その文章を考えたのは
予約投稿のミスで同日二話投稿しております。
こちらが一話目です。
「いくつか聞きたいことがあるってことは、他にも何かあるの?」
九十九と話しているうちに、わたしの識別魔法の結果について、忘却機能があるっぽいことは理解した。
確かにわたしは、昨日、あれほどやった識別結果のほとんどが記憶に残っていない。
特徴だけでなく、下手すればその識別した植物たちの名称すら怪しいほどだ。
でも、聞きたいことってそれよりも湖の中にあった魔法陣とかそういうのだと思ったけど、違うのかな?
あれって確か、九十九のお父さんの魔力を感じたから……、じゃなかったっけ?
「そうだな。『神水』について、『聖女の卵』として、何か聞いたことはないか?」
「ないな~」
神導など神官たちの儀式に使う「神酒」、場所の清めに使う「聖水」、人の身体に使う「聖酒」なら聞き覚えがある。
だけど、「神水」とやらの記憶はなかった。
「オレは一度だけある」
「ほへ?」
それなのに、九十九はそう言った。
「お前の魔力の封印を解除する前に、大神官猊下が『神水浴』と言った覚えがある」
「よく覚えているね」
「逆に、お前が覚えていないことにビックリだよ」
そんなことを言われても、三年も前に一度しか言われていな言葉なんか覚えているはずもない。
「えっと、でも、それって結局は、『浄水の儀』のことだよね?」
わたしが魔力の封印を解除するための儀式の前にしたことと言えば、それぐらいしかなかった。
儀式などをする前に身体を清める儀式のことだ。
程度の差はあっても、何らかの儀式の前には必ず身体を清めることになる。
だから、「聖女の卵」であるわたしも何度か経験していた。
尤も、大聖堂の大きなお風呂を使ったのは、雄也さんの時と、自分の魔力の封印を解く前の二回しかない。
「ああ、だが、あの時に『神水浴』と言っていたことは確かだ。お前が『聖女の卵』になってから、何度か『浄水の儀』を行っていたけど、その単語を聞いたのはその時だけだった」
「単に一般人に対して使うか。『聖女の卵』に使うかの違いじゃないの?」
最初の魔力の封印解放する時は、まだわたしは「聖女の卵」ではなかった。
つまりは、一般人。
いや、今もいつも心は一般庶民ですよ?
「そうかもしれん。だが、『神』という言葉が付く以上、一度、大神官猊下にちゃんと確認した方が良いとは思う」
「そうだね」
その点については、九十九の言う通りだろう。
そもそも、わたしは「聖女の卵」と言っても、あまり神に深く関わらないように神女や神子が持つ知識、教養としては中途半端だし、九十九に至っては神官でも神子でもないため、神官や神に対抗する程度の知識しかない。
そんな二人しかいない場所で結論なんか出せるはずがないのだ。
専門家に聞くか、情報通が必要だろう。
「他には?」
「ミタマレイルを識別した時のことをもう少し細かく聞きたい」
「内容については、多分、書き出した通りだと思うよ」
それを自分が書いたなら、誤魔化すことなく視えたまま書いていると思う。
「いや、そっちじゃなく、あの時、お前は『いつもは青いふきだしが、今回に限り、向こうが透ける橙色で、白い文字は黒字表記』と言っていた」
ああ、なるほど。
書かれた内容じゃなく、わたしの眼に映った状態のことね。
「わたしの識別は普段、『青いふきだし』に『白い文字』で書かれるのだけど、ミタマレイルの時だけ、『透明度の強い橙色のふきだし』に『黒い文字』だった」
それは思い出せる。
「字体……、いや、書体は?」
「書体?」
「明朝体とかの区別はないのか?」
おおう?
そんな細かい所まで?
「えっと普段は、パソコンのフォントで言う丸ゴシック体が近いかな? 均一の線の太さだけど、線の両端とかちょっと丸っこい気がする」
そこまでしっかり見ていないけれど、多分、そんな感じ。
わたしが「識別魔法」の参考にしたゲームの画面や文字に似ていたから、そこまで大きくずれてはいないと思う。
「でもミタマレイルの時は、明朝……? いや、教科書みたいだけどもうちょっと違う? 習字のお手本のようなしっかりして読みやすい文字、いや、なんか書いたと言うよりも、掘ったような感じだった?」
そっちは見慣れないから、はっきりと思い出せないけど、あの時、思ったのは確か……。
「お墓の墓誌に刻まれた文字のような?」
「待て。墓誌ってなんだ?」
流石に九十九は人間界の風習までは知らないのか。
「墓石に刻む言葉とは別に、同じ敷地内にお墓に収められている人たちの命日とか忌日、戒名とか法名、霊位とかを刻む石だったはず」
「妙に詳しいな」
「昔、伯父さんに教わったんだよ」
なんでそんな話になったのかは覚えていないけれど。
「伯父さん?」
「母のお兄さん」
そう言えば、あの伯父も「裕也」さんだった。
雄也さんとは漢字が違うけどね。
「ああ、そうか。千歳さんは、人間界に身内がいるんだったな」
九十九も知っているらしい。
それはそうか。
彼らが、同じ人間界にいて、わたし……というか、母の親戚関係を調べていないはずがないのだ。
わたし以上に親戚やご先祖たちのことまで知っていても驚かない。
少なくとも、雄也さんは絶対に調べていると思っている。
「つまり、石に文字彫刻したような感じだったってことか?」
「はっきりと思い出せないけど、石を掘ったような文字だなとは思った気がする」
少し、文字に凹凸……、陰影があったから。
「なんでミタマレイルだけが違うんだろうな?」
九十九も悩む。
「霊草だから?」
「それもあるとは思う」
だが、と九十九はわたしが書いたという紙を再度、見る。
「これだけ、視点が人間じゃない気がする」
「ほへ?」
視点が、人間じゃない?
「お前に頼んだ植物の識別結果のほとんどは、植物図鑑にあったような情報が多かった。名称とかな。つまりは人間が考えたものだと思う」
全ての名称は、古今東西、誰かが名付けたものだというのはわたしにも理解できる。
「だから、植物を切ったり、水に浸すなど手を加えた後は、ちょっと違った表示になっているだろ?」
「そうなの?」
「それも覚えてないのか」
九十九が目を丸くする。
「いや、九十九がいろいろと手を加えたことは覚えているけど、名称の方まではちょっと細かく覚えていないかな」
「じゃあ、そういうものだと理解しろ。恐らく、それに誰かが名付けない限りはそんな表示になるとだけ覚えておけ」
「分かった」
つまり、「カリサクチェイン」を九十九が刻んだ後は、「カリサクチェインを刻んだ物」と表示されていたのだと思う。
「だけど、このミタマレイルの識別結果は違う。特にこの文『人類ノ魂』、『正シキ所ヘ返還』、『橙地』だな」
「どういうこと?」
「人間視点なら、『人間の魂』もしくは、『魂』だけだ。『正シキ所』というのはどこを差すのか断言はできないが、『返還』ってことは、元の所に戻すってことだろ?」
「そうだね」
もしくは本来の持ち主に返すって意味があったはずだ。
ああ、国語辞典が切実に欲しい。
もしくは、雄也さんに確認したい。
「そして、オレたち人間はこの大陸のことを『橙地』とは呼ばない。多くは、『シルヴァーレン大陸』、もしくは『風の大陸』と呼ぶ」
「あ……」
言われてみればそうだ。
あまり深く考えなかったけれど、「橙地」……、橙の地って、この大陸のことだろうなとはなんとなく思っていた。
「そう呼ぶのは、恐らく、精霊族だ。あの女が、真央さんのことを『赤の王族』と呼んでいたみたいだからな」
少しだけドキリとする。
九十九は、一度も呼ばれなかっただろうか?
彼は情報国家イースターカクタスの王族の血が流れている。
だから、彼は「黄の王族」と呼ばれる可能性はあったのだ。
「だから、あの文章は精霊族、もしくは、その上位の存在によるモノの可能性が高いとオレは思った」
なんてことだろう。
わたしが気にも留めなかった部分を、彼は一生懸命考えていたのだ。
「まあ、これはあくまでオレの推測であって、本当にそうなのかは分からない。もしかしたら、今の人間ではなく、もっと昔の人間が考えた名称かもしれないからな」
「そうだね」
そう言いつつも、わたしはそこまで外れてはいない気がしている。
確かにそれらの文章を人間が考えたとは思えない。
何故なら、人間の魂は、本来、人間の肉体に収まるモノではなく、「聖霊界」にあることが正しいと思っているのは、神ぐらいなのだから。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




