が付いた銀製装飾品。主に髪を飾るために使われる。魔力珠により、装備した者の風属性の魔法効果及び魔法耐性を大幅に向上させる効果がある。体力、疲労回復効果、小。製作者の意思により、譲渡も貸与も不可。ラシアレス専用装備。非売品」
表示された文字をそのまま読む。
……って、あれ?
何故か、九十九が頭を抱えている姿が見えた。
「どうしたの?」
「お前は識別魔法の結果を読む時の意識はあるか?」
「意識? あると思う」
直後ならその内容は思い出せるから。
ただ、その数分後には詳細が思い出せなくなるだけだ。
「そうか……」
だが、九十九はそれ以上何も言わなかった。
なんだろう?
彼が困るような結果があった?
今回は九十九お手製の装飾品だったためか、名称ははっきりとなかった。
ヘアカフスという言葉さえも。
九十九の魔力だけで生成された魔力珠が三つも付いているため、風属性魔法に関する者が強化されるのも理解できる。
常に九十九の魔力が身近にあるのだから、感応症の効果が働くのだろう。
体力、疲労回復効果については、彼の魔力の質がもともとそうなのかもしれない。
九十九が作る結界が、治癒魔法の応用みたいなことを聞いたことがあった。
製作者の意思のより、譲渡も貸与もできないっていうのも分かる。
もともと、主人の護りを強化するために渡してくれたのだろうから、わたし以外の人間に使わせたくないというそんな九十九の思いが込められているのだろう。
でも、ラシアレス専用装備か。
わたしの魔名が表示されているのは驚いた。
でも、誰にも渡す予定もそんなつもりもなかったので、寧ろ、はっきりとわたし専用だと明記されているのはありがたい。
そして、非売品。
ああ、九十九は自分で作った物の価値を知りたかったのだから、この結果にはがっかりしてしまったのかもね。
「残念だったね」
「あ?」
「このヘアカフス。価格の表示ができなかったみたい。知りたかったのにごめん」
わたしがそう言うと、九十九が少し考えるような顔をして……。
「そうだな。だが、まさか『非売品』と表示されるとは思っていなかった」
「まあ、わたし専用装備になっちゃったみたいだからね」
これがRPGの装飾品だったら、そのキャラクター専用装備でも売れることはあるかもしれない。
でも、現実的に考えても、九十九がわたしのために作ってくれたものだ。
わたし以上にこの価値を知っている人間がいるはずがない。
魔力珠を作る大変さも、彼が日頃から護衛としてどれだけ主人のことで心を砕いているのかも。
それらを全く知らない相手に譲ることも、ましてや、貸すことだってしたくない。
だから、「製作者の意思により」とあるが、正しくは、「製作者の意思を知っている所有者の意志により」だと思う。
「お前こそ嫌じゃないか?」
「なんで?」
「それを売ることも手放すこともできないってことなんだぞ?」
「別に。もともとそんな予定もなかったし」
左手首に付いている御守りのように、一度遠くにぶん投げても、ちゃんと戻ってくるような効果があるとは思っていない。
だから、わたし自身がなくさないように気を付けなければいけないとは思っている。
「壊れないように、大事に使わせていただきます」
改めてそう言う。
髪飾りだから、ある程度の長さがあれば使える。
短くなっても、ちゃんと、袋に入れておけば恭哉兄ちゃんからもらった御守りとは別種の御守りにもなるのだ。
「お前が気にしなければ、良い」
ぬ?
気にするって、何を?
「それより、通信珠の方も頼めるか?」
「あ、うん」
何か、誤魔化された気がするけど、まあ、良いか。
九十九からすれば、突っ込まれたくはないことがあるのだろう。
「通信珠はどちらから、視る?」
わたしは袋から、仄かにオレンジ色に光っている通信珠と、白い蛋白石のような通信珠を取り出す。
「普通の通信珠から頼む」
「四代目くんからだね」
「もう少しマシな名前はなかったのか?」
「まさか、そこにツッコミが入るとは思わなかったよ」
さらっと流してくれても良いのに、九十九はどうしても、わたしの言葉に細かく突っ込みを入れる。
それだけ、自分の言葉を拾われていると言うのはちょっと嬉しい。
「識別」
四代目通信珠を識別する。
「近距離専用小型通信珠[ANR-K-45型]。カルセオラリア製。魔力を通して離れた場所にある通信珠へ相互通信が可能な魔道具」
青いふきだしの文字をそのまま読んだ。
「普通だな」
「いや、四代目くんはもともと普通の通信珠だから」
わたしは、通信珠の正式名称が思ったよりも長くてびっくりしたのだけど。
「そして、価格表示は出なかったんだな」
「そう言えば、そうだね」
九十九が作ったヘアカフスは「非売品」と表示された。
だけど、今回の通信珠は価格表示すらなかった。
「もしかして、価格は変動するからか?」
「変動するの?」
「同じ商品でも、国や店によって値段は大きく変動する。通信珠に関して言えば、カルセオラリアで買うのが一番、安かった。それに既に誰かが使用している中古なら経年劣化、型落ちするため、その価格はどうしても下がりやすい」
「ああ、RPGでも、主人公たちが手に入れた物は未使用品でも価格が安くなるね」
宝箱の中から出た完全なる未使用品であっても、ゲームでは半値の取引や、四分の一価格は珍しくない。
まあ、ゲームの中には戦争が始まりそうな国に、品薄になっている防具を買い取り屋で高く売りつけるような商魂たくましい商人もいたけど、あれは例外だろう。
「では、本命の特殊な通信珠の識別をするね」
「……本命?」
「明らかに普通と違う結果が出ると思っているでしょう?」
「まあ、確かに」
九十九は納得したようだ。
カルセオラリア製の通信珠でも、わたしの識別魔法が有効なのは分かった。
それでは、普通と違った故意に誤作動を起こさせている通信珠の結果はどうなのだろうか?
「では、行きます」
そうして、目の前にある橙色の光が籠っている通信珠に向かって、わたしは識別魔法を使ったのだった。
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